第二千二十二話・揺れる寺社
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Side:奥羽の寺社の僧
使者として戻った者の言葉に、信じられぬと驚く者、怒りを露わとする者、落胆する者など様々だ。
「まさか下民の如く生きよと言うとはな」
「いずこの宗派もほぼ同じとか」
使者は愚か者と叱られ罵られたと悔しさをにじませておる。かような理不尽なことがあってよいのか? 我らは武士如きに軽んじられる身分ではないのだぞ?
「ひとつ分かったな。西の者が我らをいかに見ておるか。八戸の久遠だけではないのだ。いや、己の末寺も守らぬとあらば、久遠より酷いわ」
その者の言葉に皆が静まり返った。
「朝廷とて譲位の際に東国を締め出す儀式を行っておったのであろう? 我らは捨てられたのだ」
「それはそうだが……、この中でまことに俗世を離れ神仏のために祈りの日々を送る者がおるか? 雑穀と僅かな塩の粥で満足する者などおるまい?」
捨てられたのも事実であろう。されど、我らの行いが今を招いたのではあるまいか? 神仏がお怒りなのだ。わしにはそう思えてならぬ。
「それは本山とて変わるまい。神仏の怒りがあるとするならば、本山にあるべきだ」
「尾張では久遠は神仏の使いと信じられておるという。怒りというなら本山から末寺まですべての寺社に向けられておるのではあるまいか?」
ぽつりぽつりと語られる話に答えなど出ぬ。戒律を一切破らず清廉潔白な者などおらぬからな。
そもそもこの場に残るのは自ら望んで出家したわけではなく、家の都合で出された者ばかりだ。戻る場もない。此度の騒動のあとには、生まれ育った家から、最早、関わりなき者故、文も寄越すなと言われた者すらおる。
時折、仏道に熱心な者が出家して来ることもあるが、寺社においても地位を上げ高徳な立場になるには血筋と家の助けがなければあり得ぬと知ると、本山などで学ぶと去っていくのだ。
「いかがする?」
本山の仲介で話だけは聞くようになったが、八戸からは配慮どころか以前の条件に加えて目付を受け入れることを条件として申し渡された。
寺社を潰す気はないが、我らを信じることもないらしい。今後、日々の暮らしからすべて見張られることになろう。
「わけのわからぬ久遠などに降るなど、あり得ぬ!」
「とはいえ、このままでは生きてゆけぬぞ。すでに寺領では貧しき者から逃げ出しておる。織田は民が村を離れることを罪とせぬと言うていて、勝手に村を離れた罪を認めず、返さぬと言うておるぞ?」
すでにいくつかの寺で一揆が起きており、寺を焼かれたところもある。また末寺末社では勝手に離反して尾張の寺に従うと称して織田に降るところもある。他にも寺社の内部で降るか争うかで揉めて刃傷沙汰になったところもあるとか。
まるで地獄のようだ。これで織田に寺社を信じろというのは難しかろう。
「必要な品は他所から買えばいい。商人に買いに行かせる。下民如きは有無を言わせるな! 従うて当然なのだ!!」
血の気の多い者が威勢のいいことを言うと、我らは黙るしかない。されど、それで収まるか? 無理であろう。
仏道においても政においても、我らは半端者だ。そろそろ頭を下げる頃合いだと思うのだがな。
Side:諏訪満隣
まさか、わしに出仕しろと命が下るとはな。僧籍に身を置くとして断る道もあった。ただ、それをしてしまえば諏訪家に先はない。
殺されぬだけマシか。
武田に滅ぼされた宗家を思うと、生かして使うていただくだけありがたいと思わねばならぬ。織田とて、真宗である伊勢無量寿院のように日ノ本の外に遠島送りにすることすら出来たはずだ。
小笠原長時。あまり賢い男には見えなんだがな。武田が戦上手ということもあったが、あの男の器量では信濃はまとまらぬはずだった。
ところが、すべてを捨てて格下の織田に降るという決断がすべてを覆した。話を聞いた時には見直したほどよ。俗世の欲を捨てて出家するはずの坊主よりも、かの者のほうが坊主らしいのではとすら思うた。
「諏訪殿、何卒、良しなにお願い申し上げる」
目の前におる者にため息が出る。仁科三社の使者だ。さほど親しい訳でもないが、お方様が取り合わぬことで伝手を頼りあちこちに嘆願をしており、わしのところにも来たらしい。
「無下にしたくないのだがな。そもそも諏訪神社は織田の大殿に要らぬと言われた身。わし如きではなにもしてやれぬ。信濃でお方様がたに進言出来るのは警備奉行の佐々殿くらいであろう。伝手を使いたいならば伊勢の神宮を頼るがいい。ただ、お方様がたの下命を無視して余所の伝手を使い交渉すると確実に心証は悪うなる。なにがあってもわしは知らぬがな」
仁科家の内紛など誰が関わりたいものか。こればかりはわしから見てもお方様がたの考えが妥当だ。
「その……、すでに神宮には使者を出したのでございますが、お家騒動となると助けられぬと。すでに神宮の仲介にて臣従を許された身。これ以上の助力は難しいと言われてしまいまして……」
であろうな。さすがは神宮。愚か者の戯言に耳を傾けぬか。当然のことだが、いざ己の立場になるとこれも難しい。
尾張の武衛様はお家騒動を嫌い、織田の大殿は寺社をあまり信じておらぬ。もっと言うならば、この地は久遠のお方様がたが治める地。尾張において怒らせてはならぬと言われるうちのひとつが久遠なのだ。
諏訪神社とて、お方様がたの面目を潰したことで織田の大殿の怒りを買うた。織田の文官が言うには、我らが仕えることを許されたことに驚いたそうだからな。
「仁科もそなたらも共倒れにならねばよいがな」
そう呟くと顔を青くして使者は下がるが、わしも他人事ではない。末社に愚か者が多く難儀しておるのだ。
織田では寺社を高貴な姥捨て山と呼ぶ陰口があるとか。最初聞いた時には怒りを覚えたが、今になると分からんではない。
命じても守らず勝手なことばかりするにもかかわらず、なにかあると助けろと騒いで諏訪神社を巻き込もうとするのだ。
祈ることすら満足に出来ず、寺社の体裁すら守れぬ。一時の我欲からそこらの土豪や賊と同じことを末社がしておるのだ。
わしの耳にすら入らぬ、それらの悪行をお方様がたは先に知っておる。これでは諏訪神社を信じろと言うほうが難しい。
諏訪の神はお怒りであろうな。乱世とはいえ、あまりに乱れた末社の姿に。
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