第二千二十一話・野営地にて・その二
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Side:近衛稙家
返答があるまであまりやることはない。仰々しいもてなしは不要と言うておることもあり、身分を偽りて尾張領内の寺社を巡ることにした。
神頼みなどのためではない。尾張の寺社はいかになっておるか、己が目で確かめるためだ。
「そなたが案内か?」
朝、案内として参った者に驚いた。湊屋彦四郎と言うたか。内匠頭の家臣のはず。
「商人殿の案内とあらば、武士ではおかしゅうございます故。某ならば旧知の商人を案内することもございまする」
こういう気遣いをするのは内匠頭か奥方であろうな。吾の身分を考慮しつつ、要らぬ配慮をせぬという機転が利く。
清洲城を出て鉄道馬車に乗り一息つく。
「もとは大湊の会合衆であったか? 立身出世したの」
人の良さげな男じゃ。少し恰幅が良く武士には見えぬ。
かような男でも立身出世が叶う。尾張の強みであろうな。京の都ならば御用商人以上にはなれまいが、尾張では内匠頭の下で商いの差配をしておると聞いたことがある。
「いやいや、立身出世を望んだわけではないのだ。少しばかり美味い物が食いたくての」
吾を恐れるでもなく、まるで本当に他国から来た商人のように振る舞う。見事よの。元会合衆なればこそと言うべきか? それとも内匠頭への信の強さが成せる業と見るべきか?
身分が違うと言いつつ恐れる素振りでも見せれば、民は気付くであろう。ところがこの男は左様な素振りをまったく見せぬ。こちらも気が楽になるの。
「賑やかな寺じゃの。良きかな良きかな」
訪れた寺も京の都や畿内とは違う。無論、尾張にて寺社に参るのは初めてというわけではないが、歓迎するべく待っておる時と寺の様子が違う。
近くの民の子であろうか。境内で楽しげに騒いでおる姿がある。
「尾張では子に学問や武芸を教え面倒を見ておる。昼餉を食わせる代わりに寺の手伝いをさせておるところもあるが、本分はあくまでも学問と武芸を教えることなのだ」
驕り高ぶり、学僧と僧兵が贅の限りを尽くすような寺はこの地にはないか。畿内の寺社が陰でこそこそと面白うないと騒ぐわけじゃの。
あれこれと理由を付けて銭を得て、己らだけ豊かになろうとする。金を貸し、返せねば人も田畑も奪いゆくかの者らと同じ寺社とは思えぬ。
そのまま幾つかの寺社を巡ると小腹が空く。湊屋の案内で八屋にくる。ここは話としては聞くが来るのは初めてじゃ。
品書きを見つつ悩むが、日替わり飯というものがあるのでそれを頼む。なんでも飯と汁にその日の料理が二品付くという。
「これはなんとも美味そうだの」
飯は玄米で雑穀が混ぜてあるものじゃ。これが安くて腹持ちもいいと店におる者の多くが食しておる。汁は魚のつみれが入っておるの。
料理も変わっておる。もやしと野の菜と猪肉を炒めるという明の技法で賄った品と、一夜漬けたというきゅうりが出されておる。
まずは汁からと汁椀に箸を付けるが……、糠の味噌ではないな。幾つかの味噌を合わせておる味がする。魚の出汁がよう出ておるの。そのくせ臭みがない。
飯をわずかに口に入れ噛み締めると、飲んだ汁の後味で十分なほど。
「これはいいものじゃの」
「左様であろう? 尾張では炒め物というものが今ではいずこでも食える」
もやしと野の菜と猪肉を炒めた品も美味い。さほど珍しき味付けではないものの、ちょうどよい歯ごたえと塩加減がいい。
にしても、湊屋という男。美味そうに食うの。笑みを絶やさず、美味い美味いと言うて食うておるわ。そこらの貧しき民と違うはずであろうに。
あと驚くべきは、民でも食える値だということじゃ。京の都でかような店があらば、公家衆が身分を偽り連日押し寄せておろうな。
そのまま飯を食いつつ、店内を見渡して気付いた。店の奥には小上りの座敷があるが、そこにおるのは駿河に下向した公家ではないか。白粉も塗っておらぬ故、気付かなんだわ。
清洲にて役目を得ておるとは聞いておったが、なんとも羨ましき暮らしをしておるようじゃの。京の都に知れると騒ぎになりそうじゃ。
「主、美味かったぞ」
「ありがとうございました」
公家と知られておるのかおらぬのか分からぬが、かの者らは民や武士と変わらぬ様子で飯を食い店を出て行った。
尾張におると、公家もかように変わるのか。吾らは手遅れなのかもしれぬの。
Side:久遠一馬
準備や食材集めが一段落すると、みんなで集まって遊ぶ時間だ。
さっきまではすずとチェリーの人形劇をみんなで見ていたんだけど、ラクーアが歌を披露すると子供たちは一緒に歌い出した。
歌に関しては完全に元の世界のものだ。この辺は尾張に来た頃からあまり自重してなかったこともあり、すっかり定着してしまったな。
まあ、元の世界のような音楽が生れるか分からないしね。そこまで気にしていられないけど。
そのままノリのいい少しアップテンポな歌を続けていると、すっかりラクーアのコンサートのようになる。
不思議と元の世界のテンポの曲だと、ノリ方も元の世界と似たような感じだ。
「次いくよー!」
「はーい!」
キャンプでコンサートとか、元の世界だとあり得ないけどね。この時代にも田植え唄とかはあるし、みんなで歌うこと自体は珍しくはない。
ちなみに、オレはエルたちと一緒に夕食の下準備をしている。芋の皮むきとか。人数も多いからこういう支度も大変なんだ。調理自体は子供たちと一緒にやるけど、ある程度大人が下準備はしているからさ。
今夜のメニューは和風カレーだ。子供たちと一緒に釣った魚とかあるけど、あれは一晩泥を吐かせて明日の朝か昼のご飯になる。
「宗滴殿、皮むき上手いですね」
「武士たる者、刃物は使えんとの。もっとも料理を学んだのは尾張に来てからじゃがの」
武士の中の武士、朝倉宗滴なんだけどなぁ。すっかりウチに馴染んでしまった。一緒に芋の皮むきをやるとは流石に思わなかったよ。
ウチの行事だというと、ほんと無礼だとか言われなくなったからなぁ。宗滴さんも気楽に参加してくれている。
宗滴さんがウチの行事に参加していること、越前にも伝わっている。向こうの公家衆が羨ましいとこぼしているそうだ。ウチの行事、親しい人しか誘わないからな。ちょくちょく参加していることで、流石は宗滴殿だと評判らしい。誘われることだけで一種のステータスになっている。
あと今日は真柄さんも同行している。宗滴さんがお供として連れて来たんだ。今は子供たちと一緒にラクーアのコンサートを聞いている。こっちはちょっと驚いているね。
「とのさま、おしっこ」
「ああ、おしっこか。じゃ、一緒に行こうな」
子供たちは自由だ。トイレを探してオレのところに来た子を連れて、臨時の厠を設置した場所に連れて行く。
厠から出てくると一緒に手を洗って、他の子たちのところに戻っていった。
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カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2160話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。














