第二千十四話・初夏の様子
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Side:知多半島のとある村
夜明けと共に起きて、手早く飯を食うと畑に出る。
「よう実っておるの」
久遠様がトマトと言うておられる赤実が収穫の頃だ。その光景に皆の顔がニンマリとなり、僅かに赤みが差し始めた実を丁寧に収穫して木箱に納めてゆく。
畑の周りには、堀と僅かだが盛り土をして土塀もある。近頃は怪しい余所者が出没するって話だからな。収穫のこの時期は寝ずの番も置いているんだ。
赤実は湊に運び蟹江へと送られ、織田様に献上されることになっている。久遠様や織田家中の方々に下げ渡され、清洲や那古野では領民に売ることもあるそうだ。
「田んぼも作れぬ地だったのになぁ」
「ああ、ほんの十年ほど前には飢えて死ぬ奴がいくらでもいた」
今でも水が豊富というわけじゃねえ。飲み水は遠くの川から引いた用水があるが、あとはため池があるくらいだ。
ただ、若木を育て、芋や赤実などの久遠様の作物を育てる地となった。
「おーい、飯だぞ」
お天道様が真上におられる頃、おらたちは飯を食う。今日は玄米に麦や雑穀を混ぜた握り飯と、売り物にならねえ魚を干したものの味噌汁。あと献上するに値しない赤実だ。
赤実もいくつか違う作物がある。生で食うたら美味いもの、味噌汁に入れるなりして煮炊きしたほうが美味いものとかな。
今の頃は生で食う赤実があるから、それだけでご馳走だ。
「かー、うめえな!」
塩を振った赤実を丸かじりすると、甘酸っぱい味がしてうめえ。
ここらの作物は久遠様の指南で糞尿を使わないで育てているから、生で食うても腹の中に虫が増えることはないんだとか。
尾張だともう糞尿を使っているところは、ほとんどないって聞くけどな。
おらたちが収穫した赤実、久遠様も喜んで食うてくれるだろうか?
またいつか、ここに来て広い畑を見て喜ぶ御姿が見たいもんだ。
ただ、近頃はお忙しいのだと水軍にいる奴から聞いた。どうか無理だけはされねえでほしい。
Side:美濃のわら半紙職人
わら半紙村。近隣からはそう言われている。
かつて久遠様が尾張にて始めたことだが、斎藤様が織田様に降ったあとにこちらで作るようになった。上質な紙には及ばねえが、使う分には困るほどでもない。
おらたちは、そんなわら半紙を作っている。
「あんたら、あそこの村から出て来たよな? 紙を作っているんだろ?」
月に幾度かある休みの日、数年前に出来た三田洞温泉に行こうとわら半紙村を出ると、余所者と思わしき商人に声を掛けられた。
「余所者には売らんし、技も教えんぞ」
共にいる者らと顔を見合わせ、またかとため息が出そうになった。紙を売って寄越せ、技を教えろ。そんな奴がよくやって来るんだ。
「いやいや、立身出世に興味はねえか? さるお方が士分として召し抱えてもよいと仰せでな」
「興味ねえ!」
きっぱりと断り先を急ぐ。この手の話で上手くいったという話を聞いたことがねえ。
逃げ戻った奴の話だと士分とは名ばかりで、外にも出してもらえず朝から晩まで仕事をしろと命じられるという。俸禄もなんだかんだと理由を付けて聞いた話の半分もなかったなんて話もあったなぁ。
「そう言わねえで聞いてくれよ」
「あのな、おらたちは日々の夕餉に酒が飲めるんだ。金色酒だって珍しくねえ。子らには菓子を食わせてやれるし、文字の読み書きも教えてくださる。これ以上の待遇なんて、唐天竺に行ってもねえんだよ!」
そもそも織田様のご領地だと、職人ってだけで軽んじられることなんてねえ。軽んじるのは決まって余所者だ。
「ちっ、成り上がり者が。今のうちだからな。そんな口を叩けるのは!」
ほれみろ。少し強く言うただけで、そんな本性を現すんだ。めんどくせえが、一緒にいる奴らと顔を見合わせて声を掛けてきた商人を捕らえると、そのまま警備兵の奉行所に突き出す。
道中もやかましく騒ぐが、相手にする気はねえ。
「おのれら! タダで済むと思うなよ!!」
「ああ、何事もタダでなどないな。不逞の輩を捕らえた褒美がある」
警備兵に突き出すと、騒ぐ商人らしき男をあざ笑うように笑みを浮かべた警備兵から褒美を頂く。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。ただ、気を付けろよ。妻子を人質に取ろうとした奴もいるからな」
女子供が村を出る時は相応に男衆が一緒だ。頼むと警備兵が警護にと人を寄越してくれることもある。
さて、酒代も浮いたし、温泉に入って一杯飲むか。
Side:久遠一馬
孤児院、相変わらず子供が増えている。
ただ、そこまで負担はないんだよね。美濃と三河には牧場兼孤児院があるし、尾張の孤児院は仕事も多い。
寺社の祭りで屋台を出してほしいと頼まれることが多いんだ。あと合唱を披露してほしいという依頼も多い。
屋台、頼まれて出店する場合は礼金が入る。ウチとしては社会貢献の一環として屋台を出す際は同じ値段でやっているけど、頼んだ側は常識として礼金をくれる。
あと清洲城内にある西洋風庭園の整備も孤児院で請け負っている仕事だし、勉強と牧場の仕事もあるからね。
リリーたちと相談して、無理させないようにスケジュールを組んで、対外的な仕事は交代で子供たちを出すとか工夫している。
「うーん」
そんな孤児院の運営と織田家による改革の影響が寺社に出ているとの報告に少し悩む。
「特に文句を言うておるわけではございませぬが……」
資清さんも言葉を選んでいるけどね。はっきり言うと、寺社に子供を預ける人や捨てる人が減っている。また大人も還俗する者が増えていて、一部の寺社では人手不足が顕著になっている。
まっとうに生きるなら困らないのが尾張になりつつある。それなりに名があり力がある武士、土豪あたりでも仕事は困らないからね。寺社に入って大人しくしているメリットがなくなりつつある。
領民も子供を捨てるどころか、農村では人手不足になるところすらあるからなぁ。
問題は、この時代の寺社は広い敷地とかあるから、相応に人がいないと困るんだ。今のところは医療や学問を教えていることもあり、地域の住民が助けているけど。そろそろこの件も真剣に考える必要がある。
寺社の統廃合を含む、人の確保。多過ぎる寺社は統廃合をするべきだが、一方で宗教施設の役割は残して継承していくべきだ。
こう言ってはなんだけど、寺社に人を集まり過ぎないようにと動いていたのはオレたちなんだよね。今度は減り過ぎないようにと考えなくてはいけなくなった。
政治って難しいと改めて思い知らされる。
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