第二千十三話・変わりゆく東の地
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Side:近衛稙家
僅かな供の者のみ連れて東海道を東に行く。
あれやこれやと理由を述べ、同行を願い出る者もおったがすべて断った。もう愚か者の後始末をするのは御免じゃからの。まとまる話もまとまらなくなるわ。
「東に行けば行くほど変わりゆくの……」
近江御所の普請場は遠目から眺め観音寺城にも立ち寄りておるが、花火を見たいという理由を述べ、急ぎの旅ということで仰々しい宴など不要じゃと旅を続けておる。
いずこの地も形式として歓迎すると言うてくれるが、以前とは様変わりしつつあり、あまり歓迎しておらぬのは見れば分かる。
肝心の近江御所も遠目から普請場を見た。吾とすると、御所そのものよりも周囲に造りておる町が大きいことに驚かされた。あれは伝え聞く以上であろう。
大樹の意思だけでは到底出来ることではない。斯波、織田、北畠、六角が近江以東を守り変える覚悟を示したということ。
吾の立場では勝手なことをしてと怒るべきかもしれぬがの。怒る気がせぬ。朝廷との争いを避けておるのは内匠頭と奥方らなのじゃ。内匠頭らからすると、自らを頼りとする大樹と六角は守らねばならぬ。
新たな御所と町を造り見せることで、大きな乱にならぬようにと示したいのであろう。
新しい政を始めた大樹も責められぬ。先代までと同じ政をしたとて先はないからの。管領は今も機を窺っており、細川右京大夫はそれなりに世情と世の流れを分かる男じゃが、あの男とて大樹が本来の政に戻れば己が天下を狙うであろう。
三好とて、大人しいのは大樹というより、大樹に道を示しておる尾張を意識してのこと。足利のやり方だと八方塞がりなのは、先代の頃から力を貸しておる吾がよう知っておる。
「甲賀か」
ここらに来ると、民が変わったことを痛感する。街道を往く者の数や民の様子は乱世とは思えぬほど。宿場町では旅籠が増えており、尾張と近江を往来する者らで賑わっておるのじゃ。
尾張名物であったはずの切り蕎麦やうどんなどがこの地にもある。
少し前に聞いた話じゃが、よく飢えるこの地を内匠頭は尾張に来た頃から助けておったとか。誰も口にせぬが、六角に従うておりながら久遠の地だと陰で言われるほど。
滝川八郎と望月出雲守。あの両名が見限ったことで六角は甲賀を失ったに等しい。
「そこのお方、今夜の宿はお決まりでございますか? もうじき夕暮れでございますよ」
宿場の中を立ち止まり見ておったからであろう。旅籠の客引きをしておる若い娘に声を掛けられた。
「すまぬの、馴染の宿があるのじゃ」
「左様でございますか。近頃は減りましたが、今でも商人などを狙う賊が出ることがございます。どうかお気を付けて」
「良き話を聞かせてくれたの。少し急ぐとしよう」
供の者が若い娘に僅かばかりの銭を与えると、吾は先を急ぐことにした。
目立ちとうないので公家と分かる装束を避けたことで、少し旅をしやすくなったが、それでもいずこかの裕福な者とは分かるらしいな。
気を付けねばなるまい。
Side:久遠一馬
ちょうど梅雨の頃に帰省していたこともあり、尾張は夏に入っている。と言っても元の世界のような強烈な暑さはないけどね。
こういう気候は子供たちにはいいと思う。暑すぎて外で遊べない時代よりはね。
そんなこの日だが、今年の花火とそれに関連する商いに関する会議に出ている。基本的に花火を打ち上げるのはウチでやるので、そこは上手くやれるんだけど。問題は諸国から集まる人と、彼らとの商いに関してだ。
「畿内物は要らぬと言う民が増えましたな」
地域間の対立がここにも影響を及ぼしている。武芸大会で活躍していて、京の都で染め物をしている吉岡さんなど一部の人は別だと歓迎されるものの、全体としては畿内の品物というだけで避ける領民が増えている。
ただ、一方で西国や四国、九州からの品物はそうでもない。あっちは大内義隆さんと尾張にいる周防衆の存在が大きい。
遺言で尾張を認めた義隆さんと、彼が育てた商人や職人たちの影響でそこまで嫌われていないんだ。
なにが問題って、交易が成り立たなくなると困るんだよね。
金塊・銀塊・銅塊などの普遍的な価値のあるものや、穀物、お茶、嗜好品なんかはまだ買うところが相応にあるけど。
明らかに畿内の品と分かると、武士や寺社はもとより領民もあまり買わなくなりつつある。一方で輸送費がかかるので割高なウチの品や奥羽の品はよく売れるのに。
「織田家で命を出すならば従う。商人組合はそれで一致しました」
「言い換えると命が出ないなら商いは遠慮したいそうよ」
商人組合の代表の人たちと一緒に来ている。リースルとヘルミーナの言葉に、評定衆の皆さんの表情が困ったような顔で一致した。
こちらの指示を聞くというのは助かるけど、商人組合でさえ、畿内との関係に不満が出ているというのは穏やかじゃない。
まあ、これもリースルとヘルミーナだから言えることなんだけど。商人組合の他の代表者たちはオレや信秀さんの前でそこまで言えないだろう。
「仕方ありませんね。私のほうで命を出します。内容の検討をお願いします」
領内の産業が嘘偽りなく育っている。対外交易を意識してテコ入れしなかったお茶なんかも三河や美濃が産地になっていて、領内だと人気なんだ。
さらに六角に頼まれて甲賀にあるお茶もテコ入れしているからね。今後も畿内のお茶の需要は伸びないだろう。
今の尾張には日ノ本中から人が集まる。有能な職人や商人も。ちょっと前には素麺を領内で作ろうしているという話がオレのところにも届いた。畿内にある産地から尾張に移住した職人がいるらしい。
試行錯誤と新しいことへの挑戦。これ商人や職人に広まっているからなぁ。織田家とウチでは補助金を出しているんだよね。理由と使い道が正当だと判断出来ると。
「畿内の品を我先にと手に入れる世は終わったということでございますな」
「まあ、仕方なかろう。敵を利するというのを嫌うは民も同じ。争いにならぬように商いをすると理解するのはいささか難しい」
評定衆のため息交じりの会話が現状だろう。畿内を敵と自然と認識している。もともと尾張に流れてくる品はそこまで品質が違ったわけじゃない。
畿内、朝廷やそれに連なる者たちの権威やブランドがあればこそ。
ただ、極端から極端になるのは、やはり教育が足りないんだろうなぁ。とはいえ、この教育は世代を重ねないと無理だろうし。
今は、今年の熱田と津島の祭りに来る商人の荷をきちんと買うことを優先するか。
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