第二千十二話・尾張に戻って
第八巻、11月20日発売しています。
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放っておいても連載と続刊が続くほど甘い世界ではありません。もし、ご購入を迷う方がいましたら、この機会にぜひお手に取ってみてください。
一巻から七巻も書籍版オリジナルの加筆があり、続刊を重ねるごとに加筆が充実しております。
Side:久遠一馬
無事、尾張に戻った。本当、移動日数の短縮はいいね。
あちこちに顔を出してお土産を渡したり、留守中の報告を受けたりすること数日。奥羽の騒動に対する主立った寺社の反応が尾張に伝わっていた。
奥羽の寺社の言い分を鵜呑みにしたところはない。
「やはり、商いを握ると寺社と言えど大人しくなるか」
まあ、寺領に手を付けていないこともある。武士が荷留をするなどしても寺社などは各々で品物を手に入れるので問題はないんだ。
ただし、寺領の民はそうはいかない。結局、面目が立たないってのが大きい。
何度か言っているけど、今回の問題は寺社が武士より劣り貧しくなった時どうするのか。それに尽きる。格付けはしっかりしないといけない。
オレたちが来た頃から付き合いのある尾張の寺社だって、手法は温和だが、格付けはもう出来ているんだ。そもそも尾張の寺社は織田家を恐れて、上から申し付けるようなところなかったけどね。
「あとは季代子たちに任せれば大丈夫ね」
留守を任せていたメルティも安堵している。これが一番の懸念だったからね。
情報はオレたちが乗ってきた船で奥羽に届ける。尾張にて荷の積み込みなどをして、伊豆諸島神津島で別れ、奥羽行きの船を待っている神戸さんたちを乗せて奥羽に行く手筈になっている。
本山クラスが下の者が迷惑を掛けたと形式的に謝罪の使者を寄越したところは、交渉再開で話が付いた。清洲城だと以前信秀さんが言った、まるで双六だなという、呆れたような笑い話にされているけど。
「殿、近江御所について、いろいろと揉めておることもございまする」
一方、もうひとりの留守を任せていた一益さんからは、近江御所に関する報告を受ける。
「街道整備か。反対はしないよ。手も貸さないけど」
これ春の判断で、御所より西は斯波と織田は手を貸さないってことで話が付いている。六角家とは六角領が脅かされたら助けるという約束はあるけど、六角もまた畿内に通じる道をそこまでよくしようという意欲も余裕もない。
「近江の奉行衆において清洲の意に反して動く者はおりませぬ。ただ、警固固関の儀のことがすでに諸国に広まっております。譲位から外された東国は畿内と袂を分かつのではと噂もございまして……」
三関封じか。あれと元極﨟殿の一件がどこまでも東西の関係の足を引っ張っている。こちらとしてはそれを利用しているけど、少し懸念が増しているのも事実だ。
「とりあえず動かなくていいよ。近衛公が来たら話すから」
評定衆からも一部からは、少し対立し過ぎではという意見があったと聞いている。これに関しては義輝さんと伊勢の不仲や政治手法の対立など、複雑な過去と現状が複雑に絡み合って、一概にどこをどうしたらいいかと言えないんだけど。
ただ、近衛さんが来たら、現状を多少なりとも動かせるはずだ。無策でただ面目が立たないと泣きつく人じゃないし。
「その近衛公だけど、歓迎されていないわ」
珍しく困った表情のメルティに苦笑いが出てしまう。
「近衛公がいないとまとまる話もまとまらないよ。厄介なことも言い出す御仁だけど」
あの人もギリギリを攻めるからね。反発されることも多い。オレも個人的に思うところがないとは言わないけど、ちゃんと双方の利益を考えて大乱を避けるという意思があるからトータルでは必要な人なんだよね。
どのみち朝廷と足利家の関係は少し落ち着かせる必要がある。近江御所での静養と政治を認めるなら、それに越したことはない。
留守中はメルティたちが評定衆をなだめていたみたいだし、オレも少し理解してもらうために動くか。
年齢や政治経験、家柄、それと尾張やオレたちに対する理解度。どれをとっても近衛さんが最適なんだ。交渉相手として。
理解度だけで言えば山科さんが上なんだけど、山科さんだと朝廷を動かせないからなぁ。
島に戻って英気を養ったし、頑張るか!
Side:織田信康
内匠頭殿が戻ると、清洲、いや尾張の様子が違うように見えるのは気のせいであろうか?
立場や身分に問わず、土産の品を持ち各所に足を運んで直に話をしておることで尾張は落ち着きを取り戻した。
近江御所のこと、奥羽の寺社のこと、近衛公のこと。少しばかり不満が溜まっておったからな。
あの穏やかな人柄を見ると毒気を抜かれるというか、不満や苛立ちが収まるという者すらおる。坊主の中には、まさに仏の御業だと言う者もおるとか。
自ら悟りを開くのではない。人に悟りを開かせる姿こそ、真の仏なのだと言うて憚らぬ者すらおる。
畿内と争うのは時期尚早だ。それは確とした軍略により明らかなのだ。
ただ、それでも今しかないと思う者もまた多い。守護様がいて兄上がいて内匠頭殿がいる。今しか畿内を倒せぬと考える者の意見も間違いではない。
そこまで考えると、少し冷めた紅茶と共に出された菓子に手を付ける。
「……今日のケイキは美味いな」
味が違う。なんというか、一切の雑味もなにもない。見事な味だ。
白く柔らかい。甘さは確とあるが、甘すぎず苺の甘煮のタレが間に挟んでおり、その味がより一層、ケイキを引き立てておる。
料理番が腕を上げたのか? 稀に料理や菓子を作られる食師の方は、確か今日は稲葉山城に行っており留守のはず。
「はっ、本日は大智の方様がお作りになられたと聞き及んでおります」
「なるほど。どうりで。少しばかり城の中が静かだと思うたわ」
「左様でございますなぁ」
菓子の刻。いつもより城内が静かだと思うたら、この菓子があるからか。皆、静かに味わっておるのであろうな。
少しばかり申し訳なくなる。十年以上も共に働いておるというのに、未だに久遠頼りのままの家中にな。
年月を追うごとに、内匠頭殿が尾張の……いや、日ノ本の要となりつつある。
果たしてこれは天の意なのであろうか? 内匠頭殿に言わせると人の世に天の意などないと言いそうだがな。
まだまだ、道半ばということか。
あまり内匠頭殿と奥方衆にばかり面倒を掛けるわけにいかぬな。わしのほうでもっと動かねばならぬ。
◆◆
永禄四年、五月。
久遠一馬が久遠諸島から戻った頃の様子が、当時織田家に仕えていた僧侶の日記に記されている。
留守中も懸案や問題、畿内や朝廷、寺社との対立が多くあり、織田家では苛立ち荒れていた者がいたが、一馬がそんな者たちをなだめて歩いていたという。
決して命じることもなく、また上から申し付けるわけでもない。日常のたわいもない話をしつつ人々の心を鎮める一馬の姿に、僧侶はまさに仏の御業だと称えている。
この様子から尾張の寺社ですら、一馬を神仏の使い、または一馬こそ神仏の化身だと噂していたことが事実だと分かる。
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『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
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