第二千十一話・留守中の日ノ本で
第八巻、11月20日発売しています。
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引き続き、連載継続と書籍版続刊のため、書籍版のご購入をお願い致しております。
放っておいても連載と続刊が続くほど甘い世界ではありません。もし、ご購入を迷う方がいましたら、この機会にぜひお手に取ってみてください。
一巻から七巻も書籍版オリジナルの加筆があり、続刊を重ねるごとに加筆が充実しております。
Side:織田信秀
「近衛公の用件は近江御所の件か?」
守護様は自ら淹れた茶を差し出すとメルティに問うた。
「恐らくはそうではないかと。御所だけならば早ければ年内に落成します。朝廷としてはそれを認める形で動きたいのではと考えておりますわ」
常ならば事前に打診があるか、漏れ伝わるものなのだが、此度は近衛公が自ら動かれておることで詳細が分からぬ。
昨年の上洛の折に茶会の場を設けることで揉めたからであろうな。決まるまでは表に出さぬつもりのようだ。
「弾正、近江御所から西の街道はまだ揉めておるのか?」
「はっ、我らと六角が御所から東を整えておることで、京の都の者らは西も街道を整えるように奉行衆に働きかけをしておりましたが、六角家としても西の街道は時期尚早と思うたのか乗り気ではなく、さらに在地の者らもあまり街道を整えると戦になった折に不利になると異を唱えておりますれば……」
面倒事はいくらでも湧いてくる。御所に関わることだけでも不満や身勝手な嘆願は後を絶たぬ。
困ったものだ。己らのことくらい己らでやれば良かろうに。
「来るなとは言えぬからの」
守護様のお言葉が家中の本音であろう。院と帝には同情するところもあるが、離れておるといかになってもよいのではと思うところもある。帝や院の御内意がいずこにあろうとも、朝廷は我らからすべてを奪う者となろう。わしや一馬がおらぬようになった世でな。
突き詰めると信の置けぬ王など邪魔でしかないのだ。
「近江御所にて朝廷と政を切り離す。これが先決でございますわ」
厄介なものよな。清盛公や頼朝公の頃から事実上、世を治めていたのは武士であったというのに、朝廷に代わる体制と仕組みを武士がつくれなんだことが今に響いておる。
我らもまたそれは同じで、結局は久遠に頼りようやく形になりつつあるのだ。
「一馬次第じゃの。すべては」
そのお言葉には守護様のお覚悟が見える。もう信じられぬからな。畿内は。あとは一馬がいかに動くか。
遅かれ早かれ戦となるならば、すぐにでも兵を挙げるべきではという献策もあるくらいだ。それもまた間違いとは言い切れぬ。
ただ、戻らぬほうが一馬は幸せなのではと、わしですら思う。
穢れた日ノ本など見捨ててしまえばよいものを。
Side:季代子
春も過ぎて新緑の季節。奥羽は相変わらずギリギリの状況が続いているわ。
春以降は漁業だけは相変わらず好調だけど、農業はやはり厳しく降雪地域は生きるので精いっぱい。
「この期に及んで内輪の争いとは……」
南部殿は頭を抱えているわね。
領内にある名のある寺社は、昨年のうちに清洲と畿内の本山に使者を派遣していたけど、その報告が届くと奥羽の寺社を大いに動揺させた。
清洲では状況の説明はしているものの彼らが望む妥協などあるはずもなく、各宗派の本山は当初、言葉を濁して情報収集をしているだけ。あまりに煩く嘆願した者は本山の心証を悪くしてしまい、要らぬ争いを起こしてと叱られているとか。
さらに事情が判明すると、手の打ちようがないどころか強訴の名を騙る略奪をしたという結果に、むしろ罰を与えることを検討しているところすらあるみたい。
本山や西の助けは望めない。その情報が領内の寺社に伝わってしまったのよね。
「寺社同士がなにをしようと口を出さないわ。ただし、こちらの領地になにかあらば許さない。草木一本でも奪ったら潰すわ。徹底しなさい」
見捨てられたと悲観する者、怒る者、様々だけどね。追い詰められた寺社では内部争いを始めたところもある。
末寺末社の中には、去年の騒動で織田方として動いた寺社の下に移ろうと動き始めていて、彼らを従えていた中堅の寺は激怒して兵を差し向けると意気込む者すらいる。
「件の葬儀にも呼ばれぬ。領内には尾張からきた僧侶と神職が村々を歩いておる。左様になると立場もないからの」
浪岡殿はこの流れを予期していたようね。彼のところは寺社を手厚く保護していたし、内情も相応に知っていたのでしょうね。
「あまり領内が騒いでは、葛西や伊達が付け入る隙があると見るのではございませぬか?」
違う懸念を示したのは高水寺の斯波殿ね。目の付け所はいいけど甘いわ。
「戦になるなら受けて立つわよ。それに葛西や伊達よりも勝手をする寺社の始末のほうが厄介なのよ。武士は楽よね。城さえ落としてしまえばいいんですもの」
奥羽衆、なんとも言えない顔をしているわね。
氏素性、血縁、権威。そこからなる特権を享受していた者たちにとって、私たちのやることは必ずしも望ましいことではないからでしょうね。
長きに渡り閉塞して変わらぬ日々を送っていた者には辛い日々なのかもしれないわね。
ただ、ここで妙な情けを掛けると、この地は数百年後でも閉塞したままになる。司令の元の世界のように。
時には心を鬼にする必要があるわ。
Side:ウルザ
「戦を避けても懸念が残る。仕方ないのでしょうね」
ヒルザがため息交じりに愚痴とも言えることをこぼした。
反乱と言える騒動はない。ただし、細々とした犯罪が後を絶たない。寺社、国人、土豪、村のまとめ役。どこも形式は命令を守るものの勝手なことをする者が今も多い。
「信濃は国人が強すぎるのよ」
信濃ではそんな者を捕らえる警備兵と裁く信濃刑務奉行が一番忙しいかもしれないわね。きちんと裁きの場を設けて詮議をして罪状を決めているから。
「申し訳ございませぬ」
「すべてが貴方のせいじゃないわ。諏訪殿。所詮は武士も寺社も同じ人なのよ」
今年に入り、この人、諏訪竺渓斎殿を出仕させている。名は満隣。諏訪分家筋の者で一族のまとめ役と言える者ね。
諏訪神社と諏訪家も生き残りに必死なこともあり、そろそろ使っていこうと試しに呼んだのよ。大殿に要らないと言われて以降、少し立場が苦しいのも事実なのよね。
特別視する気もないけど、廃れて消えていくには惜しい神社でもある。
「曲がりなりにも落ち着いたことで余裕が出来たんでしょうね。バレなきゃいい。それもひとつの事実だし」
民度と言っていいのかしら。尾張とは大きな差がある。私たちも大殿も守護様も舐められている部分がまだある。
形ばかり従ってバレなきゃいいと、余裕が出来たことで新しく悪事を企む。こういうことばかり見ていると人間不信になりそうだわ。
「いろいろとあるわよ。つい先日も、諏訪神社の末社が、社殿の修繕費を寄進しろと強奪まがいのやり方で銭や米を集めていたわ。ところが詮議をすると、左様な者はおりませんとなったわ。これは近隣の村の者が嘘を言っているのかしら? それとも顔も知らない者を村に入れたのかしら? 貴方の耳に入ってる?」
「……初耳でございます」
中途半端に地位や権力がある者が、まともだと思うのが間違いなのかもしれないわね。この時代はまともな者より、なにをしても生きる者が望まれているから。
まあ、先の一件は明日にでも該当する末社に武官と警備兵を差し向けて強制捜査をするけど。
「諏訪殿、これは命じゃないわ。忠言よ。従えるならきちんと従えなさい。さもなくば諏訪神社は賊まがいの者だと後の世まで笑いものになるわよ。三河本證寺や伊勢無量寿院のように、罪を後世に残す石碑を諏訪神社の中に建てたいなら構わないけど」
別に諏訪神社だけじゃない。信濃の寺社も元国人も元土豪も、どこもそんなことをしている末端がいる。すべて尾張に報告が上がっていて問題視されているわ。
このまま神社を残していいのか。そんな議論も少しされていると聞いている。
彼らは寺社を後世に残せるのかしらね?
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