第二千六話・太平の島・久遠諸島・その十
第八巻、11月20日発売しています。
すでにご購入いただいた皆様、ありがとうございます。
引き続き、連載継続と書籍版続刊のため、書籍版のご購入をお願い致しております。
放っておいても連載と続刊が続くほど甘い世界ではありません。もし、ご購入を迷う方がいましたら、この機会にぜひお手に取ってみてください。
一巻から七巻も書籍版オリジナルの加筆があり、続刊を重ねるごとに加筆が充実しております。
Side:織田信実
滞在も七日目か。兄上からは内匠頭殿を見て良く学べと命じられて、この国に来た。同行する者らは皆、日ノ本より進んだこの国にて多くを学ぼうと意気込んで来ておる。
ただ、内匠頭殿は皆を歓迎することや、ゆるりと過ごすことを主に考えておる。
思えば、内匠頭殿は他者に命じることを好まぬのだなと思い出した。
尾張に来た当初は、左様な身分でない商人故にそうなのかと思うておったが、十年過ぎて誰もが認める立場となっても命じることはごく稀だ。それも己の家中の者に対してで、同じ織田家中の者に命じたことはわしが知る限りない。
なにが言いたいのかというと、権威や立場がなくとも命じることがなくとも、真に優れた者には人は従うということだ。
「うわぁ」
「おっきい!」
ふと考え事をしておったが、内匠頭殿の子らの声で我に返る。我らは久遠諸島の牧場に来ておるのだ。
檻の中にいる虎の姿に、子らばかりか皆が驚いておるのが分かる。
確かに虎の大きさと威風は素晴らしい。だが、わしは絵師殿が描かれた図鑑なる書物に描かれた虎があまりにも似ておることに驚きを隠せぬ。
見たものをそのまま絵として残す。これは思うた以上に大切なことではあるまいか?
上の兄上たちと違い、わしは領内や他国との折衝に出向くことが多い。故に分かることがある。守護様や兄上の御内意をいかに正しく伝え、誤解や懸念を生まぬようにすることが難しいかだ。
久遠家の教えは難しいが、その点、誤解なきように配慮されていて助かる。
「あれが天竺の象になります」
「おお!」
思わず声を出してしもうた。なんと大きいのだ。絵で見ただけではこの大きさを感じることは出来ぬな。
「あれもまた、なんと大きな……」
あまりの大きさに子らが見上げて言葉を失っておる。十尺は超える大きさであろう。鳥か?
「南方の入植地で見つけた生き物です。飛べぬようですが、鳥に分類するべき体をしておりますね。当地の者は『タレポ』と呼んでいましたが、こちらで『モア』という呼称を付けております」
「鳥なのか……」
「飛べれば人を乗せられそうだなぁ」
シュヘラザード殿の説明に耳を傾けつつ、皆がモアという鳥の大きさに圧倒されておる。
「あまり多く増やせないとのことで、今のところ見せる以外はあまり利になりません」
利になるどころではあるまい。日ノ本に運べば久遠の力を世に示すことが出来よう。内匠頭殿が望まぬのは承知しておるがな。
久遠の知恵、数年学んで知った気でいると大恥を掻くな。孫三郎兄上が日ノ本の外に行きたいと言うのも少し分かる。
家柄だ血筋だと虚勢を張る者の相手などしたくなくなるわ。
Side:佐久間盛重
日ノ本を統べる。これは、もともと若殿が望まれたことだとか。
内匠頭殿も奥方衆もそれを望んだとは聞いたことがない。これは評定衆も知らぬ者がいることだがな。隠居した平手五郎左衛門殿から筆頭家老を引き継ぐ際にわしは教えられた。
守護様や大殿も今では日ノ本を平らげるために動かれておるが、それは、そうせねば先々に懸念が残るからだ。
久遠は、久遠の国と民を守るために織田に臣従して力を貸しておる。いかなるわけか知らぬが、内匠頭殿の見定める敵は明、朝鮮、南蛮だからな。
日ノ本の外を生きるということは、かように難しきことなのであろう。そう思うておった。
そこに大きな間違いはあるまいが、日ノ本もまた久遠にとっては敵となりうる相手なのだとここに来て察した。
「民と共に生きるか」
大元からして違う。久遠は、民は従えるものではないのだ。今の尾張がそうなりつつあるようにな。
牧場にて珍しき生き物を育て、学校にて人を教え導く様を見ておると、それを確信する。
本領の者らは多くが日ノ本の民だと思われる。故に敵する前に共に生きるべく取り込み始めたとも言えるか。
身震いするようだ。内匠頭殿が日ノ本を敵と見定めたらいかがなるのかと思うとな。いや、内匠頭殿だけではない。いずれ久遠家当主の座を継ぐであろう、大武丸もそうだ。あの子が日ノ本を敵と見定めたら……。
誰ぞが言うていたな。久遠は朝廷が切り捨てた者の末裔ではと。それ故、弱き者、敗れし者にも寛大なのだと。
かように変わる機会を与えてくれた、大殿や内匠頭殿に感謝せねばなるまいな。変わらぬ者に先はない。これは事実であろう。日ノ本の外が日ノ本の及ばぬほど強く変わってからでは遅い。
朝廷の権威ですら、ここでは無価値なのだ。ここよりさらに日ノ本から離れた地では朝廷など蛮族と思われてもおかしゅうない。
己の家や一族を守るために生きろ。内匠頭殿が時折口にする言葉だ。決して忠義など求めず、己のために生きろと教え説く。
織田もわしも己のために生きねばなるまい。
古き権威にしがみついて、戦場でひとつやふたつの兜首を挙げたところで大きな流れには逆らえぬまま飼い殺しにされるだけだからな。
わしは変わることを恐れぬ。
久遠と共に日ノ本の、いやこの世の先を行く。
Side:久遠一馬
島のあちこちを見せて歩くと、いろんな反応がある。カルチャーショックのような反応をする人もいれば、珍しいモノを見て喜ぶ人もいる。
ただ、やはり進んだ地を見て夢を見るよりは、現実として受け止めて真剣に考える人が多い。
「落ち着くなぁ」
それと、いつからだろう。この島が落ち着くと感じるようになったのは。
島の牧場、というか動物園か。そこを見物した子供たちは、はしゃぎ過ぎたのか夕ご飯を食べたらすぐに寝てしまった。
今夜は天気も悪くないので、星を見ながらバーベキューで皆さんをもてなしている。
近くでは天測について話を聞いているグループや、星にまつわる神話やお話をしているグループもある。
さっきまでは皆さんに声を掛けて歩いていたが、一息ついて休んでいると、そんな皆さんとオレの違いを感じる。
織田家の皆さんは、頑張れば明るい明日があると信じているんだ。無論、懸念や苦労があることを理解していても、それでも今日よりはいい日になると心から信じていて、それ故に頑張っている。
正直、オレにはあまりなかった感覚だ。この時代に来て、多少理解出来るようになったけど。
別に貧しい人生を送ってきたわけではないが、希望をもって生きていた人生でもない。ギャラクシー・オブ・プラネットの世界に人生の大半をつぎ込んだ、いわゆる廃人プレイヤーだったからね。
そもそも文明が高度に発達しても世の中の格差はなくならなかった。様々なセーフティーネットが設けられ飢えることは減ったものの、決して優しい世の中ではなかった。
そんなオレの生きた時代、庶民でも夢を見て希望を持てたのが仮想空間だったんだ。
リアルよりもリアルな仮想世界を生きた男が、過去とも別世界とも言える地で本当のリアルを生きる。
なんとも不思議な気分だね。
少しでも夢や希望を持てる世の中にしたい。この手の届く範囲だけでも。
どこまで出来るかなぁ。ただ、今のオレにはその力がある。
やってやろうと思う。出来る限りは。
書籍版の書き下ろしなどは、今後webなどでの公開はありません。
書籍としての付加価値は守ります。
web版と違い、一冊の本として読むことを意識した加筆修正になっており、購入をお願いできるものに仕上がっていると思います。
どうか、ご購入をお願い致します。
カクヨムにて『オリジナル版戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』と『改・戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。』があります。
『オリジナル版』は、2122話まで、先行配信しております。
『改』は言葉、書き方、長期連載による齟齬などを微修正したものに、オマケ程度の加筆があるものです。
なお、『書籍版』の加筆修正とは別物であり、書籍版の内容とは違います。
そちらも、どうかどうか、よろしくお願いします。














