第百五十三話・服部家滅亡
side:久遠一馬
「さあ、どうぞ」
そろそろ本隊は荷ノ上城に着いたかな?
荷ノ上も数日と掛からず落ちるだろう。野戦はないのでケティ率いる衛生兵を本隊と共に荷ノ上城に同行させたが、オレは荷駄隊というこの時代の輸送隊と佐治さんの兵などと共に領民の慰撫を始めていた。
「焦土作戦か。思ったより無能じゃなかったのかもね」
戦があると民が一番にお腹を空かせるのは、いつの時代でも同じ、米と麦や蕎麦に粟や稗を混ぜた雑炊を市江島の領民に振る舞う。
この時代は負けた領民は悲惨だ。乱取りにて捕らわれて奴隷として売られるか連れ去られることも多い。
村によっては協力する代わりに乱取りを止めてもらうこともあるみたいで、一部の村の代表が挨拶に来たので彼らに手伝わせて炊き出しをしている。
戦の勝敗が決まった以上は統治の準備を始めないと。
「焦土とはいかなる意味だ?」
「ええっと、何も残さずに全て持ち去ることですよ。事実我々は与えることはしても、何も得られてません」
それと嫡男である信長さん。何故か本隊に同行せずにオレたちと共に炊き出しをしている。
行っても見ているだけならと、こっちに参加したらしい。信長さんが大将となった領内の慰撫隊だね。
あとは佐治さんも城攻めだと活躍の場がないからと、こちらに協力してくれている。既に手柄は十分だしね。
「駄目ですね。周囲の村どころか寺にも食料がありません。すぐに漁業を再開させて、追加で食料を運ばねば飢える者が出るか流民になります」
「エル。そなたに任せる。誰がここを治めるか知らぬが、一向衆の目前だ。飢えさせるな」
「はい。畏まりました」
エルは護衛の兵を連れて周囲の村の視察に行ってたけど、本当に何も食べ物がないらしい。服部友貞は飢えて一揆が起きるのを期待していたのかも。
信長さんは相変わらずエルに任せるという合理的な決断を平然として、手伝っている地元の領民を驚かせている。
女性の立場が低い時代だしね。
というか服部友貞。領内の一向宗の寺からも食料を徴発したみたい。一揆に協力しないならば敵に内通したと決めつけて、強引に奪っていったらしい。坊さんたちが怒ってるよ。
その決断力と行動力をいい方に生かせば良かったのに。
「申し上げます! お味方、荷ノ上城に突入。敵将服部友貞を捕らえました! 大勝利でございます!」
本隊から勝利の知らせが届いたのは日が暮れた頃だった。
信秀さん。籠城させなかったんだね。
数日どころか一晩も掛からずに落とすとは。荷ノ上城もたいした城じゃないのは確かだけどね。武闘派の人たちはやる気満々だったからか。
服部友貞は重傷を負ったようだが、生かしたまま捕らえられてケティが治療したらしい。捕らえたのは森可成さんだって言うんだから、よく生きてたなって思うよ。
どうも初めから服部友貞は、生け捕りにしろと信秀さんは命じていたらしい。
「服部友貞は生け捕りか。首よりは価値があるか」
「願証寺としても、処罰する対象が生きていた方がいいでしょうしね。対価は首よりは頂けますよ。それに一向衆内部の織田に敵対した人たちの処罰もしてもらわないと駄目ですし」
領民慰撫隊のみんなも味方の大勝利に喜んでるし、地元の領民までもが喜んでる人たちが多い。無理やり食料を奪われたからだろうね。
信長さんは生け捕りにした服部友貞が、いくらになるんだと言いたげだ。
服部友貞には悪いが彼に名誉ある死なんて与える気はない。せいぜい一向衆の足を引っ張って、内部の反織田を炙り出してほしいものだ。
対価は何になるかな? 土地は難しいか? 市江島以外にも尾張に近い土地は欲しいが、下手に土地を要求すれば野心があると疑われる。
いっそのこと蟹江の港町建設に協力させるくらいでいいかもしれないな。織田領内にこれ以上一向衆は増えてほしくないしね。
翌日。凱旋する本隊を見送りつつ、オレたちは市江島の後始末のために残っていた。
荷ノ上城は堀に囲まれた平城だった。結構広いけど城門は抱え大筒で破壊されたようで穴だらけの無惨な姿に。
後で聞いた話だが、一部の将兵は城門が破壊された時点で降伏したりして混乱したらしい。
「やはり鉄砲の備えのない城は使えぬな」
「まあ、そうですね。とはいえ鉄砲を揃えるのも備えをするのも銭が必要ですからね。服部家程度だとこんなもんでしょう」
荷ノ上城は一部破壊されたが焼かれたわけではないので、信長さんとオレたちは荷ノ上城に入り後始末をしている。
服部友貞が強引に集めた兵糧は、領内の村の代表者を呼んで均等に分けてやることにした。
一部からは持っていった量と違うと不満が出るかもしれないけど、どこからどれだけ徴発したか分からないんだから仕方ない。
服部友貞とその一族に加えて先に捕らえた怪しい坊主たちは、纏めて願証寺に送り届けるみたい。尾張に連れ帰っても邪魔だしね。願証寺に送られると知ると暴れたらしいけど知らんがな。
織田と一向衆の戦にしようと勝手なことをした連中は、 織田にとっても願証寺にとっても迷惑でしかない。
「殿。桑名の使者を名乗る者が目通りを願いやってきましたが、いかがしますか?」
「うーん。若様会います?」
「要らん」
「では清洲に出向くように伝えてください」
「はっ」
領内はあまり荒らされてないからね。清洲の時よりは後始末が幾分楽になる。
ただ忙しい時に余計な人たちがやってきた。桑名を自治してる人たちだ。四人衆とか三十六家氏人による自治と歴史では言われていたが、要は商人による自治都市であることに変わりはない。
来るの遅いね。大湊は戦の前に使者が来たのに。面倒だし信秀さんの許可が要る案件だから向こうに回そう。
せいぜい搾られるといいよ。
多分服部水軍壊滅の知らせを聞いて、慌てて使者を寄越したんだろうね。
大湊は伊勢神宮との関係もあるし、規模も大きいからあまり無茶はできないと思う。でも桑名は願証寺の影響が強いからね。
願証寺に圧力を掛ける意味でも厳しく対処するだろう。まあ地理的にも尾張に近い桑名は、ウチの商品で賑わう津島に対するやっかみが多分にあったんだろうけど。
願証寺には配慮しつつ、桑名に厳しくするのもアリかもしれない。
自治都市ということで各地の産物が集まる場所らしいけど、どう考えても尾張から見ると邪魔なんだよね。せっかくウチから利益を桑名にも融通してたのに、敵に回りそうな動きをしたし。
桑名の経済力を落とせば願証寺の力も落ちるだろう。
史実のような泥沼の一向一揆はなるべく起こさせるつもりはないけど、どのみち一向宗には身の丈に合った宗教になってもらわないと駄目だ。
今なら桑名を弱体化させる手が打てるかもしれない。














