第千三百三十話・大会の夜に
Side:久遠一馬
一日目は無事に競技を終えた。
親王殿下や公家衆は綱引きや玉入れに興味を示してあれこれと問われた。誰でも参加出来る種目でありシンプルながら、奥が深く勝ち負けがある。オレには見慣れたものだが、娯楽や刺激の少ないこの時代では面白いようだ。
あと津島・熱田・蟹江での文化・芸術・工芸関係の展示は今年も大人気らしい。
そうそう、今年からの変化もある。昨年までに展示した書画の一部を美濃・三河・伊勢の織田領で展示をすることになったんだ。
帝の和歌だけは何かあれば困るので熱田神社から持ち出さなかったけど、過去の書画も結構あるんだよね。
場所は美濃の井ノ口と関ヶ原、三河の安祥と岡崎、伊勢の桑名などがある。もともと昨年からはそれぞれの領国で地方予選を領民向けの種目で開催していた。その流れからの新しい試みだ。
地方予選には、本戦出場者に尾張までの往復・滞在の旅費を提供するご褒美も加えてある。これで遠方の人も武芸大会本選に出られるだろう。いずれは各地方で武芸大会を行い、尾張で全国大会を出来ればいいと思っている。
「これは……」
さて、一日目の夜もイベントを用意した。親王殿下が珍しく人目も憚らずに驚かれた顔をしている。
「民の市と屋台をご用意致しました。存分にお楽しみください」
これはオレとエルたちで考えて用意したイベントだ。
親王殿下が庶民の屋台の料理を食べるなんて、この時代では無理なことだ。ただし、こうして城の中庭に呼んで屋台をお出しするならグレーゾーンというか、近衛さんたちも許容してくれた。
庭にはかがり火がたかれていて、屋台を十数軒用意した。ウチで働いている若い子たちはウチの屋台をそのままやってくれているし、八屋の八五郎さんも店の料理を屋台として出してくれている。
一部は織田家の家臣がやっているが、本当に日頃から屋台を出している人気店の店主たちもいるんだ。まあ、ここまで整えるのは大変だったけどね。屋台の店主は事前に調査して何度も面接をして、吟味会と名付けて、試食の体で料理研修会を開いたし。
「かようなことは初めてだ……」
公家衆もほかの招待客も、親王殿下がいかにされるか固唾をのんで見守っている。そんな中、一歩また一歩と庭を歩かれた親王殿下は屋台や市を見渡して嬉しそうに微笑まれた。
「いらっしゃいませ!」
屋台をやっている子たちが元気に親王殿下に声をかけた。これ、作法としては駄目なんだよね。身分が違うから。ただし、民の暮らしと祭りを体験するという意味で近衛さんたちに了解を貰っている。
宴であり、余興なんだ。
「よい香りだ。これはいかなるものか?」
「はい! たこ焼きと申します。中にタコと薬味を仕込み、小麦の粉などで包み焼いたものになります!」
ウチの屋台は元孤児の子たちがやっている。みんな元服しているけど、何年も祭りで屋台をやっていた経験がある。緊張しているようだけど、ちゃんと笑顔で接客が出来ていることが凄い。
「おおっ……」
もちろん毒見役の人が先に毒見の実食をする必要がある。ところが毒見役の人が一口たこ焼きを口にすると熱かったのかハフハフとしつつ思わず声を出してしまうと、公家衆が驚きの顔を見せた。
「食味のあらましは、いかがなのだ?」
「はっ、食したことのあらぬ珍品でございます」
毒見役がリアクションをとるなんてないんだろう。ただ、親王殿下はそんなことを気にもせずに味を問われた。
申し訳なさげにしつつ答える毒見役がなんとも微笑ましいといえば怒られるだろうか。
「ああ、なんという味だ……」
やはり匂いにつられたのだろうか。親王殿下はたこ焼きや焼きそばを熱々のまま召し上がられると、嬉しそうに召し上がられていく。
「なかなか面白き趣向じゃ」
「まことに殿下ともなれば市井の品を召し上がられるなどあり得ぬ。かようなことは二度とないかもしれぬ」
近衛さんと公家衆も親王殿下の様子に安堵したようで、招待客の皆さんもそれぞれ屋台を覗き好きなものを頼んで召し上がられていく。
夜風はもう冷たい季節だ。ただ、寒さもまた屋台を彩るように皆さん、楽しんでくれている。
「おお、八五郎ではないか」
「これは北畠の大御所様。某など来て良い場とは思えませなんだが、生涯最後のご奉公にと参りました」
「なにを言う。そなたの料理は天下に通じる。さあ、皆の衆。この八五郎の飯も美味いぞ」
あれ、八屋の屋台で八五郎さんと親しげに話をして、公家衆に勧めているのは晴具さんなんだけど。いつの間にか通っていたのか。
「さあさあ、ひとつお話を聞かせてしんぜよう」
あとこの場には紙芝居と人形劇をやっている人たちも呼んでいる。元河原者と言われた人たちだ。今では織田領に定住し、祭りとかにお呼ばれして紙芝居や人形劇を披露している。慶次が親しいみたいなんで取りまとめを頼んだんだ。
これには公家衆や他国の招待客も興味津々らしい。
ちなみに今日の物語は皇統の祖であると信奉される、伊勢内宮の主祭神、天照大御神の神話だ。オレたちは知っている神話だけどさすがにそれは言えないので、織田家で急遽資料を集めに奔走して実現した。京の都在住の家臣と伊勢の宮司さんたちがいろいろと骨を折って資料を集めに協力してくれたんだ。
「そなたにはいつも驚かされるな」
気が付くと義輝さんが隣にいて、顰み声で呆れた様に言われた。
「お恥ずかしい限りでございます」
自分でいうのもなんなんだが。無欲と偶然の結果な気がしてならない。オレは官位も現状で十分だし、親王殿下にも公家衆にも取り入る気はない。
ただ、巷の祭りにも、朝廷が認める祭神の催事にも行ったことがない親王殿下に、出来るだけ思い出を作って差し上げたいとは思った。
内裏という聖域で祈りと儀式の日々。オレにはそれが羨ましいとは思えないわけだから。
いつの日か、帝や親王殿下が都の祭りにお忍びで出かける。そのくらいのことはあってもいいと思うし。そんな世の中にしたい。あえて多くを語らない義輝さんを見てそう思う。
◆◆
天文二十三年。方仁親王の尾張行啓が執り行われたが、方仁親王がその際に思い出に残ることとして後に挙げたひとつに、武芸大会初日の夜に清洲城で行われた露店市の宴がある。
露店市や尾張ではすっかりお馴染みとなっていた屋台を城内に設けて、親王殿下や招待客に市井の民のように自由に楽しむことを経験して戴くを旨とした宴である。
これを企画立案したのは久遠一馬だったとされ、方仁親王に巷のことをご覧いただきたいと自ら公家衆などに説明して説得したとの逸話が残っている。
『尾張の民が羨ましくなった』とのちに方仁親王は語ったともされ、内裏から出ることもままならぬ当時の皇室の状況を表している。














