第千二百四十三話・見えぬ先行き
Side:エル
「ちーち、いない」
「ちーち!」
大武丸と希美が少し寂しそうにやってきました。どうやら司令を探して屋敷の中を探していたようです。
「殿はお役目で留守にしているのですよ。いい子にしていたら早く帰ってくれますから、一緒に帰りを待ちましょうね」
花と種の二匹が、ふたりとともに探していたようですね。種と実は花と風のお婿さんとお嫁さんですが、ふたりとも躾をしつつウチに慣れてきたようでなによりです。
「大武丸、希美。散歩にいくでござる!」
「いざ行かん、旅立ちの時なのです!」
寂しいのか甘えてくるふたりの相手をしていましたが、今日は休日のすずとチェリーがそんな姿を見て散歩に連れ出してくれるようです。私にはまだ仕事があって出かけられないので助かります。
「まーま!」
「さんぽ、すき!」
「ごめんね、すずとチェリー。お願いね」
私と子供たちをみんなが気に掛けてくれること、本当にありがたい限りです。
「任せるでござる!」
「行ってくるのです!」
織田家の皆も頼もしくなりました。それでも難しい案件は私たちのところに相談が来ます。セレスが留守にしていることで春と夏が警備奉行の仕事を手伝っていますが、思った以上に大変だと言っていました。
秋は工業村で本格的な硝子細工の指導をしていて、冬はジャクリーヌの代わりに雷鳥隊の指導をしています。
人の一生は短い。私たちが表舞台からいなくなっても国が治まるようにしなくては。
司令たちも大変なようです。シルバーンでは想定外の帝との接見の影響がどうなるか、大至急シミュレーションしているところです。
状況次第では、一気に畿内に巻き込まれることも想定しなくてはなりません。それだけは阻止しなくてはなりませんね。今はまだその時ではありません。
Side:近衛稙家
内裏に参内すると、主上はおひとりで南蛮絵を眺めておられた。
「あの布団という夜着は、なんと心地よきものよ」
此度の上洛では布団が主上に献上されたが、お気に召されたようじゃの。あれは良いものぞ。改めて見るとさして珍しきものではない。されど、尾張にはかようなものがあふれておる。
主上は尾張をご覧になりたいのであろうな。
「此度は内匠助の妻、大智は参っておらぬとか。あの羊羹は誰が作ったのか」
「その絵を描いた絵師でもある妻が参っておるとのこと。羊羹の技は久遠の妻たちならば知っておるようでございます」
「ほう、そうであったか」
先日には先の上洛の折と同じく羊羹を献上された。あれには主上ばかりか、下賜された皆も喜んでおる。尾張から少量が届くことはあっても、都ではまず出回ることがない品じゃからの。
しばし言葉もなくおられた主上は、おもむろに立ち上がられると庭に出られた。薬師の方に指南されたという日の光に当たることを近頃は日課とされておられるようじゃ。
「次の世は尾張から動く。大内兵部卿の遺言であったな」
亡き大内卿の遺言はすでに主上の御耳にも入っておられる。それ故、思うところもあられるのであろう。即位に際して献金の代わりに官位を求めたことで、必ずしも大内卿を良く思われておらぬところもあられたが。今にして思えば他の武士と違い、まだ朝廷のために尽くしていた男であったの。
西国にて栄華を極めたとまで言わしめたこともある故、そのような男の遺言は気になるといえば気になられるのかもしれぬの。
朝廷は、我ら公家は、いかがすればよい?
いずれ、世は変わるであろう。されど、それはまことに主上と朝廷の御為になるものか? 朝廷の長き積み重ねは重い。さらに比叡山を筆頭に寺社もまた時には世を乱す元凶となっておったのじゃ。
それらをあの男はいかにする気じゃ?
分からぬ。分からぬからこそ、今から誼を深めておかねばならぬ。出来ることならばもう少し官位を上げて昇殿出来るようにしておきたかったが、あまり望んでおらぬようじゃ。
図書寮の件をもう少し早う進めるか。内裏の修繕を進めておる今、懸念はないはず。
しかし、世が動くやもしれぬ時をこの目で見られるかもしれぬとはの。喜んでいいやら悲しんでいいやら。
Side:久遠一馬
この日、オレたちは都の郊外に来ている。
「そろそろ窮屈になっておるかと思うてな」
一緒にいるのは近衛晴嗣さん。現関白になる。史実の近衛前久となる人だ。今日は少し遠乗りでもと誘ってくれたので同行している。
「ありがとうございまする」
義信君もちょっと晴れやかな顔をしている。連日の公家との行事は慣れない身分からすると少し大変だからね。助かったよ。
この人も史実ではいろいろ逸話がある人だ。上杉謙信を頼って越後まで行ったかと思えば、関東まで出向いて戦場にまで参陣していたはず。
義輝さんとは従兄弟で同い年なんだよね。史実と同じく馬術にも長けていて鷹狩りも好きなんだそうな。
「内匠助、ひとつ聞いてよいか?」
「はい、なんなりと」
少し休憩することになり、休んでいるとこちらを見ていた晴嗣さんが声を掛けてきた。
「何故、皆、勝手ばかりするのであろうな」
これまた唐突な質問だな。
「それは難しい問いでございますね。下々の者からすると、何故、上の者は利にもならぬ争いに駆り出すのだと思っているかもしれませんよ」
こういうのって、普通は偉い坊さんとかに問うことじゃないのかな。最近慣れてきたけどさ。
晴嗣さん、近衛家の嫡男であり上から数えたほうが早い身分の人だ。庶民の気持ちどころか武士の気持ちも分からないんだろうな。
まあ、こうして他者に問うても誰も本音を教えてくれるはずもないし、型通りの返事でごまかされて終わりだろう。だからオレに本音を聞いてきたのかもしれないな。
あまり関係ないけど、史実だと足利義輝といい近衛前久といい、謙信と親交があった人なんだよね。個人的には無口で酒を飲んでいたイメージしかないけど、案外目上の人との接し方は上手い人なんだろうか?
「つまりは下々の者を知らねば分からぬということか」
やはり教育を受けている人は頭もいい。オレの言葉で内容を即理解したか。
「考え方とすると、勝手をせずとも生きていける政を行なえば、勝手をする者は自ずと減るでしょうね。あとは勝手をしたら罰せられて生きていけない政も当然しなくてはならないでしょうが」
さらに言えば、物事を知ることは大切だけど、それだけでは解決なんてしない。
ただ、オレの言うことはあくまでも考え方として簡単な例を挙げただけだ。先例重視で権威や血筋を重んじるこの時代でそれを形にするのは、まあ並大抵の苦労では出来ないことだろう。
さらにこの時代は通信技術や交通手段が発達していないから、地域間の意識や価値観の差も元の世界とは比べものにならないほど大きい。そんな人々の多様な考えと暮らしを理解して治めるなんて口で言うほど簡単なことじゃない。
そもそも武士からすると、立身出世や家の繁栄のために朝廷を頼り、権威の後ろ盾として官位を求める人はいても、皇室や公家の暮らしを良くしようなどと考える人なんていない。
一所懸命。本当にその言葉の通りで、自分の領地以外どうでもいいのが大半の武士だからね。
公家もね。結局は古き権威そのものであり、今の乱世の責任を負うべき側だ。あちらこちらに不満を口にするのはいいけど、責任を負えと言われると絶対に嫌がるだろうしね。
まあ、難しい人たちだよ。
side:久遠一馬の没ネタ。
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