第千二百十九話・面目と配慮
Side:織田信光
尾張では桜が咲いておる頃だ。あの花を見ながら騒ぐ祭りも好きであったのだがな。愚か者の始末のために祭りを見られぬとは面倒なことだ。
謀叛人どもが籠城しておるところは、城と呼ぶにはいささか心もとないところだ。織田が三千名、六角が二千名、梅戸と千種は千二百名というところか。梅戸と千種は領内におった罪人を動員しており、城門を押さえるように布陣した。
僅かな者は逃げだしたようだが、謀叛人と罪人らはほぼここに集まっておる。あまりに上手くいきすぎて梅戸と千種の者らは面白うない顔をしておるがな。
「後藤殿か。いかがした?」
軍議の前に後藤殿がこちらの陣に姿を見せた。
「軍議の前に話をしておこうかと思いましてな」
「大変であるな。わしは援軍ゆえ、気が楽だわ」
織田は援軍だからな。あまり出しゃばるのも良うない。後藤殿は苦労をしておるようだな。
すぐに主立った者を集めて後藤殿と話をするか。とはいえ……。
「梅戸と千種にも面目がありましょう。まずはやらせてみるしかないのではありませぬか?」
武官として鍛えておる者らだが、いかがするかと問われてもいかんとも言えぬ顔をしており、ひとりの男がそう口にすると皆が頷く。
こちらが好きにしてよいのならいくらでも策はあるがな。先日の軍議でも織田を恐れておるような者ばかりであったくらいだ。
「ウルザ、ヒルザ。なにかあるか?」
「いえ、特には。私たちが動けば、後藤殿はともかく、千種殿が辛いお立場になられるでしょう。すでに千種領の民も謀叛人から逃げ出しているというほどですので」
念のためウルザとヒルザにも問うてみるが、考えは同じか。さすがの久遠も此度は援軍故に大人しいな。我らが狙われでもすれば話は変わるが、織田を襲う者などおらず兵も暇を持て余しておるな。
敵を降す策を求めるならば幾らでもあるのであろうが、梅戸と千種は六角の家臣だ。余計な口出しなどしても喜ばれはしまい。
「では、城を落とすとすればいかな策がありましょうや?」
「金色砲で門を吹き飛ばせばあの程度の城は終わりだ。織田としてはそれが一番楽で早い」
後藤殿はさらに踏み込んだか。いささか勘違いしておる者が多いが、織田のやり方は誰もが思いつかぬような奇策を用いるわけではない。当たり前に勝つべくして戦をする、それだけだ。
一馬からは木砲を譲り受けてある。鍛練のつもりで使い潰してもいいとも言うておったな。長々と対陣して兵糧を費やすくらいなら木砲で攻め落としたほうがいいとも言うていたが。
結局、後藤殿は困った顔をして戻られた。要は梅戸と千種に任せるのかが悩みの種なのであろう。
Side:梅戸高実
千種家の者らは戦をする前とは思えぬほど士気が低い。中には罪を裁かれる罪人かと思える顔をしておる者すらおる。
分からんではないがの。謀叛人は六角への絶縁状を寄越したと聞く。梅戸家とまことに戦をするつもりなどなかったのだ。隠居が独立を決意すれば終わった話。されど隠居は最早独立は保てぬと考えたと。家中の者らはほぼ繋がっておろうな。
もっとも我が梅戸家の者らもあまり士気は高くない。中には武功を上げんと意気込む者もおるが、六角と織田のあまりに冷たい仕打ちに恐れておる。
「さて、千種殿、隠居殿。いかがする?」
六角家の血縁もあり千種を従えておるということもあって、わしが将として座っておるが、千種がいずこまでわしの命を聞くのかわからぬ。千種はかつて北朝と南朝に分かれて争っておった頃からの名門だ。扱いが面倒でしかないわ。
「遠慮は要りませぬ。一気に攻め落としていただいて構いませぬ」
「御隠居様!」
口を開いた隠居殿の驚きの言葉に、千種家の者らは信じられぬのか声を荒らげた者すらもおる。
「当家の者は謀叛人と内通しておる者もおりましょう。一切の配慮も不要でございます」
とは言うがの。千種の面目を潰すと末代まで恨まれよう。隠居殿とていずこまで本心か分からぬ。
「まずは千種で一当てしてみてはいかがか? 見ておるだけというわけにもいくまい」
見渡すが、自ら先陣を願い出る者もおらぬ。千種家の者らは今の状況を信じられぬと戸惑うばかりであるし、当家の者は六角と織田を恐れておるか、千種に恨まれるのを嫌って様子をうかがっておるかいずれかだ。
後藤殿も織田造酒権正殿も異を唱えることはないようだ。家中のことは家中で始末する。そこはやらせねばあとで面倒になるからな。
「畏まりましてございます」
隠居殿が承諾したことで決まった。お手並み拝見といくか。
Side:千種忠治
「何故、兵糧の在り処を謀叛人に知られたのであろうかの」
わしの問いかけに答える者はおらぬのか? この期に及んでも真実を語る者はおらぬのか?
「御隠居様、これは梅戸と六角の謀でございます!」
「左様、我ら千種家を乗っ取るつもりなのだ!」
婿殿を睨みつけ、体裁を取り繕うことなく罵る家臣に哀れみすら感じる。
謀だと? そのようなこと承知しておるわ。己らのせいでそれに乗らざるを得なかったのだ。今、家中で争い六角から独立などと言い出してみろ。織田と六角に潰されてしまうわ。
「では言い方を変えるか。その方らが謀叛人と通じておることなど百も承知である。戦が終わり次第、厳しき詮議を行う。加担した者は容赦なく罰する。此度のことで、いずれにせよ所領は六角家に献上せねばならぬからな。勝手をする家臣など要らぬ。それが嫌ならば謀叛人を討って功を上げて参れ」
哀れな家臣らよ。すでに己らなど不要だということが分からぬらしい。己らが千種のために謀叛を起こし庇うというなら、わしもまた千種のために己らを捨てよう。
「なっ……」
「御隠居様! 乱心なされましたか!」
「すべては千種の家を守るため。忠義を重んじるそなたらならば分かってくれよう。それとも六角と織田の援軍に攻めかかるか?」
ここで六角と織田に攻めかかる気概があるならば、それもまた認めよう。されどそれに答える者はおらなんだ。
相手は六角家宿老である後藤殿と、内匠頭殿の弟であり北伊勢を平らげた造酒権正殿だ。合わせて五千を超える。わずか数百でなにが出来るというのだ。
「義父上、某も出まする」
「あい分かった。ならばわしも出よう」
真っ先に願い出たのが婿殿とは。まだ分からぬのか。名門という権威だけでは生きていけぬということを。
いかほど付いてくるか分からぬが、出るしかあるまい。家臣に討たれるか、謀叛人に討たれるか。わしは千種を滅ぼした大うつけと呼ばれるのやもしれぬな。














