第百十三話・牧場と信長さん
side:織田信秀
「よかろう。兵糧を送ろう。それと買い付けなどの人は関所を通すことにする」
「ありがとうございまする」
「伊勢守殿の立場も理解する。苦渋の決断であろう」
離脱した者とは、相変わらず小競り合いをしておると報告があったが、思ったより動きが早いな。もう少し意地を張るかと思ったが。
伊勢守も無能ではないが、あまり戦は上手くないらしい。まあ無理もない。自らの采配で戦をしたことなど、ほとんどあるまいからな。
それに刈田や乱取り目当ての小競り合いと、家の行末を賭けた戦は訳が違う。負ければ全てを失うのだ。地位や権威など役に立たん。やっとそれを理解したか?
「戦も頭を使うことだ。刈田ばかりしても戦は終わらぬぞ?」
「はっ。主にしかと伝えまする」
あまり他人事ではないがな。こちらの家臣とて、どこまで理解しておるのやら。
しかし、実際に兵を挙げずに戦うというのは本当に面白い。銭と物を動かすことにより、兵を動かすより効果的に立ち回れるとはな。
無論、銭の力はワシも理解しておったが、想像以上だったわ。
寺社が座や市を支配したがる理由には、それもあるのやもしれぬな。頭を使うのは奴らの方が上。武家が敵うはずもないことだ。
現状でもワシは織田の利のために動いておるのに、人はワシを仏と呼ぶ。本当に皮肉なことだ。
もちろん一馬たちが上手く、領民と織田の利を結んでおることは理解しておるがな。同じことをやれと言われてできる者が、どれほどおろうか。
「くれぐれも領民を粗末に扱わぬようにな。領民には武家の権威など関係ない。自分たちを守り食わせてくれる者を、求めるのだ」
この男。山内猪之助ならば、ここまで言えば察しよう。
謀反人を討つのは構わぬが、刈田ばかりして荒れ果てても困るのだ。具体的に口は出さぬが兵糧を送り、物の値を下げる手助けはするのだ。後は自分たちで考えろ。
どうせ臣従するのだ。ワシの名を上手く使って、援軍が来ると言うてもいい。使える物は使って、早く終わらせてほしいものだ。
細かいことに目くじらを立てる気はないのだからな。
そういえば伊勢守家でさえ、鉄砲は僅かしかないとか。確かに普通に買えば高価で、堺か近江の国友辺りに頼まねばならぬからな。
しかも一馬の鉄砲より物が良くない。恐らく日ノ本の技術が低いのであろうが。つくづくワシを驚かせる男だ。
やはり一馬とは頃合いを見て、婚姻を結ばねばならぬ。三郎は反対しておるがな。奥の序列に口出しせねば、問題はないはずだ。さすがにワシとてあの聡明な奥方たちを、敵に回す気はないぞ。
それに将来の娘を寄越せと言うておるわけでもない。妻を一人増やすだけなのだ。
まあこの件はまだ早い。三郎とゆっくり話せばよいか。
今は伊勢守家の臣従の後に、残りをいかがするかだ。一番反発しそうなのは市江島の服部か。三河との国境付近の者たちもどこまで臣従する気があるのやら。
一馬は瀬戸で焼き物を作りたいとチラリと言うておったが、あそこの者たちは元々織田とは縁のない者。形としては臣従はしておるが、独立意識が強い。
あまり利のない山だと捨て置いたが、焼き物で利になるなら話は別だ。
さていかがすべきか。
side:久遠一馬
牧場にも新緑の季節がやってきた。
畑の部分には、綿花・麻・大豆や各種野菜の芽が出ている。 放牧地もクローバーなど芽吹いていて、広いスペースに日本在来馬・ロバ・日本在来牛・ヤギがのびのびとしている。
ああ、鶏も大きくないスペースで飼えるから居るね。
「なかなか、いい馬だな。少し大人しい気がするが……」
「去勢してますしね」
「去勢?」
この日信長さんが牧場の視察に来た。まあちょくちょく遊びにはくるんだけど。信秀さんに献上する馬を見に来たみたい。
尾張だと馬は馬市か馬商人が売りに来る。ウチなんかは特によく馬商人が売りに来るね。金があると思われてるんだろう。
当然ウチでは来た馬はみんな買ってる。牡馬はいい馬から選んで繁殖用にして、牝馬は今のところ全部繁殖用だ。ただし繁殖用の牡馬はそこまで数は必要ない。
ウチの家臣の騎乗訓練に使ってるけど、良さげな牡馬を二頭ばかり去勢と蹄鉄をしたから、信秀さんに献上する予定なんだ。
「このようなこと、せねばならんのか?」
「大人しくなりますからね」
ただ蹄鉄はいいんだけど、去勢には信長さん微妙な表情をした。男だとどうしてもねぇ。特に去勢なんてこの時代の日本ではやらないことだし。
それにやっぱり武士は、気性の激しい馬を好むみたいだね。去勢は普及しないかな?
まあ、ウチは必要だし長い目で見たら普及するだろう。
そうそう。牧場から近い場所では、去勢馬の近くで火縄銃の練習をしていて、慣れさせる訓練も始めてる。金色砲を引く馬がビックリして騒いだら大変だからね。
「南蛮ではそうなのか?」
「ええ。明の方でも去勢はすると聞きますね」
「馬が不憫に思うが……」
信長さんとか信秀さんクラスになると、去勢しなくても扱えるんだろうね。ウチの農民上がりの家臣は喜んでるけど。
「殿様だ!」
「若様も居るぞ!」
「馬の扱い上手い!」
「若様なんだ。当然だろ!!」
しばらくすると、厩舎の手伝いを終えた子供たちが集まってきた。信長さんって子供に格式ばった態度で偉そうにしないから、何気に人気なんだよね。鷹狩りや獣狩りの獲物を、気軽に差し入れてくれたりするし。
牧場の孤児院だと子供は午前中に手伝いをさせて、午後は読み書きや武芸なんかを教えてる。
オレとしては勉強と武芸だけで、いいと思うんだけどね。農作業や手伝いも将来のために必要だからと、家臣に言われて任せてる。
ああ、子供は少しずつ増えてる。元々は流行り病の時に清洲から捨てられた子供だけだったけど、弾正忠家の領内の捨て子や孤児を集めたからね。
おかげで信秀さんを仏様だと言う人が、更に増えたらしい。親も会いに来ることあるしね。生活のためにやむなく捨てた人もいるからね。
中には平気で子供を捨てる人も、居るみたいだけど。
「よし。相手をしてやろう。かかってくるがいい」
馬を乗り終えた信長さんは、ご機嫌な様子で子供たちと相撲を始めた。勝三郎さんたちも交えて、みんなで子供相手に相撲を取る様子は、ほのぼのとしてていいね。
そういえばこの時代の子供って、遊びで石合戦なんてやるんだよね。最初に見た時はびっくりしたよ。
読んで字の如く、本当に石を投げ合う遊びだ。危ないじゃん!
ウチでは石合戦は禁止した。例外として泥団子の合戦なら認めたけど。泥んこになった子供たちが、行水をする姿がここではよく見られる。
オレ? 子供相手の相撲には参加するよ。生体強化したチートの力を見せてやる時だ! この時代だとやっぱり、強くないと認めてもらえないしね。
そうだ。大人も戦の演習とかやるべきかな。一定のルールを定めて。オレたちの影響で史実より戦も減ってるしね。
後は相撲とか武芸大会もいいかも。文官を増やしたり重用したら騒ぎそうな人も居るからなぁ。バランス取らないと。
戦国版運動会? みたいにみんなで競い、楽しむのって悪くない気がする。うん。エルたちに相談して良さげなら、信長さんに提案しよう。














