第千一話・静かなる崩壊
Side:春
敵の主な城は関家の居城である亀山城。他には一族の国府城、峯城、鹿伏兎城がある。
この四つの城のうち鹿伏兎城は亀山城より西にあるので城攻め自体は後回しでもいいけど、関家当主とあの家老の主な係累に逃亡されると、織田側の面子や後始末が一番面倒になるので、忍び衆に一手間お願いしておく。国府城と峯城は亀山城の手前にあるから、先に落とす必要がある。ほかにも土豪レベルの家臣とその城はあるので、そちらにも一通り説明と降伏を促す書状を出すことにする。
降伏勧告の書状はすべて大殿の名前で出す。本人がいないので花押は記さないけど許しは得ているし、格下である関に送るには問題ない。念のため討伐軍大将『織田内匠助の妻、春』と私の名も書いておくけど。
「亀山城も五百はおらぬかと思われます」
「国府と峯は織田が本気だと知ると争わぬと思われまする」
神戸殿を筆頭に北畠方だった国人たちは率先して意見を口にしてくれた。関家中と誼や血縁がある者もいるのだろう。所領の安堵は認められないが、亀山城落城の前に降伏した者は臣従を認め家の存続が出来るくらいの口約束はしてもいい。
ただし関本家と侮辱した鹿伏兎家はこの段階で臣従を認めるのは難しいけど。
「すぐに進軍するわよ」
幸いにしてこの辺りは平野なので進軍が楽だわ。亀山城を落とす前に国府城と峯城、それと近隣の土豪の城くらいは態度をはっきりさせるべきね。
様子見や籠城ならば監視の兵を張り付けて押さえておいてもいいし、落としてしまってもいい。
金色砲は持ってきていないけど、こんなこともあろうかと木砲は持ってきている。金色砲と比べると撃てる数も威力も物足りないけど、運搬が楽なのと鉄砲もないような敵にはこれで十分ね。
あとは鉄砲と大筒もあるし、焙烙玉も城を落とすくらいはある。当然ながら補給は織田にとって問題ないレベル。これだけ差があると負けるほうが難しいかもしれないわね。
軍を三つに分ける。国府城攻略隊と峯城攻略隊。それとその他の国人や土豪を押さえる隊。
荷駄隊などの後方支援を除いて約五千を、二千、二千、千の構成になる。警備兵主体の千名はその他の国人と土豪を押さえて、そのまま亀山城までの地域の掌握に動いてもらうことになるわ。
峯城は夏に任せて、私は国府城に向かう。
途中の村は立ち寄らないが、飢えと一揆の傷が癒えておらず疲弊しているのがわかる。私たちの軍が姿を見せる前に逃げ出している村もある。
「伏してお願い申し上げます。今しばらく刻を頂きとうございます」
国府城に着く前に国府家の使者がやってきた。家老だという年配の男だ。寝耳に水とはこのことなのだろう。長野との戦の支度をしていたのに北畠に見放されてしまい、突然織田に攻められるなどありえないと思って当然だものね。
「一晩、刻をあげるわ。転びの証に兵を出す必要はない。大人しくしているのなら、中立でいいわよ。ただし騙し討ちに出れば許されないと心得なさい」
味方として参戦しろなどと言う気はない。悪いけど、もう織田の戦は勝手をする国人など不要なのよ。特に関領はそこまで難攻不落の城があるわけでもない。
神戸家には配慮がいる。神戸殿は北畠一族だけど、神戸家は関一族の分家。同じ関一族の分家である国府家にも相応の配慮がいる。無論、中立は戦後の待遇などに差が出るだろうけどね。
この日は国府城が見える位置に陣を張り、野営になるわね。
Side:神戸利盛
国府からは、いかになっておるのかと問う使者がわしのところにも参った。春様の許しを得て事情を書いた書状をわしからも出したのだ。詳細は書いたのだが、信じられぬというのが本音か。
織田は国人の寝返りなど求めておらん。戦への参陣もな。織田の敵になるも降るも好きにすればいいというほど。所領の安堵もなく条件は厳しいものの、現状で降伏を許すというのは恩情でもある。
このままでは関家と共に北畠の御所様の命に背き、織田に敵対し侮辱した愚か者の一族として処罰されるだけなのだ。
「織田の野営には驚かされるな」
驚いたのは国府の者らばかりではない。我らもまた驚かされる。織田の兵は陣を張るとゲルという寝所になる天幕を張り、飯の支度を始めた。
ここは敵地なのだ、近隣を荒らしに行く者や勝手をする者がおって当然で、それが当たり前だというのに。織田は勝手なことをすれば厳罰になる。そのせいか、皆、素直に野営と食事の支度をしておるのだ。
飯はすべて織田が用意したものだ。我らの分まですべてな。織田の者に話を聞くと、ここ数年の戦はすべてこのようなやり方のようで、荒らした村の金品の奪い合いなども起こらんので楽だという。
玄米の飯が炊かれ、味噌汁、魚と漬物などが雑兵にまで支給される。飯の支度は役目の者らがまとめておこなっておる。織田ではこの他に、日によって酒と菓子も支給されるそうだ。さすがに今宵は敵地ゆえに酒を支給しておらぬようだがな。
我ら北伊勢の者は日が暮れても忙しい。関領の者らが嘆願や降伏に訪れるのを取り次がねばならぬのだ。村を荒らさないでほしいという嘆願もあれば、織田に臣従すると馳せ参じる者もおる。
嘆願は内容次第だが、降伏は概ね認められておる。北勢四十八家のように意地を張ってすべてを失っては元も子もないからな。
「降伏いたします。城内の者の助命を伏してお願い申し上げます」
夜明けとともに国府家当主である盛邑殿が降伏に参った。長野攻めの支度をしておったとはいえ籠城の備えはあまりしておらず、城内には兵が二百ほどしかおらなかったようだ。二千の兵と周辺から降伏と恭順に集まる者らに抵抗するのは無駄だと諦めたのだろう。
「降伏を認め助命もしましょう。沙汰あるまで今のまま大人しくしていなさい」
安堵したというのが本音か。わしに血縁はないとはいえ神戸家にとっては一族であることに変わりはない。金色砲とやらで滅ぼされては寝覚めが悪い。
国府城には兵をいくらか残して、我らはこのまま亀山城へと進軍する。峯城も降伏をしたとの知らせが届いたのは、そのすぐ後だった。














