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さあ、神になろう。お客様は神様だ

お久しぶりです。今年度末まではこの更新ペースが続きそうですがご了承ください。

「ナタリーさん。これからどうしましょうか」

「どうしましょうか、じゃないわよ。それに、さっきからやっているコイン投げは何? あなた、何のスキルも持っていないんじゃなかったの? ……まあ、あんなスキル見た事ないんだけど」


 どう答えようか、とまごついていたら、口が勝手に動き始めた。


「ただの手品みたいなものだよ。奇跡とマジックは紙一重ってね」


 花水はなみずさんが機転を利かせてくれたようだ。何を言っているのかはよく分からなかったけど。

 ともかく、重要なのはこの場を収めることだ。これ以上何かをやっても無意味だし、相手もすっかり戦意喪失してしまっている。


「はぁ。取りあえずこの人たちを医者に連れて行くしかないわね。いや、足を負傷した人はいないから勝手に行ってくれると思うけど」


 それもそうだ、と思い、手に戻って来ていた銀貨10枚をリーダーっぽい男の前に投げる。


「これを治療代にしてくれ。これからは、あまり見境なくこういうことをしない方が良いよ」

「は、はい! おい、お前らも頭を下げろ!」

「す、すんませんした!」


 頭を下げ続ける人々の間を縫って、ようやく神殿に戻る。

 僕たちが一旦戻って来たのは、ナタリーさんが昼食を食べるためである。ナタリーさん、全然お金を持っていなかった上に、僕が奢ろうとしても頑なに断っていたからね、しょうがないね。


「すいません。アウルム君はこの街が初めてということで案内をしていました。ギルドでの冒険者登録は午後に行わせてもらおうと思います」

「そうか。では昼食を食べなさい。君は……」

「僕は外で食べて来たのでお構いなく」

「ふむ。外で食べて来い、と言う手間が省けた」


 結局言っているから省けていないのでは……? 神殿の人々の食事は、僕たちが日々お布施をしているお金で賄われているものであり、神殿の人や貧しい人のためのものなのだと知っているから特に文句は言わない。

 壁にもたれて、神官たちの食事風景を見る。小さなパンに野菜が入ったスープだけ。

 随分質素な食事だ。外で少しのお金を払えば、安くてもコレよりはずっと良い食事にありつけると思うのだが……。


 しかし、昼の買い食いは少量だったので、まだ小腹が空いている感覚がする。

 ちょっと何か買って来よう、と思って、近くにあった店から焼き菓子を買って来た。

 バターと砂糖の甘い香りをまき散らしながら神殿の食事部屋に戻り、ナタリーの対面の壁にもたれて食べ始める。

 僕が食べていると、対面のナタリーがこちらの手元をじっと見ていることに気付いた。

 スープを掬っているスプーンの手も完全に止まっている。

 気付けば、この部屋で食事をしていた他の神官たちも僕の方を見ていた。


「どうかされましたか?」


 一声かけると、ハッとした表情で皆が自分達の食事に戻った。

 しかし、数分経つと再びこちらを見て来る。僕が全て食べ終える時には、とても残念そうな表情まで浮かべていた。


「そんなに食べたいなら買って来ますよ。ナタリーさんには午後からもお世話になる予定ですから」


 僕がそう言うと、女性神官が、真っ先に立ち上がって僕の手を握って来た。


「本当に? じゃあ、あなたが先ほど食べていたものと同じものを一つ……」


 尻すぼみに紡がれた言葉の真意を汲み取った花水さんがまた勝手にペラペラと喋り始める。


「おっと。誰も一人一つなんて限定を設けていませんよ。本当は一つじゃなくて、もっと欲しいのではありませんか?」


 相手は明らかに動揺した表情を浮かべ、


「そ、そ、そんな贅沢なことは言えません……!」

「まさか、少しいいところの子どもなら週に数回おやつとして食べているようなものですよ? 何が贅沢なものか」

「そ、そういうものなのでしょうか。でしたら……」


 追加注文が入る直前に、男神官が立ち上がった。


「お前それでも神官か! この食事は修行の1つでもあるんだぞ。神からの恵みに感謝して、1つ1つありがたくいただくことに意義があるんだ」


 お菓子の注文をしようとした女性はハッとして、


「私が愚かでした。アウルムさん、先ほどの言葉は忘れてください」


 そのまま地面に跪き、手を組んで祈り始めた。


「ああ、神様どうか私の弱さを許してください」


 女性の祈りの言葉が終わると、部屋にいた男たちが一斉に糾弾の声を上げた。


「俺たちを惑わす悪魔め……出て行け! サッサと冒険者登録を済ませてどこへなりとも行ってくれ!」

 思わず溜め息が出てしまう。

「庶民のお菓子も与えられなくて何が神かね」

「神は我々に後の世での平穏を与えてくださるのだ! そして、我々には自力で畑を耕すことを課されたのだ!」


 昔両親から読み聞かせられた本にもそんな話が有った気がする。神様との約束をご先祖様が破ったから僕たちは楽園を追放されたとか。

 だが、それは空想の話であり、この時代にはそぐわない。


「いつの時代の話だ? 君たちも自給自足生活じゃないんだろう? それに、そこの店の人も神を待っているぜ? 今日商品を買って下さる神様はどこかにいらっしゃらないかしら、ってね。さあ、神になろう。お客様は神様だぜ?」

「こいつ、本格的に頭がおかしくなってやがる!」

「こいつの正体は悪魔なんじゃないか? スキル授受が上手くいかなかったのも、こいつが悪魔だからに違いない!」


 うーん。そう言われればそうなのかもしれない。まあ、僕じゃなくて、僕に勝手に憑りついた花水さんが悪魔って意味だけど。


(そんなわけあるか! 俺も人間だよ! 人間っていいな、人間だもの!)


 やっぱり全然意味の分からないことを言っているので悪魔でも良いと思う。

 若い神官たちに押し出されるようにして、ギルドへと歩き始める。

 今度は無言のままギルドまで歩いた。

 ギルドの中は、僕たちとは対照的に騒がしい空間だった。あと、酒と煙草の匂いが凄い。

 ナタリーさんも顔を顰めていた。


「早く登録を済ませなさい。あっちが窓口みたいよ」


 指差す先にあった窓口には、若い女性が立っていた。


「こんにちは。冒険者登録ですね。……おや、後ろの神官さんは?」

「付き添いです。一刻も早く登録を済ませたいと頼まれたので……」

「はぁ。そうですか」


 未だに疑問の視線を投げかけながら、書類仕事に取り掛かる。


「じゃあ、この空欄に必要事項を記入してください」


 氏名住所などなどを書き込んでいくと、問題の空欄が現れる。

「スキル」

 この三文字が問題なのだ。


 チラリと背後に立っているナタリーの方を見ると、何度か頷いてくれた。

 打ち合わせ通り、適当なスキル名を書いておけばいいということだろう。

 それにしても、何と書けばいいのかわからない。どうしてそれに気付けなかったのか。


(さあ適当に書け。そうすれば嘘がバレて俺は戦場に行かなくてもよくなるからな。フゥーハッハッハ!)


 嵌められた……! うーん、ありそうな名前って何だ?

 しかし、長く考えすぎると怪しまれる。

「戦士」

 とだけ書いて提出する。


「はぁ。んじゃあお金と神殿からの証明書を出してね」


 すぐにナタリーさんの方を見る。


「神殿からの証明書は後日発行いたしますので、今回はこのままでいいですか?」

「ダメです。私の首が飛びます」

「神官の言葉が信用出来ませんか?」

「私個人としては信用していますが、規則ですので」

「そこをなんとか……」

「それじゃあ、この場で彼の鑑定をして、その結果を見せてくれたら許可をします。これが最大限の譲歩です」

「うっ……私はまだ未熟ですので、そういうのは……」


 ナタリーさんが完全に受付嬢に押されている。

 このあとも数分問答していたが、


「アウルム君ごめんなさい!」


 と言ってナタリーさんが冒険者ギルドから出て行ってしまった。

 えぇ……もしかして、完全に冒険者になれなくなったということなの?


(良かった良かった。さ、もっと楽しいことでもして暮らそうぜ)

「今度はちゃんと証明書を持ってから来てくださいね」


 笑顔を浮かべた受付嬢に見送られるまま、僕は冒険者ギルドから出た。

 楽しいこと? 冒険者になるという長年の夢を打ち砕かれた僕には、そんなことを考える余裕なんてなかった。


(あるじゃないか、楽しい事)


 どこにそんなものがあるというのだろうか。


(取りあえずさぁ、なろうぜ、神様ってやつに。お客様は神様だぜ?)


次回は12月中旬を予定しております。次回もよろしくお願いします。

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