美少女神官の萌え袖の下 3
今の「ダメです」という声、どこかで聞いたことがあるような……って、完全に僕を生き返らせてくれた女神ゾーイの声だったよね?
(あー、あれは多分俺を転生させてくれたあの女神の声だな)
花水さんも僕と同意見のようだ。
しかし、この言葉が聞こえたのは僕と花水さんだけだったのか、ナタリーさんたちは神妙な面持ちを保っていた。
全然誰も動かないし喋らないので、
「あの……もういいです。多分、無理だと思うので……」
僕が恐る恐る声を掛けると、ナタリーは涙目で睨み返してきた。
「どうして諦めるんですか!」
どうやら僕のために必死になってくれていたみたいだ。
(いや、それは違う。俺が煽ったように、彼女は自己の保身のためにこの仕事を完遂させようとしているだけだ。まあ、女神が直々に否定した今となっては無駄な努力と言わざるを得ないが)
そうなんだろうなぁ。これからどうすればいいのか。対応にすっかり困っていると、自分の足が勝手に動き始めた。完全に花水さんに主導権を握られてしまったらしい。
普段よりも早いペースで足が進む。
部屋の出口に差し掛かったところで、神官の男たちに行く手を阻まれた。
「おい、お前、どこにいくつもりだ」
「もう用が済んだから帰るだけだ。金は先払いにしておいただろう? それとも、長く滞在してほしかったのか?」
「そういうわけではないが……ナタリーが終わったとは言っていないのに、あなただけが勝手に帰るというのもどうかと思いますがね」
男たちは皆心配そうにナタリーの方を見ていた。だが、花水さんは特に気に掛けることもなく、
「しかし、もう用はないぞ。神が俺にスキルを与えることを拒否したからな。そう考えれば俺もかなり特殊な人間と言えるのだろう……」
そこまで言って、周りの男たちやナタリーがポカンとしていることに気付いた花水さんは、残念なものを見るように目を細め、
「そうか。そういえば君たちは神の姿を見たこともなく、神の声を聞いたこともなかったんだったな……。なに、経験をしていないことを知らないことは当然と言えば当然だから恥じることは無いぞ」
「な、何……! ならば逆に君は神を見たことがあるというのか?」
「少なくとも、ゾーイとかいう女神だけは、な」
男たちがざわつき始める。
「もういいかな。俺はこれからの行動を考えなければならないんだ」
確かに、花水さんの言う通り、僕たちはこれからどうするかを考えなければならない。
ここから故郷に帰るにしても遠すぎる。お金だけは十分にあるから、そこは問題ないけど、何もしないのは少し退屈だし……。
それに、スキルを貰えていないということは、ギルドを通して冒険者になることを意味していた。
僕のやりたいことが完全に無くなってしまった。だけど、お金には困っていないから、新しく別のやりたいことを探したい。前向きに考えなければだめだ。
(え? お金有り余っているからダラダラ過ごせば良くない?)
花水さんがナチュラルに尋ねて来た。何でこの人はこんなに自堕落な性格なのだろう。
(お金があるならなんだって出来るじゃないですか。お金があるからこそ自分の好きなことにチャレンジ出来るんですよ!)
数秒の間を置いて、
(確かに、言われてみればその通りだ。半端じゃない金があるのだから失敗してもどうにかなるだろうな。それはそれで面白いかもしれない)
(そうですよ。家でダラダラすることなんて誰にでも出来ます。せっかくこれだけのお金を持っているのだから、僕たちにしか出来ないことをやらなくちゃ)
(何にせよ、街に出ないことにはアイデアが出て来ねぇな……)
花水さんと意見を合わせて、自然と足を動かそうとしたら肩を掴まれた。
そう言えばまだ神殿の中だった。理想の未来を思い描こうとしていたらすっかり忘れてしまっていたよ。
「お前たち……どうか、この件は内密にしてくれないだろうか。神殿内の者たちが全員スキル授受に挑戦したことだけでも異例なのに、同じ者が二回目に挑戦し、あろうことか失敗してしまうなんて、多くの民衆にはとても聞かせるわけにはいかない。あまり良いスキルを貰えなかった人たちが、二回目や三回目を求めて大挙して押し寄せて来るかもしれん」
悔しそうに語る男を見ていると、頭のどこかがスッと冷たくなった。
「それ、タダで出来ると思っているんですか?」
自分の言葉とは思えないほど冷たく聞こえた。
(おお、いいところに目を付けられるようになったじゃないか)
花水さんは何故か喜んでいる。息子の成長を見守っている親みたいだ。……いやだなぁ。
僕に語り掛けていた男が、ハッと顔を上げる。
「き、君には何度も特権的な扱いをしてあげただろう? スキルが手に入らなかったことは残念だが、それで十分じゃないのか?」
「結果的にスキルが無いんじゃあ……感謝という感情は生まれてきませんよ」
「な、ならば金か……。取りあえず、先ほどナタリーの袖の中から出て来た金貨を君に渡そう。これでどうだ?」
受け取ろうとした手が止まる。
(おいおい。もう妥協するなんて早いな。お前、冒険者になりたいんだろう? この状況、意外と使えるんじゃないか? さあ、有効活用してみろ)
とても珍しいことに、花水さんがアドバイスしてくれた。それにしても、どうやってこの状況を冒険者と繋げればいいのだろうか。
僕は確かに、冒険者登録のために神殿からスキルを貰うことが必要だという情報は知っている。しかしながら、冒険者ギルド側がどのように判定しているのかは知らない。
知らないことをどうすれば……いや、まだ冒険者ギルドに行ったことがないのだから知らなくて当然なんだ。だから、目の前の専門家に聞けばいい。
「ところで、これを受け取る前に聞きたいことがあります。冒険者登録をする時に、冒険者ギルドはどのようにスキルの確認をするのですか? 確か、スキルの鑑定は神官にしか出来ないと聞いているのですが……」
「基本的にはギルドから証明書を発行することになるな……まさか!」
「そう。それ、くださいよ。一番弱いスキルでもいいですから、適当に書いてください。そうしてくれれば、あなたたちとの約束を守りましょう。この神殿の悪評を流すことはしませんよ」
「し、しかし、神殿が嘘をつくわけには……」
額に汗を浮かべている男たちが、集まって会議を始めた。
数分間話をし終えた後、ナタリーさんが僕の方に歩み出て来た。
「万が一のことを考えると、神殿としては、虚偽の証明書を書くわけにはいきません。というわけで、私が先ほどの命令違反の責任を取ってあなたたちに同行することにします。流石に神官がいれば冒険者カードを作ってくれるでしょう」
そう言って頭を下げた。なるほど、そう来たか。
(ぃよーしっ! よくやったアウルム! 幸先いいぜ)
花水さんも喜んでいるようだし、僕としてもいい結果なのでこれで交渉成立だ。
ナタリーさんが差し出して来た手を握り返す。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく頼む」
私用で忙しいので次回更新は10月後半になりそうです。
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