美少女神官の萌え袖の下 2
どよめいている神官たちに向かって花水さんが念押しする。
「君たち如きの信仰心では、ナタリーの袖の中から金貨が出て来ることを予想することが出来なかった。……しかし、俺は見事言い当てた。この差が俺とお前たちの信仰心の差でなくて何だと言うんだ?」
悔しそうに顔を歪めている男たちに畳みかける。
「そして、神からの啓示である金貨を受け取ったのはお前たちではなく、他の誰でもないナタリーだ。つまり、選ばれたのはナタリーだったというわけなのだよ。これがどういうことを意味しているのか、わざわざ俺が言わなくても分かるだろうな?」
男たちが無言を貫いたので、すぐさま花水さんが補足する。
「神から見れば、お前たちよりもナタリーの方が才能がある、という意味だ! 神のメッセージすらまともに解釈出来んとは……貴様らはどういう修行をしているんだ? 一から出直してこい、フハハハハハ!」
気まずい沈黙が広がる。先輩たちの顔色を窺っているナタリーさんまで気まずそうだった。
その中で花水さんの高笑いだけが響いている。……まあ、身体は僕のものだから僕の笑い声なんだけど。恥ずかしいのでやめてほしい。
「あ、あの……私、もう一度頑張ってみます!」
控えめに、しかし確固たる決意を滲ませた声を上げたナタリーさんに視線が集まった。
「だ、駄目だ、ナタリー。そんなことをしたら本部から破門にされるぞ!」
「そうだぞ。やめておけ。こんなやつ、相手にするだけ無駄だ」
ナタリーを思いとどめさせようとし始めた男たちに対して、花水さんが自信たっぷりに声を掛けた。
「おやおや、そんなに自分たちでは出来なかったことを年下の女に達成されるのが悔しいんですか? 無駄に年だけ食って手に入れた自分たちの立場が無くなってしまうことがそんなに恐ろしいんですかぁ?」
男たちが声を荒げて、
「そうじゃねぇ。ここにいる全員がお前に対してスキル授受の儀式を行ったことだけでも特例として色々理由を付けて報告しなければならないようなことなのに、さらにもう一度だなんてことは、規則的に容認されない可能性の方が高いからな。俺たちはナタリーの保身のためを思ってアドバイスをしているだけだ!」
早口で捲し立てる青年を見ながら、
「おいおい、随分必死だな。図星かよ」
と小さく笑いながら呟く。
顔を真っ赤にしながらまた反論を始めようとした青年を三十代ぐらいの男が宥めつつ、
「ナタリーが失敗したら即破門、もし成功しても、規則や上司にこれ以上逆らい続ける姿勢が神への反抗と見做されて破門される可能性が非常に高い。とてもじゃないがオススメ出来る選択肢じゃないんだな」
退屈そうに聞いていた花水さんが、さっきの男のあるフレーズに反応した。
「ん? 規則や上司に反抗し続けることが何故神への反抗に繋がるんだ? 君たち、俺の話聞いてた?」
ナタリー含めて神官全員が首を傾げた。僕も全く分からない。
その様子を見て、花水さんは哀れみを含んだ溜め息をついた。
うわぁ……僕があっち側の人だったら間違いなく殴りたくなったはずだ。神官さんたち、かなり忍耐力あるなぁ。普段から僕たち民衆の悩み相談を嫌な顔一つせずに快く引き受けてくれるだけのことはある。
「あのさあ、ナタリーがスキル授受を行うべきだ、って話は誰の啓示か聞いてたの? 神の啓示だ、って俺言ったよね? つまり、ナタリーはゴミの様な上司や規則に逆らっているのではなく、神の声に従っているんだな、これが。……ん? どうしたんだ、お前たち」
芳しくない神官たちの反応を見て、花水さんが更なる溜め息をつく。
うわぁ……もう殴って良いですよ。痛いけど我慢しますよ。
「……そう言えば君たち、神を見たこともなければ神の声を聞いたこともないんだったな。そりゃ、まあ……お前らじゃわからないか。この領域の話は」
( ´Д`)=3 フゥ
三度溜め息をついた花水さんを見ていた男たちは拳を握りしめて怒りを抑え込んでいるようだった。
その様子を確認した上で、
「やれやれ。こんな人たちの意見を受け入れさせられているナタリーが可哀想だ。さあナタリー、決断の時が来たよ。神の声も聞こえないくせに、間違った上司や規則を神のように崇めている奴らに屈するか、それとも、神の意見に従うか。こんなに簡単な賭けはない。僕がこの二択を前に出されたら大笑いで即答するね」
顔を伏せているナタリーさんの姿を見ていると、僕の脳裏に神と話していた時の光景が蘇った。
そう言えば、僕もゾーイとかいう女神から「金貨5000兆枚か異世界チートライフか」の二択を迫られてすぐに金貨5000兆枚に飛びついたんだよなぁ。……今思えば失敗だったのかもしれない。
つまり、僕の勘から言えば……この賭けは絶対に乗っちゃダメなやつだ!
しかし、僕の危惧とは対照的に、花水さんは煽り続けている。
「常に正しき我らの神か! 真理を捻じ曲げ、法を誤魔化す上司か! 答えろ、ナタリー!」
(何であいつら白を黒と言い張って、平気で労働基準法を破っていくんですかね……)
脳内で変なことを付け加えながら叫んでいる花水さんの声に負けないように、神官たちがナタリーに向かって呼びかけ続けている。
頑張れ、神殿の人たち超頑張れ。
「ナタリー、こんな怪しい男のことを信じてはいけない! こいつは神を騙る悪魔だぞ!」
「そうだぞ。それに、この神殿の運営を円滑にするためにはお前の働きが必要なんだ! 馬鹿な考えは止してくれ」
ナタリーの呼吸が浅く、そして早くなっていて、目も泳いでいる。かなり悩んでいるようだ。
民衆たちの相談に乗っている時みたいな優しさでナタリーに話しかけている神官たちをあざ笑いながら、
「何を迷うことがあるッ! 神かッ! 上司かッ! ただそれだけのことだぞ!」
神官たちも負けじと声を張り上げる。
「ナタリー! もし、破門や左遷を受けたらどうするつもりなんだ! ここで手一杯だと、他の職場じゃ通用しないぞ!」
「そうだぞ! それに、ナタリーのことが問題になって俺たちまで罰を受けることになったらどうするんだ!?」
神官たちの声を聞いた花水さんが大将首を獲ったかのように嬉々として叫んだ。
「聞いたか、ナタリー! 奴らが考えていることはお前のことじゃない。適当に褒めておけばすすんで働いてくれるような労働力と、自分たちの保身が大切なんだ! このままあいつらの良いように使われ続けていいのか? この仕事にはお前が必要だ、とか、他所じゃ通用しない、なんて嘘っぱちだ! 大体、大都市ギルテリッジの神官が一番忙しいに決まっている。俺の故郷はモウンツという田舎だが、どう考えてもあっちの方が楽だぞ」
花水さん、僕の記憶を読み取ったのか……? それにしても、この世界の人じゃないはずなのに順応するのが早過ぎて怖い。
しかし、反論の声が上がる。
「素人は黙っとれ……! 確かにここは田舎の神殿よりも忙しい。しかし、それだけ多くのやりがいがあり、更なる出世に繋がる場所でもあるのだよ。それに、破門されたら別の仕事に就かなければならないだろう? 世の中は荒んでいるからね、ここよりも厳しい仕事ばかりだ」
花水さんが小さく舌打ちをする。
(確かにこの仕事、超楽そうなんだよな~。しかもキャリア組かよ……。なら中々手放さないことにも頷け……ん?)
花水さんは叫び声から普通の声に戻して、
「なるほど。そういう情報には疎かったので勉強になりました」
今までの態度を一変させて一礼した花水さんに対し、神官たちが驚きと安堵が混ざった声を上げた。
花水さんは顔を上げてナタリーに向き直り、今までとは打って変わって優しい声を掛けた。
「ナタリー、よく考えてくれ。ここは大都市の神殿だから、恐らくこの中に強い人事権を持っている人がいるはずだ。つまり、その人の中ではもう君の心証が悪くなっている。この後残り続けても、出世は見込めないぞ。それに、もしナタリーのせいでこの男たちが罰を受けたとしても、全然自分の責任だと思わない方が良い。どうせ他人なんだから、そいつらの人生を背負う必要なんてないんだな。こんなクソ上司たちじゃなくて、神……いや、神の贈り物を信じようよ」
神の贈り物、というのは花水さんがスキルを使ってナタリーさんの袖の中に入れた金貨のことだろう。
ナタリーさんは手の中にある金貨を見つめ続ける。
「まあ、なんだ。神話の中にもあるだろうけど……人は人や神を裏切るし、神も時に人を裏切る。でも、金は裏切らないんだよなぁ……」
焦点の定まっていない目で金貨を見つめているナタリーに、最も年上と思われる神官が赤子をあやすように声を掛けた。
「騙されちゃいけないよ。そのお金は、どこから出て来たものなのかも分から……」
「やる」
お爺さんの声を断ち切るかのようにポツリと呟かれたナタリーさんの声に、周りの人たちは動きを止めた。
「い、今何と……」
ナタリーさんが自分の主張を明確に届けるために叫ぶ。
「だから、スキル授受をやるって言ったの!」
呆気にとられている男たちを無視して、ナタリーさんはスキル授受を始めた。
その終盤、
「我らが神、ゾーイよ……どうかこの男にスキルを与え……」
「ダメです」
「え……?」
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