コイツの親族、年に何回も葬式挙げられてんな……。
6月2回目の更新です。
(「社員は家族」……これほどまでに悲しさを内に秘めた言葉はない。家族だから給料を出さなくても働いてくれるだろうという甘えと理不尽。そして、割と違和感がないように思ってしまう現代日本の家族観……! 子育ても介護も家族がタダでやるべきという闇! そう言えば俺死んだけど、俺の両親の老後ってどうなるんすかね?)
(えぇ……)
花水さんの言葉で思い出したけど、僕も家に帰れないまま一週間ぐらい経っているんだよなぁ。僕の住んでいた村では、一週間も帰れない人がいると大騒ぎになる。基本的に貧しい生活をしている人が大半だから、大都市まで探しに来る余裕なんてない。そもそも、「人が居なくなった」=「モンスターに襲われたり、暴漢に襲われたり攫われたりした」みたいな認識が主流だから、「大都市に移動した」という選択肢が皆の頭の中に存在していないような気もする。
早く帰った方がいいのだろうか……とか思わなくもないが、今は目の前のことに集中しなければならない。話の途中で突然帰るわけにもいかないし。
……まあ、今話題の中心にいるナタリーさんは、神殿が襲われている最中に辞職を申し出たのだが。
「確かに、初めて神殿に来た時のアウルム君は完全に不審者みたいだったけど、冒険者でもない素人を相手にするには過剰過ぎるような警戒態勢だったように思ったわ。正直、武器もまともに使えない素人相手に、ここの神官が後れを取るとでも? 私の後輩でも、あの時のアウルム君みたいな一般人相手に負けるとは思えない……それが、家族への信頼というものでしょう?」
ナタリーさんの言葉に対して、すぐさまエリックが反論する。
「し、しかし、この男は、誰が担当してもスキルを与えることが出来なかったという前代未聞の存在でした。これを緊急事態と呼ばずに何と言えば良いのですか?」
確かに正論だ。でも、ここで正論を認めるわけにはいかない。
「スキルを授けることが出来なかったのは、単にお前らの信仰心が足りなかったからじゃねぇの? ほら、ナタリーの言ってることが本当なら、お前らは性的な妄想に現を抜かしていたってことになるわけだろ? 神の教えに背いているのだから、スキルを与えられなくても当然と言えば当然だよなぁ?」
「そんなことはない! 君以外の人間になら問題なくスキルを授けることが出来ている! 大体、そんな暴論を言い始めたら、ナタリーも背信者に含まれるぞ?」
ドヤ顔で謎理論をぶち込んで来たが、間髪入れずに頷く。
「そうですね。彼女も自分の神官としての適性に疑問を抱いて辞職を考えたのでしょう。まあ、決め手は皆さんの嫌がらせみたいですが、適性の無さもその一因だったと、そう考えるのが自然でしょうね。自己分析が出来ていなかったというか、業界研究が甘かったというか……うん、大体そんな感じのやつだと思います」
「じ、自己分析……業界研究……? あまり聞き慣れない言葉だが……無謀にも冒険者を目指していた君にだけは言われたくないな。ナタリーもそう思っているだろ?」
ナタリーさんは静かに首を横に振った。
「私は、この仕事に向いていなかったのだと最近気付きました。彼の言う通りです。給料とか、やりがいとか社会貢献みたいな上辺だけに踊らされていたような気がします。どれだけ給料が高くても、将来が安定しているとしても、色んな人が競ってなりたがる人気の職業であっても、やっぱり私には合ってない。神官になるように、と両親から何度も言い聞かされて、厳しい試験を潜り抜けて手にした立場ですが、その両親ももういません。数日前に亡くなったと聞きました」
突然のカミングアウトに、僕もエリックも黙り込んでしまった。元から黙っていた大神官様のジェイガンだけは全く表情を変えていない。それどころか、死者の冥福を祈る余裕まで見せている。祈りを捧げ終えると、少しだけ表情を硬くした。流石に空気に合わせたのだろうか。
ちょっと前まで両親について話していた僕と花水さんにとって、両親の話題は他人事ではない。
沈黙が少し続いて、エリックが申し訳なさそうに話を再開させた。
「そういう事情があったとは……。確かに、君宛に何か手紙が届いていたような気がする。ううむ、悲しいことがあれば、遠慮なく俺たちに相談してくれれば良かったのだが」
「は? お前さっきまでの話聞いてたの? 個人の秘密をみんなで共有しようって考えや風習が嫌になったから神官を辞めるって話だったんだろ? その話があったのに、未だに相談だの何だの言い始めているのは正直理解力を疑うぜ」
ナタリーさんが何度か頷いていた。
「くっ……し、しかし、円滑なコミュニケーションが無ければ職務上の連携力が弱くなってしまうだろう。日頃からの報告・連絡・相談が大切なのだ」
「業務に関連がある内容に限って言えばその通りだが、過剰な会話の強要も職場の連携力を弱めるぞ。毎日子どもの自慢話を繰り広げていたお局様のボスの子どもが浪人した時のお通夜感は……もう……!」
何かよく分からない話を繰り広げ始めた花水さんに視線が集まる。自動的に僕にも視線が集中するので止めて欲しい……と思っていたら、思い出したくない会話だったのか、すぐに言葉が尻切れトンボのようになった。
空気が凍り付いているのを確認して、わざとらしく咳払いをした。
「お局様たちの家庭事情はともかく、無駄な会話は職場の空気をギスギスさせるだけだ。君がどれだけ神殿の歯車とか潤滑油を気取っていても、サイズの合わない歯車や容量・用法を守っていない潤滑油が無価値であるように、職場の平穏を乱す者も同様に無価値なのだよ。何なら君たちのような不適格者たちにこそ、この仕事を辞めて貰いたいところだが、今回はナタリーが譲歩して辞めようと言っているのに、その邪魔までしてくるとは……」
ナタリーさんが「そこまでは言ってない」と言いたげに首を横に振っている。
「貴様……神殿の関係者でもないくせに好き勝手言い散らして……」
憤怒の表情を浮かべていたエリックは、しかし、流石に神官だけあって怒りをセルフコントロールしたようだった。
平坦な声で、
「ともかく、部外者である君が口出しすべき話題ではないということだけは言えるね」
とだけ言った。
こちらも気楽に言い返す。
「ハハハ。じゃあ早めに話の決着をつけてくださいよ」
一歩離れて態度で示すと、エリックとナタリーさんが話を再開させた。
しかしながら、完全に平行線を辿っているだけであり、決着がつく見込みはない。
見かねた様子の大神官様が会話に割って入った。
「これだけ話しても意思が変わらないんだ。彼女の考えを尊重するべきだと思うね、エリック」
未練がましそうに顔を顰めつつも、
「むむっ……大神官様がそう仰るならば仕方ありませんね」
ここまであっさり意見を変えるなら、最初から大神官様に頼れば良かった。
「これまでお世話になりました」
ナタリーさんが一度頭を下げて部屋の扉に向かう。僕もその背中を追った。
これで一件落着か、と思っていた僕たちの背中に、大神官様の声が掛かる。
「だが、ナタリー、嘘は感心しないぞ」
その声にナタリーさんが身体を強張らせた。
嘘? どこにそんなものがあったのだろうか。
彼女の発言を記憶から手繰り寄せていく。
(待遇への素朴な感想も、セクハラが嘘の報告だとすれば、もっと早い段階で話に介入されていたはずだ。ならば、もっと直近の話を振り返らなければならない。お世話になったことは流石に事実だろう。他には……あっ)
花水さんは何かを察したようだ。僕にはサッパリ分からない。
「両親か……ッ!」
次回もよろしくお願い致します。