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同じ釜の飯を食う仲間は家族だけど、働かざる者食うべからず。ついでに、家族のために無償でも奉仕するのは当然。

6月1回目の更新です。よろしくお願いします。

 ナタリーさんの告白を聞いて、エリックとかいうイケメン神官が狼狽える。


「な、何だって……?」


 すぐさま少し大きめの声でナタリーさんが繰り返した。


「私、辞めるから」


 僕としても驚きだ。いや、辞めることそれ自体も驚きだけど、その話を大神官様にするためにどうして僕が必要なのか、という点でも驚きを隠せない。

 だが、やっぱりこれまで多くの時間を共に過ごした神官の方が僕よりもショックを受けているのだろう。


「ど、どういうことだ! 一体どうしてそんなことを……いや、この続きは大神官様も交えて行おう」

「もちろん、アウルム君も連れて来ても良いのよね?」


 エリックは僕の方を一瞥して顔を顰めたが、


「……ああ、構わない。それよりも話を急ごう」


 エリックがチラッと視線を廊下に向けた。後を追うように見ると、激しい戦闘の音が聞こえて来る。


「クソっ! どんどん相手が増えてきてやがる!」

「早く増援を!」


 うーん、状況は悪化しているみたいだ。そんな中でこんな話をするなんて……。


(ナタリー、俺が見込んだだけあって、やるじゃないか。味方の危機を前にした今、敢えて辞表を叩きつける構えを見せるとは……。このレベルのバックラーなんて、入社当日に発注を三桁間違えてそのまま雲隠れした奴以来だ……! ちなみにその会社は、後を追うように倒産した。その余波で俺も転職先を探さざるを得なくなり……あっ、この話は止めよう)


 この世界の大抵のことに対して上から目線のスタイルを貫いていた花水はなみずさんまでたじろいでいる。入社が何とかって話はよく分からないけど。

 ともかく、ナタリーさんが只者ではないということは僕にも理解出来る。

 それにしても、どうして神官を辞めるという考えに至ったのだろうか。神官は国から資格を貰わないとなれない仕事だし、そのためには実力だけでなく、神からの寵愛を得られるかどうかという運要素も大きいと聞く。

 冒険者にスキルを与える役割は勿論、民衆の精神的支柱としての役割も果たしていることから、多くの民衆が直接お世話になる存在であり、収入もそれなりにある人気職業故に志願者数も多く、神官の資格試験はかなりの難関だと聞いている。

 それを手放すという判断はかなり重いものだと思う。相当な理由が無ければ、こんなオイシイ仕事を辞めようなんて考えにはならないはずだ。

 やっぱり、本人の口から聞かなければ分からない。

 そういうわけで、僕たちは大神官様の部屋に足を踏み入れた。

 大神官様の部屋と聞いていたけど、その部屋の中心に座っていたのは白い髪の青年だった。どう見ても僕やナタリーさんと同じ世代にしか見えない。

 部屋の前で警護していた男の子どもだと紹介されたら、違和感なくそう認識していただろう。そう思わされるほど、若い。

 姿勢よく座っている青年のような男が微笑んだ。


「やあ、エリック、ナタリー。今日はどんな用件かな?」


 声音は柔らかく、外の騒動を知らないかのような落ち着きを感じさせる。

 エリックが畏まって答えた。


「ジェイガン様、今回は私の要件ではなく、ナタリーがジェイガン様に話があるとのことです」


 ジェイガンと呼ばれた人がゆっくりと視線を動かしてナタリーの方を見た。エリックがあそこまで畏まっているところから、本当に大神官様なのかもしれない。

 ナタリーさんが黙っていると、ジェイガンの視線がこっちに向いた。


「君は、どのような用件かな?」


 適当に返事をしようとしたが、一気に鋭く絞られた眼光を受けて、答えに窮してしまった。

 恐ろしい圧を感じる。これは確かに大神官様の器って感じだ。

 ……まあ、そもそも僕ってここまで引っ張られてきただけだし、実際の所、どう答えたら正解なのか分からないから答えにくかったというのもある。

 答える代わりに、ナタリーさんの方を見る。助けて。


「そこにいるアウルム君は、私が連れて来た人です」

「ほう。それで?」


 ナタリーさんは用意して来たような言葉を淡々と紡ぐ。


「私、神官辞めます」


 数秒の沈黙が流れた。


「それを認めるかどうかはさておいて……どうして辞職しようと思ったのかな?」


 本物の神官みたいに親身に語り掛けている。……いや、こんな見た目でもこの神殿のトップだから当たり前か。

 少し躊躇った様子を見せたが、割とすぐに口を開いた。


「お給料に不満があるというわけではないです。仕事も、激務というほどの激務でもありません。世の中にはもっと厳しい労働に就いている人がいらっしゃるのですから」


 エリックが何度も頷いていた。

 話題の中心がナタリーさんに移り、緊張から解放されたのか、花水さんが声を掛けて来た。


(あんな質素な生活をしていたのに、給料が高いのは意外だな)

(神官の人たちは真面目な人が多いからね。慎ましく生活しなさい、って神の教えに従っているんだよ)

(ハッ、あんなに金に困らない神様が質素倹約なんて望むわけねぇんだよなぁ。……まあ、この世界では宗教が道徳規範として機能しているって話に過ぎないってだけか)


 花水さんの話が難しかったので少し黙っていると、補足が加えられた。


(要するに、「倹約しろ」って話は、神が人間にわざわざ伝えたものなんかじゃなくて、昔の偉い人が民衆を統治するために作ったか、或いは自然に生まれた暗黙の了解の一つに過ぎないって話さ。それがあまりに大昔のこと過ぎて、神の教えとか言われても納得してしまうってだけ)

(でもまあ、薄々皆気付いているよね。神の存在を信じていない人も街に結構いるし、僕もこの能力を貰うまでは……5歳ぐらいまでしか神のことなんて信じてなかった気がする)


 僕たちが密かに話している間にも、ナタリーさんたちの話は続く。


「給料面に不満がないのなら、他に何が不満なのかな? 仕事の量が多過ぎるのかい?」

「いいえ。仕事の量は適切に割り振られていると思います……今は非常時なのでそうも言っていられませんが」

「今が非常時だと分かっていて、こういう話を持ち出す君も大概だよ?」


 ナタリーさんはそれを余裕で聞き流す。


「私が気にしているのは、職場環境です。この職場は男性が多くを占めているのに、同じ建物で生活を強要されています。男性陣からの性的な視線や無遠慮な言葉が目に付くことが増えました。私は、それに耐えられなくなってきたのです」

(あー、俺が死ぬ前にも世間で割と話題になってた感じのやつだな。ファンタジー世界でもセクハラ告発をお目に掛かるとは思わなかったぜ)

(ファンタジー世界って何ですか。これが、れっきとした現実ですよ)


 その流れで、少し前のナタリーさんとエリックの会話を思い出す。

 確か「この神殿の中では、大神官様に話したことは大体共有されるから、無理に今すぐ俺に言わなくてもいい」みたいなことをエリックがドヤ顔で言った時に、ナタリーさんは露骨に嫌そうな表情を浮かべていたはずだ。


(要するに、プライバシーとか、個人情報の保護があまりないってことだな。社宅とかいうレベルじゃなくて、生活の場所と職場が一致しているのだから厄介なことこの上ない)


 プライバシーとか、セクハラなどの言葉の意味がイマイチよく分からなかったが、それでも会話は進んで行く。


「なるほど。しかし、そのような輩がいるのなら私の耳にも届いているはずなのですが……これまでにはどのような被害に遭われたのですか?」

「私が直接何かをされたということはまだないのですが、ともかく、そういう視線を感じる瞬間は多いです」

「なるほど。難しいですね」


 ううむ。このままでは話が停滞してしまう。

 そう考えていた時、勝手に口が動いた。花水さんの仕業である。


「俺が前にスキルを貰うためにここを訪れた時も、過剰にナタリーのことを保護しようとしていた彼氏ヅラ野郎が結構多かったように思うぜ?」


 すかさずエリックが早口で反論する。


「過保護? あの時のアナタの不審者ぶりは忘れてませんよ! 前例もないのにこの神殿の職員全員でスキル授受を試みたというだけでも記憶に残るというのに……。それに、神官というのは同じ釜の飯を食う仲間……いえ、家族です! 家族が不審者に声を掛けられていたら他の家族が守りに行くのは当然!」


(コイツを見ていると、クラスメイトを「お友達」と呼んじゃうタイプの先生、或いは、社員を「社員は家族だから定額働かせ放題」とか言っちゃうタイプの経営者の顔を思い出してしまう。絶対に倒さなければ……!)


 何故か花水さんがやる気になってしまった……。


次回もよろしくお願いします。

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