ミスリルバックラー
5月3回目の投稿です。間に合った。内容はタイトル通り……いや、割と最近見かけない言葉って感じなので、このタイトルで内容を察せる人ってどれくらいいるのだろうか。
ナタリーさんと合流するためには前に進まなければならないが、前には熟練冒険者と手練れの神官たちによる激戦区が広がっている。
単純にここを突破するだけなら苦労はしない。今のチートスキルをもってすれば、この程度の輩は簡単に倒せるからだ。
でも、神殿でスキルを貰えなかった自分が無双を見せつけても無駄に怪しまれてしまう。
全国各地に展開されていて、多くの人々を支援している神殿を相手に、むやみやたらと喧嘩を売るほど向こう見ずな性格なわけでもない。
だからこそ、ここは力業で正面突破するしかない。
とは言え、僕にはカッコいい剣技とか、全ての技を見切る身体能力が備わっているわけではない。でも、もっとオーソドックスな力がある。
そう自分に言い聞かせながら、アイテムボックスから高級な防具を一式取り出して装備した。僕に備わっているのは、こういう贅沢な装備を簡単に集めるだけの資金力だ。
その辺の怪しげな商人が無料配布しているような安物の武器で、大都市の最高級防具が簡単に傷つけられるとは思わない……いや、そんなことが起こっては困る。
黄金に輝く最高級防具で全身を隙間なく包み、堂々と人垣に割り込んでいく。
「おい、何者だ」
まだ正気を保っている冒険者のジャックさんに声を掛けられた。
「えっと……神殿に用があったので立ち寄った一般人ですけど……」
すかさず神官からも剣を向けられる。
「こそ泥め、命が惜しければ大人しく帰ることだな!」
前からも後ろからも剣を突きつけられている。
「こそ泥なのか用があるのかどっちなんだ? まあ、見た所動きが完全に素人だから、今なら俺も見逃してやる。……だが、一歩でも前に進めば神殿の仲間と見做して攻撃させてもらう」
二人の忠告を聞き、大きく手を挙げて、前、後ろ、もう一度前を確認する。
そのまま足を踏み出し、
「ナタリー、オレオレ、アウルムだよ~」
神官側に声を掛けると、前後からほぼ同時に衝撃を受けた。
でも、防具の性能のおかげでダメージにはなっていない。
「助けて~」
特に危機感も感じさせないほのぼのとした叫び声を上げる。
「こ、こいつ……素人を狩って防具をいただこうと思っていたのに……!」
「なんて固さだ……おい、ナタリー、コイツ何者だ!」
そう言っている間にも、何故かようやく僕のことを敵と認識した暴走一般ピーポーからバシバシ攻撃のターゲットにされ始めた。
だが、衝撃が身体を少し揺さぶる程度であり、命の危機は微塵も感じない。
むしろ、
「武器が折れた!」
「全く通用しねぇ!」
完全に装備の差で完封出来ている。無料配布の武器如きに、この鉄壁の防御を崩せるわけがなかったのだ。
安心してナタリーさんに呼びかけ続ける。
すると、割と近くのところまでナタリーさんが出て来た。困惑した表情を浮かべている。
「ねぇ、あなた本当にアウルム君なの? 確かに声は似ているけど、顔が見えないから……」
「この状況で兜を外したら殺されちゃうよ」
そう答えると、武器を折られた冒険者たちが僕に掴みかかって来た。これは想定外だ。
必死に防具を外そうとしてくる。僕、防具を外されたら秒殺されるタイプなのでやめて欲しい。
仕方ないので正当防衛をさせてもらおうか。
そう考えた瞬間、抱きついて来ていた人たちが全員吹き飛んでいった。
答えは単純。チートスキルによって、相手が掴んでいる部分を勢いよく変形させて相手を吹き飛ばしただけである。この処理を、視認できないようなスピードで行うことによって、神官たちにも何が起こったのか分からなくさせる。
冒険者を吹き飛ばした今、悠々と神官側のテリトリーに入り込む。
「他の神官たちが動かないなら兜を脱いでもいいけど……」
ナタリーさんが他の神官と僕の間に割り込んできた。なるほど、自分の身体を盾にしてくれているということか。
意図を汲んで素早く兜を外す。
ナタリーさんが頷いたのを見て、すぐに装着し直した。
「疑ってごめんなさい。あなたがそんな高級な防具を着込んでいるとは思っていなかったから……」
「隠していたからね、しょうがないよ」
のんびり話している間にも、冒険者や正気を失った一般人たちがどんどん迫って来る。神官の人たちは僕たちを完全に無視して防衛作業に戻っていた。
「もうじき、中央から騎士団が派遣されてくるはずだ。それまで持ちこたえろ!」
「それにしてもこいつらの持っている武器、俺たちの魔法と相性が悪いですね。結界が簡単に削られる」
「この勢いだと、突破されるのも時間の問題じゃないのか? おい、増員はまだか!」
遠くから返事がくる。
「いくら神殿内で魔法が撃ちやすくなるとは言え、限度ってもんがある! ちょっとは休ませろ!」
みんな大変そうだなぁ、と思っていたら、当然のようにこちらにも声が飛んで来た。
「おい、ナタリー! お前もその変なやつは無視して手伝いに戻れ!」
しかし、ナタリーさんは俯いたまま動かない。
「どうしたんだい?」
僕が声を掛けると、ナタリーさんがようやく顔を上げた。
「私、決めたの。ついて来て」
手を引かれるまま、神殿の奥へと歩いて行く。
僕たちの背中には、
「ナタリー、どこへ行くつもりだ!」
「早く持ち場に戻ってこい! 先輩たちがここまで防衛してくれたんだぞ! 新米の俺たちがもうひと頑張りして支えねぇとダメだろうが!」
などの言葉が飛んで来た。
当然ながら僕は彼らに返すべき言葉を持っていないし、返答を期待されているわけでもない。
しかし、意外なことに、ナタリーさんも沈黙を続けていた。
黙ったまま神殿の奥に進んで行くが、引き留める者はいなかった。彼らは、目の前の攻撃を捌く必要があるからだ。
「ねぇ、どこにいくつもりなの?」
短い答えが返って来た。
「大神官様のところよ」
「えっ、大神官様って一番偉い人じゃないか! でも、どうして……」
ナタリーさんが何かを答えるよりも早く、僕たちは目的の部屋に辿り着いてしまった。
警備と思われる男が声を掛けて来た。
「ナタリー、何の用だ?」
「通して、エリック。大神官様にお話があるの」
「そうか」
案外簡単に了承してくれたみたいだ。
ナタリーさんが扉に手を掛け、遅れて僕も足を進めようとしたら、首元に剣が突きつけられていた。
「ですよねー」
乾いた笑いを浮かべると、ナタリーさんが振り返った。
「何してるの、エリック。その人が全然戦闘向きじゃないのは歴戦の猛者であるアナタから見れば歴然でしょ?」
「それはそうですが、わざわざこんな怪しげな人を連れて行く必要もないでしょう」
「この人は私の話に必要なの」
「ほう。どのような話をするつもりなのかな? どうせ大神官様に話したことはこの神殿内で共有されるんだ。今ここで話してくれても良いだろう?」
確かに僕も気になるなぁ。
僕が視線を向けると、ナタリーさんは躊躇うように何度か視線を左右に彷徨わせた。
沈黙が広がると、神殿内の戦闘の音が耳に入って来る。どうやら形勢はよくないらしい。
数秒経って、ナタリーは溜め息をついた。
「そういうところよ……」
と前置きして、一度深呼吸。
大きく息を吐いたナタリーが目を見開いて答える。
「私、ここの神官辞めるわ」
次回もよろしくおねがいします。