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面倒な交渉はしない

久々の更新です。

 俺が与えた果物を食べ終えたナタリーが、約束通り、神殿の偉い人の部屋に案内してくれた。

 高齢のお爺さんが、僕の方を見て微笑む。


「やあ、坊や。ナタリーの紹介らしいが……何の用かな?」


 姿勢や所作は温和だが、視線だけは、用が無ければ帰れ、と言外に語っている。

 だけど、本題には入らない。


「神殿、最近人が多いですよね。皆、熱心に神に祈っているんですね」


 今ここに来ている人が何を祈っているのか……まあ、神の存在ではなく、明日の生活とか、神殿が食事を配給してくれることとかぐらいだろう。

 それを知っているのは相手も同じ。


「信仰心が篤くて何よりだよ」


 心にも思っていなさそうなことをペラペラとよく喋る。


「それだけ敬虔な信者が集まっているのなら、さぞかし、お布施とかで神殿の懐も温まっているのだろうね?」

「ははは。君もお布施をしてくれれば有難いね」


 相手の言葉に何度か頷き、


「僕はそんなにお金を持っていないから……」


 大嘘をつきながら、アイテムボックスから食料を幾つか取り出す。


「こういうものを買い取ってもらおうかな、と思って取引に来たんですよ」

「むむっ。確かに、今我々は多くの信者を養うための食料に困っていたのだが……君はお布施ではなく、取引と言ったね?」


 川で溺れかけていた僕に、金貨5000兆枚をくれた女神ゾーイの顔を思い出しながら答える。


「はい。この神殿に納めることと、神に納めることは別次元ですから」


 目の前の老人が目を細めた。


「ほぅ。君は神について何か知っているとでも言いたげだね。しかし、この神殿に仕える我々は確実に神とつながりを持っているのだから、我々に納めることで間接的に神に納めることにもなるんだぞ?」


 そうだっけ、とメアリ―の方を確認する。


「え、ええ。私たちが冒険者志望の人たちにスキルを授けることが出来るのも、私たち神官が神とこの世界の橋渡し的存在になっているからなのです」


 そういえばそんなことも言っていた気がする。でも、お布施をする気にはならない。

 自分を指差し、


「僕は神に会ったことがある」


 二人を指差し、


「でも、君たちは繋がりを持っている程度で、神に会ったことがない」


 手を引っ込めて、


「神に会った僕から言わせれば、あの神たちは人間の貢ぎ物なんてなくても普通にやっていけるよ。……さ、そんなことよりも取引だ」

「そ、そんなことだと? 大体、神に会ったなんて真っ赤な嘘だろう。嘘をつくのは良くないぞ、少年」


 これ以上何を言っても仕方ない。お爺さんの与太話を聞きに来ているわけではないのだ。


「えー、まあ、食べ物とお金は嘘をつかないから、そっちのお話をしましょうよ」

「なるほど。お布施ではないなんて、ふてぶてしい小僧だ」


 相手の態度を確認しながらパンを食べる。


「ハハハ。別に良いんですよ。僕はこの場で取引が無くても困りませんから。でも、あなたたちは困っているんでしょう? 食べ物がこの街で不足しているのは知っているんですよ?」


 肉の串焼きも食べる。


「坊やは人々が困っていることを知りながら放置するというのかね?」

「放置する? 取引すると言っているじゃないですか。普段の値段よりは高いかもしれませんが、その辺の道具屋よりは安く売りますよ?」


 現状の物価は高騰し過ぎている気がする。

 ここ数日、僕は今までの道具屋が買い取っている値段の倍で商人から色んなものを買い取って来たが、この街の現在の相場から見れば、これでも安い方に入っていた。何なら、仕入れの時の1.5倍の値段で売っても、その辺の店より少し安い。

 それほど、この街の普通の道具屋にはモノが供給されていないのだ。

 しかし、神殿のおじいさんは僕の温情を完全に無視しようとしていた。


「確かに、我々は困窮している。しかし、君のような何の信頼もないような子どもから買い取るほど愚かでもない。毒でも仕込まれていたら大変だ」

「あれ? 神殿って毒や呪いの解除も業務でやっているんですよね? 僕がわざわざ毒を仕込むことはありませんが、ちょっとの毒ぐらいなら大丈夫じゃないですか?」

「最近、その手の依頼が多くて担当者が疲弊しておるのだ。何でも、道具屋の品不足で解毒アイテムなどを準備し切れないままダンジョンに挑む冒険者が増えているらしくてな」


 ああ、そういう事情か。神官たちも流石に体力や魔力の限界がある。

 信用出来ない商人から仕入れることに抵抗があるのも理解出来た。

 それに、色んな人たちの噂を統合すると、この神殿はまだ貯蔵に余裕があるらしい。

 無理に切り崩すのも面倒だ。


「なるほど。僕は神に色んなものを貰った身分なので、あなたの意見を尊重しましょう。食料の調達、頑張ってくださいね」


 丁寧に一礼して部屋を出る。すると、ナタリーも後からついてきた。

 移動しながら話す。


「アウルム君、どうして食料を提供しなかったの? 困った人あんなに大勢いることを知っているのでしょう?」

「どうして、って……基本的に食料は自分でつくるか、お金で買うものだからだよ。それに、僕一人の持っている分では、数日も持たずに在庫が尽きてしまうよ。まあ、最終的には国の偉い人たちがこういう事態を想定して何か対応策を練っているはずだから、そういう人たちに任せた方が良いんじゃないかな」

「で、でも、こういう非常時にそんな厳しいことを言わなくても……」

「非常時、なのかな……?」


 単に僕がその辺の店から色んなものを買い占めただけなのだが。

 起きている混乱は確かに非常時と呼んでも差し支えないことだと思うけど、これから先も僕が買い占め続ければいつまでも続く日常なんだよなぁ。


「うーん。でも、そうだよね。困ってる人を助けるのも大切だけど、商売をして自立して生活できるようにしてあげることも大事だよね。助けることだけが優しさではないよね……」


 何だろう。悩み事でもあるのかな?

 しかし、この話を続けてもしょうがないので別の話題を出す。


「あ、そうだ。この神殿が大量の食糧を貯め込んでいると聞いたけど、それは本当なの?」

「えっ、どこで聞いたのかは知らないけど……まあ、まだ余裕があることは間違いないわね」

「ふーん。じゃあ、この辺も数日中には危なくなるね」


 そう呟くと、意外そうな表情を向けて来た。


「危なくなるって、どういうこと?」

「あれ、街で流れている噂のことを知らないの? そろそろ困窮した冒険者を中心に、幾つかの集団が道具屋とか神殿みたいな場所を打ちこわしに行こうとしているらしいよ」


 ナタリーさんはしばらく黙り込んだ。

 顔を上げて、


「それ、本当なの?」


 と聞いて来た。


「まあ、独自の戦闘力を持たない道具屋が襲われるのが先だろうね。神官たちって結構戦闘力もあるんだろう? でも、道具屋を襲った連中は、取り締まられる前にこっちも襲いに来るだろうね」


 実際の所は知らないけど、シンプルに考えればこうなるだろうと思ったのでそう伝える。

 ある程度の説得力は有ったのか、ナタリーさんは少し唸った。


「むむ……ねぇ、もし、神殿が色んな人たちに襲われたら、ここに来てくれる?」


 上目遣いで尋ねられると少しドキドキする。

 どう答えたらいいのか迷っていると、深々と頭を下げられた。


「冒険者登録の時は思わず逃げ出してしまったけど……あの時はごめんなさい」

「いや、嘘の書類を捻じ込め、と言ったこっちの要求が無茶過ぎただけだよ。それに、新しいことを始めたから、もう気にしてない」

「そ、そう? それなら良かった」


 ナタリーさんがホッと一息つくと、再び微妙な沈黙が訪れた。

 黙っていると、花水はなみずさんがウキウキの様子で声を掛けて来た。


(何でこんな美少女に言い寄られているのに、すぐに返事しないんだ? これで俺もモテ期到来だぜ!)

(いや、あなたの人生ではないですよね……)


 冷静に花水さんに声を返しつつ、ナタリーの目を見据え、


「僕はもう少しこの街に滞在する予定だから、数日中に暴動が起きればここに来れると思う……その、僕が来たところで何が出来るかは分からないんだけど」


 ナタリーさんは小さく首を横に振った。


「いいの。来てくれるだけで、それだけで私はきっと決心出来るから……それじゃあ、またね!」


 走り去っていくナタリーさんの背中を見届けて、僕も神殿の外に出ることにした。


次回もよろしくお願いします。……これ月3更新を目標にしている人のペースなのか?

色々忙しいのですが頑張ります。

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