第6話
西の地域・ラーク―――
黒マントの男・ジェノと、白い布をまとった仮面男・シルヴィスと、青い狼・グレイヴ。
三人はここラークの港町、「パルテ」に辿り着いた。
「シルヴィスよ」
「はい、ジェノ様」
「このラークで、最も大きな国はどこだ?」
「はい、おそらく『ドラナグ帝国』か『魔法の国・ステージア』でございましょう」
「ドラナグ帝国・・・竜帝と名乗る者が支配している所か。ステージアは世界で唯一の、魔法使いと人間共が共存している場所だな」
「ジェノ様も博識でございますね」
「・・・。」
少し考えて、ジェノは言った。
「魔法使いよりも、人間を仲間にしたい。ドラナグへ行くぞ」
「何故その様な?」
「魔法使い共は人間よりも厄介だ。それに人間の方が、魔法使いよりも優れた資質を持っている」
「なるほど」
古代人は、魔法使いと人間に分かれた。
それは魔法を使える者・使えない者と分かれたのではなく、早期完成型と晩熟型に分かれたのだ。
つまり魔法を会得したり、修行を積めば、人間の方が強くなれる。
ジェノはそれを、理解していた。
だからこそゼットを仲間にした。
当然、自らも更に修行して強くなるつもりではあるし、今でも十分すぎるほどに強いのだが・・・
ちなみにこの時すでに悪魔となったゼットの力は、ジェノを越えているという事を、いずれ彼は知る事になる。
「しかしジェノ様、ここラークの戦士はかなりの使い手揃いです。魔法使い共よりも手強いかもしれませぬ」
「人間と魔法使いは、今はまだ協力してはいない。ステージアの魔法使い共は、人間から金を得て魔力を与えているようだがな・・・」
「なるほど、ドラナグとステージアはかなり遠い。ドラナグの戦士が魔力を得ている可能性は低いと」
「この距離を移動するのは、旅人くらいだろう。それに戦士共が魔力を持っていたとしても、倒すだけの事だ。私は北の地域・グレーデルから来たのだ」
「恐れ入りました」
「とにかく行くぞ」
三人は、ドラナグ帝国へと向かった。
そもそもジェノの旅は、強くなる事と人間の絶滅を目的としたものだったのだが。
ジェノは魔法使いやモンスターに対しても仲間意識などはなく、今はもう最強の存在として、世界に君臨する事を目的としているようだった。
「(ゼットに世界を支配させ、いずれ奴をも倒すのだ。素質で敗れても、私にはこの頭脳がある。まずは仲間を作る事だ・・・)」
三人は、ドラナグ帝国へと辿り着いた。
「止まれい!」
門番である体格の良い男は、すぐにこちらへやって来た。
「何者ぞ!」
ジェノは思った。
この門番、かなりの使い手だ。
シルヴィスもグレイヴも、それは感じていた。
西で最大のこの帝国の門を、たった一人で守っているのだ。
弱いはずがない。
「・・・我々は旅の画家でございます。是非ともこの帝国の中を、拝見させて頂きたいのです」
「・・・まず、モンスターを入れる事はできぬ」
何やら顔とは異なり、随分理解のある門番のようだった。
「それから一人、人質として置いていただく。それでも良ければ一時間ほどならば、見学を許可しよう」
「はは、有り難き幸せ。・・・ではシルヴィス、ここを頼めますね」
「はい、ジェノ様。行ってらっしゃいませ」
「・・・。」
門番は、門を開けた。
「門番殿、あなたのお名前は?」
「・・・ディラン」
ジェノはもう、この男を仲間にしようと決めていた。
ジェノが中に入って数分。
シルヴィスはディランに監視されつつ、グレイヴに尋ねた。
「グレイヴ殿、あなたは何故ジェノ様に付き従っているのです?」
「ガオウッ」
「・・・申し訳ございません。やはり私には、グレイヴ殿の言葉は理解しかねます」
ディランはそれを見ていて思った。
この連中、妙だ。
やはりとても画家には見えない。
まぁ何を企んでいたとしても、問題は無いだろうがな・・・
数十分後―――
ジェノは城下町を一通り見た後、思った。
いける・・・エルクハイムの時よりも手強そうな兵は多いが、どうやら何とか倒せそうだ。
ジェノは妖しく笑った。
「・・・もし、門番殿」
城の前に行って、そこの門番に尋ねた。
「何だ」
門番は八人もいて、皆龍に乗っている。
龍騎兵というやつだ。
「是非とも城の中を、見学させていただきたいのですが」
「駄目だ!」
「・・・それは残念だ」
ジェノは睡眠魔法「スリープ」をかけた。
「むっ・・・ん」
門番の一人が眠った。
ジェノは自分で魔法を開発していた。
「フン、面白いな」
混乱魔法「パニック」、毒魔法「ポイズン」。
次々と新たな魔法を繰り出して、門兵たちを惑わせた。
「貴様!」
残りの五人の龍騎兵が、槍を突き付ける。
「ドラゴン共よ・・・力比べをしてみるか」
ジェノは左手に力を込め、超強力な火炎を放射した。
「アンギャアアア」
ドラゴンたちも火を吹いたが、火力が違った。
「曲者だ!」
龍を降りた騎士団が、ジェノを囲んだ。
門が開き、中からも次々と兵が出てくる。
ジェノはまた、妖しく笑った。
「ククククク・・・フハハハハ!久々に暴れるとしよう」
ジェノの周りを、青紫の雷が走る。
「ナイトたちよ、来るがいい」
ジェノの長く美しい銀髪が、揺れる。
兵士が一人、倒れた。
ジェノはマントから、長い鎌「デスシックル」を取り出した。
騎士が一人また一人と、切り刻まれる。
「フフフフフ・・・この程度か!」
数十人いる龍騎士たちを鎌と雷で倒しながら、ジェノは城の奥へと進んでいく。
その姿はまさに死神であった。
しかし油断していたジェノは、竜剣士の一撃を喰らう。
「ムッ」
ジェノは反省した。
マントの下には銀の鎧を着けてはいるが、この私が一撃を喰らったのだと。
「曲者め!」
一撃を与えたのは、少年だった。
「我が名は竜剣士・ドラン!覚悟!」
「・・・外の男と、同じ目をしているな」
「・・・ディランは俺の兄だ!どうやって騙して入ったのかは知らないが、ここで死んでもらうぞ」
「フン、やってみろ小僧」
ジェノの眼が久々に、赤く光った。
「大変です!」
門番ディランの下に、龍騎士がやって来た。
「侵入者です!黒マントの男が、城の中に・・・」
「・・・なるほど。私はやる事がある。行け」
「はっ」
「・・・さて、お前たち」
ディランが大剣を構えた。
シルヴィスは残念そうな声で、言った。
「ジェノ様は潜入に失敗したようですね」
もっとも本心も仮面の顔も、笑っているのだが。
「何者だ?何が狙いだ」
「さぁ?ジェノ様は人間がお嫌いな様ですからねえ」
「・・・覚悟」
ディランは大剣を振り上げた。
「『ブリザード』!」
シルヴィスの白布の中から、大吹雪が起こる。
「効かぬ!怪しい奴め!」
ディランは大剣に炎を宿した。
「ジェノ様・・・今回は外れましたな」
グレイヴの起こした突風で、ディランは一歩下がった。
「私と弟は、ステージアで修行したのだ。魔力に屈する事は無いぞ」
ディランの振り下ろす大剣は空間を切り裂き、シルヴィスもグレイヴもダメージを負った。
「これはお強い・・・」
世辞ではなかった。
シルヴィスとグレイヴ、二人がかりで苦戦するとは。
もしやこの帝国で最も強いのは、彼なのではないか。
一方、ジェノ―――
「小僧、魔法が使えるのか」
ドランは地の力を解放し、砂嵐や石弾を出したのだった。
「この国の兵士は、皆魔法を?」
「魔法の修行をしたのは、既に剣技を極め尽くした兄。そして剣技だけでは城に入れなかった俺だけだ」
「なるほど、そうまでして城に入りたかったのか」
「俺の誇りは兄・ディランだ!彼のようになる為、俺は早くからこの城に入った」
ドランはまだ15歳だった。
そして何から何まで説明してくるドランを見て、ジェノは言った。
「・・・侵入者の私に語るとは、お前も騎士道をわきまえた誇り高い人間だ。仲間にするほどの能力では無いが、生かしてやる」
「何!?」
「強くなったら、エルクハイムに来るがいい」
ドランは剣に岩の力を込め、思い一撃を放った。
マントを揺らし、それを避けたジェノはドランの眼前に左手を置いた。
睡眠魔法「スリープ」により、ドランは眠ってしまった。
そしてただ、周りで傍観していただけの下衆な騎士共を、ジェノは一瞬にして葬り去った。
ジェノは通信魔法「テレパシー」を使った。
「―――シルヴィス、聞こえるか。そちらは任せたぞ」
ジェノは更に、奥へと進んだ。
シルヴィスは「ジェノ様は、次々と新しい魔法を・・・」とグレイヴに語っっていた。
ジェノはもう、百数十人の兵士を無傷で倒していた。
さすがにそろそろ疲れてきた。
自分でも何種の魔法を使ったのか、魔力が残りどれほどなのかわからなかった。
「何者ぞ!名乗れ!」
そして今遂に、玉座まで来た。
「貴様が竜帝か」
「やれ!」
竜帝の側近、竜将軍・ヴァイツが迫ってくる。
「名を聞いておいてそれか。答えなかった私も私だが・・・部下の竜剣士の方が、よほど誇り高いな!」
ジェノはドランを気に入ったようだった。
人間や魔法使い、人種に関係無く、ジェノは他者を受け入れる事がある。
全ての者を見下してはいるが、認める事はあった。
ただ役に立つかどうかは別だ。
能力不足のドランを手に入れようとは、思わなかった。
欲しいのはディラン。
早く終わらせて、土産をいただこう・・・
ヴァイツの長槍が、ジェノの右目を突いてくる。
「フン、将軍殿も卑怯が好きだな」
ジェノは長槍を片手で掴み、へし折った。
そしてその切っ先を、ヴァイツの左目に突き刺した。
「ギャアアアアアー!!!」
ヴァイツの大声が、城中に響いた。
「随分大きな声ですな将軍。喋らないので、予想外でしたよ」
ジェノは遊んでいるようだった。
ヴァイツの腹に蹴りを入れて、
「痛かろう!次はもっと痛いぞ。自分のやった事には、覚悟をせんとな。仕える者は選ぶものだ。もっとも私なら貴様など要らんがな」
今日のジェノはよく喋った。
上機嫌なのだろうか・・・
ジェノの「デスブラスト」は、ヴァイツの上半身を粉々にした。
「う、うわあああっ」
竜帝は逃げ出した。
兵士たちも、もう戦う気は無さそうだった。
「・・・帝王が、それか」
ジェノは溜め息をついた。
「安心しろ。皆殺しだ」
ジェノは両手に光を集め、大爆発魔法「ビッグバン」を解き放った。
中から轟音が聞こえて・・・ディランは、焦った。
自分が行くまでに、皆やられたのだろうか?
自分を信じる弟、自分を拾ってくれた竜帝、自分を鍛えてくれた竜将軍・・・
ディランも苦戦していた。
シルヴィスとグレイヴは、やはり強い。
それでも互角ではあるのだが。
そこに、ゆっくりと銀髪の男が歩いてくる。
もうマントはボロになって、銀の鎧がむき出しである。
「お前は・・・」
「死神だ」
ジェノは笑って、そう言った。
「ディランよ、お前はここで死ぬには惜しい」
「・・・。」
「安心しろ、弟は生かした。しかしここは奴と貴様以外の、誰にも誇りを感じないな」
「・・・。」
「本当はわかっているのだろう?ここはお前の居るべき場所ではない。お前の資質はここでは生かされぬ」
「・・・。」
長い沈黙の後、ディランは言った。
「竜帝は、捨て子の私を拾ってくれた」
「もう十分、恩は返しただろう。竜帝は良い『物』を拾った、としか思ってはいない。私から、一人逃げようとしたのだぞ?」
「・・・。」
ジェノは宣言通り、城の中の者をドラン以外皆殺しにした。
もちろん城下町の連中も、皆殺しにしてきたのだが。
「ここで私に逆らって、お前もドランも死ぬよりは!」
「な、何だと!?」
「私に従え、ディランよ!弟は生かしてやる」
「脅して、いるのか・・・」
「交渉中だ」
ジェノは笑った。
もう、答えはわかっている。
「・・・わかった」
ディランは大剣をしまった。
「さすがですね、ジェノ様。次の目的地は?」
「南の地域・トッポの秘法を探す」
「砂漠の秘法『ダークストーン』ですね」
「そうだ」
ダークストーン・・・使った人間を、闇の衣が包み込む。
有名な古代人の秘宝ではあるが、誰もその恐ろしさから近付こうとはしない。
「で、それを使う人間はゼット様ですか?」
ジェノは当然、全てをシルヴィスに語っている。
「いや、奴は多少闇の力を注入しただけで心が壊れた脆い人間だ。そこまでする必要は無い」
「とすると・・・」
「・・・私を化け物にしようというのか?」
ディランは、そう言った。
「・・・まぁ南までは随分ある。心から私の仲間になるかどうかは、お前が決めると良い」
四人はドラナグを出た。
そして数日後―――
南の地域・トッポ。
砂漠が広がっていて、人間はほとんど住んでいない。
ディランはこの数日間、ジェノたちと一緒にいた。
初めは当然不本意だったし、弟も心配だ。
モンスターたちといるのは気が気でなかった。
しかし最近は・・・ジェノのカリスマに、洗脳され始めていた。
「まだ発展途中の文明を壊すのは、惜しい。私は人間を滅ぼすつもりでいたが、それはもうどうでも良い事だ。世界を支配するのだ。全ての生物が共存する世界を創るのだ」
ジェノはそう言った。
確かに人間・魔法使い・モンスター・動物の全てが争う事無く共存できる世界ができるのなら、素晴らしい。
ディランは迷った。
そして、着いた。
「案外早かったですね」
「誰も使おうとはしないからな」
ダークストーン。
小さな黒い石が、砂漠にあった。
その周りは邪悪なオーラで包まれていて、すぐにわかった。
トッポの北の方、砂漠の入り口にあったからでもあるが。
「・・・ディラン、使ってみないか?」
「・・・。」
ディランは迷った。
更なる力が手に入る。
これからジェノに協力するにしろ裏切るにしろ、それは良い事だ。
「・・・従わなければ、殺されるだけだろう」
さすがのディランもジェノを入れた三人には、勝てないだろう。
「お前はもう我々の味方だ、殺しはしない。その気になるのを待つだけだ」
ジェノは優しくそう言った。
ディランは覚悟を決めて、石を持った。
「む・・・むおっ」
闇の衣がディランを包み、収縮し・・・数分。
「ぬああああっ!」
石が消えると同時に、ディランは黒い鎧・赤いマントをまとっていた。
「・・・ジェノ様」
そして黒騎士となったディランの心は、闇に支配された。
「お前はこれから、『ダーク』と名乗るがいい」
「はっ」
「そして・・・」
シルヴィスは白布から、ブラッドソードを出した。
「これをお前に」
ディラン改めダークはブラッドソードを持った。
目や指先まで、全身が鎧に包まれているのである。
どこからも血は噴き出さなかった。
「お前の属性は火らしいが、見ろ。よほど闇とは相性が良いらしい」
「・・・。」
「エルクハイムに戻るぞ!」
四人はゼットの城へと戻る。
世界の闇は着々と、大きくなっていった。