第5話
カスピ遺跡―――
「大きな建物だな」
「ピラミッド、というものでございます」
「知っている。馬鹿にするな」
「いえ、そのようなつもりは」
「どうもお前の話し方は気に障る」
「申し訳ございません」
「それにその表情、何とかならんのか」
シルヴィスのデザインは、常に笑顔であった。
「申し訳ございません、こればかりは」
「もういい、行くぞ」
「はい、ジェノ様」
グレイヴは、嬉しそうだった。
妙な奴だが、ジェノに話し相手ができたからだ。
ジェノは自分の表情から、自分の意思を読み取ってはくれるが・・・
会話したい、と何度望んだことだろう。
グレイヴにとってジェノのやっている事が正義か悪かなど関係ないし、それを考えようともしなかった。
自分の命は、あの時ジェノによって生かされた。
だからただジェノに、付いて行くのだった。
「例によって・・・最奥部まで、一気に行くとしよう」
「はっ」
「ガウ」
ジェノは全身を雷で包んだ。
シルヴィスは全身を氷で包んだ。
グレイヴは全身を風で包んだ。
「行くぞ!」
三体は周りをぶち壊しながら、どんどん奥へと入って行った。
「あまり無茶はするなよ。崩壊するぞ」
「はっ」
「ガウ」
トラップを次々に壊していく。
そして次の階層へと進んだ。
「暗いな・・・」
ジェノは光の魔法「シャイニング」を使った。
光が三人を包み、照らした。
「ジェノ様」
「ん?」
ビッグイーター、ヴァンパイアバット、ゴースト、狐火、グール。
多少強力なモンスターが、どんどん現れてくる。
「面白い。シルヴィス、お前の力を見せてみろ」
「ははっ」
シルヴィスは水の魔法「ビッグウェーブ」を使った。
大津波が、全てのモンスターを一掃した。
「どうでしょうか」
「やるな」
ジェノはニヤリと笑った。
「行くぞ」
「はい」
その後もモンスター・トラップ共にどんどん撃破していく三人。
そして遂に、彼らは最奥部へと辿り着く。
「・・・あれか!」
赤い、大きな剣がある。
「ブラッドソードでございます」
何百という古代人の血が固まってできた、魔剣である。
「・・・抜けるか?」
左手をかけたジェノの、まさにその左手が、血しぶきをあげた。
「いけませんジェノ様!」
ジェノは急いで手を放す。
傷だらけだ。
「この剣は魔剣です。直接触れては血が吸い取られます」
「・・・早く言え」
ジェノは地の魔法「ストーンブラスト」を使った。
いくつもの石が、ブラッドソードにヒットした。
そしてジェノは光の魔法「バン」を使った。
小さな爆発が起こり、ブラッドソードは抜けた。
「手荒な真似をなさいますね」
「このくらいの衝撃に耐えれん剣なら要らん」
「一応、耐久性チェックも兼ねていたのですか」
「いちいち説明しなくても良い。運べ」
「はっ」
初めから、血のないシルヴィスが触れるべきだったのだが。
その事については、今更もう何も言わない事にしたシルヴィスだった。
地上―――
「後はこれを、使いこなせる者が欲しいな」
「西の地域・ラークには、多くの多才な者が住んでおります」
「貴様随分と長い間地中に埋もれていたくせに、詳しいな」
「分析魔法『アナライズ』でございます」
「なるほどな・・・フン!」
ジェノはグレイヴとシルヴィスに、移動魔法「ワープ」をかけた。
そして自身は「テレポート」を使って、三人はポルーにやって来た。
「移動魔法は、一度行った所にしか行けないようだな」
「そして他者に移動魔法をかける方法までも会得したのですね、さすがにございます」
「フン・・・行くぞ」
三人は西の地・ラークを目指して歩き出した。
シオンは、またも黒マントの男と擦れ違っていたのだった・・・
一方、ポルンガを出たシオンは―――
「えーとここが・・・トーデ丘か」
ポルンガで地図を買い、幸運にも最初にこの地へ辿り着いた。
「・・・ん?」
丘の上で、忍者のような服を来た者が倒れている。
「大変だ!」
幸運中の幸運。
まさかシオンも、その男が自分の求めている人物とは思ってもいない。
倒れていたのは十数時間前にゼットに倒された、斬鬼ガルドだった。
つまりシオンは、またもゼットと擦れ違った事になるのだが・・・
「しっかりするんだ」
水を飲ませ、体を揺する。
「む・・・ん・・・」
「とりあえず、近くの村に運ぶからな」
シオンは忍者服の男を背負い、近くの村・ジゲン村へと運んで行った。
「すみません」
シオンは村人に尋ねた。
「この村にお医者さんは・・・」
「そんなもんいやしないよ!」
中年の女性は、冷たく言い放った。
「この村は・・・何だかみんな、冷たいな」
シオンが来た途端に、みんな家へと入って行った。
正確にはガルドが戻った途端に、というべきなのだが。
シオンは空き家を見付け、「失礼しますよっと」と中に入る。
まさにここが、今背負っている男ガルドの家だ。
「む・・・ん?」
数時間後、ガルドは目覚めた。
「あっ、ど、どうも」
シオンは何とか持っていた布を、ガルドの肩に巻いていた。
「・・・あんたが治療してくれたのか」
「治療ってほどのもんじゃないけどね。トーデ丘で、倒れてたのを見かけたから」
「借りができたな」
「いや、別に。でもどうして、あんな所で?」
「・・・。」
「あ、ゴメン。もう聞かないから、ゆっくり休んでくれ」
お互い、同年代だということは見てわかった。
そこに、モンスターの影が忍び寄る・・・
「ギャギャギャギャギャ」
ジゲン村に、モンスターが現れた。
「キャー!」
さっきのおばさんの声だ!
シオンは剣を抜いて、急いで外に出て行った。
「・・・何だ?」
ガルドも一応後を追ったが、刀はもう無かった。
「ギャッギャ」
巨大な植物型モンスター・マンイーターだった。
マンイーターは中年女性を取り込んでいた。
「助けてー!」
「はっ!」
シオンが斬りかかろうとすると、マンイーターは女性を取り込んだ部分をこちらに出す。
「くそっ・・・手が出せない」
「何をしている」
そこに、ガルドが来た。
「躊躇していれば、奴に皆喰われるぞ」
ガルドはマンイーターとおばさんに、同時に跳び蹴りを食らわせた。
「痛い!」
「ギャギャッ」
マンイーターは驚いて、女性を吐き出した。
「今だ!・・・ハッ」
ガルドは刀を持っていない事に気付き、殴りかかろうとした。
が、後ろから「どいて!」と、シオンが飛び込み斬りつけた。
「スラッシュ」。
急所を突いたその一撃は、マンイーターを仕留めた。
「あ、ありがとうございましたあ」
中年女性は、すぐに家に戻ってしまった。
みんなもすぐに、家に入って行った。
「この村の人って、本当に冷たいんだなあ・・・」
「俺のせいだろ」
「え?」
「いや、何でもない。家に戻ろう」
「家って、空き家だろ?」
「・・・まあ、もうそうなるのかもな」
「?」
二人はガルドの家に戻った。
ガルドは特に、自分の事を語ろうとはしなかった。
「さっきはありがとう。助かった」
そう言うシオンに、ガルドは言った。
「礼を言うとすれば俺の方だ。二度も助けられたな」
「ケガは大丈夫なのか?」
「ああ・・・いつ、ここを出るんだ?」
「えっ、ああ、迷惑だったらゴメンよ。明日にでも」
「俺も連れて行ってくれ」
「・・・え?」
「借りは返すさ」
「借りって、そんなケガしてるのに、いいよ!」
「邪魔はせん。不必要なら見捨てても構わん。まあそんな事ができる奴には見えんが」
「ハハハ。わかってるなら、そんな事言うなよなー」
「・・・刀さえあれば、必ず役に立てる」
「え?」
「俺の武器は刀なんだ」
「まぁ、じゃあ、明日近くの町までは一緒に行こうか。そういえば、名前は?俺はシオンっていうんだ。よろしく」
「俺は・・・ガルドだ」
シオンは一瞬、自分の耳を疑った。
今目の前にいるこの男が、自分の捜し求めている斬鬼・ガルドだって!?
「なっ・・・」
「・・・。」
ガルドは多少、名乗るのが怖かった。
せっかく得た友達を、失うのが怖かった。
が、シオンは想像とは大きく違った反応を見せた。
大喜びで自分の手を握り、嬉しそうにベラベラと己の事を語り始めた。
これだけ語られて、こちらの事も聞いてこられては、全て話すしかない・・・
ガルドもまた、今までの事を話した。
そして、夜が明けた。
「結局あんま寝れなかったなー」
「・・・お前がずっと喋ってるからだろ」
「まぁまぁ良いじゃないか。親睦も深まった事だし」
今更の事ではあるが、この明るさ。
シオンが、後に「勇者」と呼ばれる事になろうとは、本人でさえも考えはしない。
その明るさに魅せられて、鬼と呼ばれたガルドの心は、信じられないくらいに晴れていた。
二人は、村を出た。
カザフ―――
ガルドは適当な刀を買った。
もう誰も、ガルドに挑んでは来なかった。
格が違うのだ。
そのガルドが敵わなかった相手。
それに挑もうとしているシオン。
ガルドは、少しでも彼の力になろうと思った。
ただ借りを返すという事もあるが、ただ人を斬っていくだけの存在になっていたであろう自分を、人間らしく救ってくれた。
ガルドはシオンに、確かな友情を感じていた。
強固な意志を持つ人間ほど、それが一旦受け入れたものには、広く心を開くのだった。
「どこに行くんだ?」
ガルドは、シオンに尋ねた。
「エルクハイムに、ゼットはいるんだろう?」
「・・・まぁ待て。こんな刀じゃ奴は倒せない。『魔剣』と呼ばれる剣が、この地域にはあるそうだ。それが欲しい」
「そんな危ないモノばっか握ってるから、そんなに人相悪くなるんだぞ?」
「・・・斬り伏せてやろうか小僧」
「こわっ」
その魔剣ブラッドソードは、その頃既にジェノ達が入手していた。
しかし魔剣は、他にも存在する。
シオンとガルドは、アルカディアの北の砦に来ていた。
カザフの酒場で聞いた情報によると、北の外れの砦には、刀鍛冶の老人・テッサイが住んでいるという。
ここまで来るのに数日間。
シオンはガルドの刀さばきを、モンスターとの戦闘を通じて見てきた。
この男は・・・今までみた誰よりも、強い。
そう思った。
だがゼットは彼を倒した。
俺にいつも負けていた、あのゼットが。
シオンは信じられなかった。
軽くノックして、砦に入る。
「・・・!」
テッサイは、死んでいた。
その手には、一本の刀があった。
「・・・フン、面白い」
ガルドはテッサイか固く握り締めたその刀を、取り上げた。
「や、やめとけよー」
シオンの言う事も聞かず、ガルドは満足そうだ。
「さすがだな、テッサイ。良い刀だ」
テッサイは有名な刀鍛冶だったが、非社交的で、ほとんど誰も彼がどこに住んでいるのかは知らなかった。
たまたま先日酒場にいた男が、Gを積んで教えてくれたのであった。
「『斬鬼』・・・?」
その刀には、そう刻まれていた。
「面白い。まさに俺の為の刀だな」
「ま、良いけどさ」
二人はテッサイの死体を埋めて、墓を作った。
「・・・行こうか」
「ああ」
そして東南の端、エルクハイムへと向かって行った。