第2話
シルフ島を出る船の中で、シオンは考えた。
外の世界は危険だが、家族は旅することを許してくれた。
もちろん自分の数年磨いてきた剣技には自信があるし、それだけではない。
ゼットが自分の、親友だからだ。
親友を止めるために、俺は旅立ったんだ。
「・・・親友、か」
ライアやケンザキを斬りつけたのは、本当にゼットだったのだろうか?
ライアの傷が治ったら、また聞いてみなくては。
自分はあの時、ゼットを心から信じてやれていなかった。
目の前の怒りで、己を見失っていた。
「くそ・・・」
シオンは、後悔していた。
そしてまた、考えた。
ゼットが使っていたのは、明らかに闇の力。
魔法を使える者は何度か島に来たことがある。
シオンは剣にしか興味がなかったのであまり覚えてはいないが、魔法使いは、人間やモンスターに力を与えることができるらしい。
黒マントの男・・・奴は魔法使いだ。
まずは魔法使いを追ってみよう。
この船の船乗り・ポンチョは、黒マントの男がどこから来たかは知らないようだ。
しかも先日、黒マントの男を二人乗せたというのだ。
その内の一人は、おそらくゼットだったろうが、もう遅い。
・・・世界全体の情報に詳しいのは、船乗りや探検家だな。
酒場ででも、話を聞いてみるか。
「シオン、もうすぐ港町『ポルー』に着くぞ」
ポンチョの言葉で、シオンは気が付いた。
船で数十分・・・外の世界は、こんなにも近かったのか。
港町ポルーといえば、ゼットの故郷だ。
シルフ島からでもよく見れば見える、活気ある町。
町の周りを、結構な高さの壁が、モンスターから守っている。
「・・・あ、そうだ」
シオンは船乗りに声をかけた。
「ポンチョおじさんは、いろんな所に行ってるんだろ?」
「ん?まあな。どうした」
「魔法使いたちが住んでる所に行ったことがあるかい?」
「ああ・・・彼らは人間と離れて暮らしているからな。行ったことはないんだ」
「そうか・・・場所がわからないかな?」
「ペルーの近く、と言っても数日かかるが・・・そこに魔法使いの村があるらしいぞ」
「わかった、ありがとう」
シオンは船を下りた。
外の世界に、遂に来た。
「まさかこんな事で来ることになるなんてなぁ・・・」
シオンは酒場に向かった。
「いらっしゃい・・・ん、何だガキか」
マスターの言葉に、シオンは言い返した。
「俺はもう18だよ」
「やっぱりガキじゃねえか」
マスターはガハハと笑った。
シオンは悔しかった。
「オレンジジュースでも飲むか?」
「態度が悪いマスターだなあ。・・・もらうよ」
シオンは甘いものが好きだった。
母に渡された革袋から、20G取り出して、払った。
「いま店の中に、船乗りか探検家はいる?」
シオンがそう聞くと、後ろから声がした。
「俺はトレジャーハンターだが、どうしたんだボウズ」
そして金の長髪の男が、横に座ってきた。
「俺はジョーっていうんだ」
「俺はシオン。訳あって、魔法使いの村を探してるんだ」
「なるほどねー。実は俺もこの町に来たばかりでな。新しい宝を探してたんだよ」
「なんだ、じゃあこの辺には詳しくないのか?」
「まぁ良いじゃねーか、一緒に行こうぜ。魔法使いの村なら、何か宝もありそうだ」
「まぁ・・・いいか」
仲間が増えるのは、悪いことじゃない。
それに、こんなに早く。
シオンとジョーは、店を出た。
「所でよぉボウズ」
「・・・シオンだ」
「シオンよ、お前の格好はただの村人Aって感じだぜ」
「えっ!?」
確かにシオンの格好は、ごく普通の布の服だった。
「剣は割と良いモン持ってるみてーだが、防具がいかんよ」
よく見るとジョーは、皮のベストの下に鉄の防具を着けていた。
「そうか・・・一応、少しはお金があるんだ。じゃあ防具を買って行こうかな」
「やれやれだね。ガキのお守りしてるみてーだ」
「・・・そんなに嫌なら、一緒に行かなくても良いんだけどなっ」
「まぁまぁ、早く行こうぜ」
シオンの持っている剣は、ケンザキのものだ。
シルフ島を出る前に、形見として持って来た。
この旅が終わったら、ケンザキの墓の前に返すのだ。
「いらっしゃい」
「なるべく安くて丈夫で軽い鎧、ないかな!?」
シオンは明るく行った。
「・・・ははは。難しい注文だな」
防具屋の主人は、鎧を探し始めた。
「こんなご時世だ、儲かってるんだろ?みんな我が身が可愛いからねぇ」
ジョーがそう言うと、主人は参ったなという顔をした。
「これなんかどうだい」
胸と肩を守るタイプのものだった。
「・・・うん、確かに軽い」
シオンは革袋から550G出して、払った。
「んじゃ行こうぜ」
二人は店を出た。
「さてと・・・」
町を守る壁の、門前である。
「俺はトレジャーハンターのジョー、こいつはシオン。町の外に出してくんねーか」
二人の門番は言った。
「あなたは成人のようですが、隣の方はどうやらまだ子供だ。外の世界は危ないですよ」
シオンは童顔だった。
「俺には行かなきゃいけない所が、やらなきゃいけない事があるんだよ」
シオンは前へ出て、続けて言った。
「自分の命には、責任もてる。ここから出してくれ」
ジョーも言った。
「俺は14くらいから一人で生きてたぜ。こんな壁に守られてる町なんか、珍しいっつーの」
門番はそれならば、と門を開けてくれた。
「ありがとう!・・・行こう」
「あぁ」
二人は外の世界へと歩き出した。
数時間後―――
シオンの腹が、鳴った。
「・・・そういえばジョー。食料、ある?」
「あのなぁ。俺はトレジャーハンターだよ?」
ジョーの持つ大きな袋には、沢山の缶詰めが入っていた。
「さすがだなぁ」
「感心してねーで、お前も町で気付いとけよ!お前俺がいなかったらヤバかったんじゃねーか!」
「かたじけないっ」
シオンは軽く礼をして、缶詰めを手に持った。
「・・・どうやって開けるんだ?」
「このド田舎モンが!コイツを使うんだよ」
ジョーはナイフを手渡した。
彼はいくつもナイフを持っていた。
それは武器でもあるし、道具でもあるのだった。
そして、数日後。
「風呂に入りたいなぁ・・・」
「地図によると、もう少しだ」
「すごいなジョー、地図まで持ってるのか」
「・・・お前、本当に旅する気だったのか?」
そこに、遂にモンスターが現れた。
この辺は草原なので、あまりモンスターは出ないようだったが。
「『スライム』と、『キラードッグ』だな。それから『ロック』」
ジョーは本当に詳しい。
シオンは心強かった。
決して彼を疑いはしなかった。
ゼットの一件以来、シオンは他人を信じようと努めてきた。
初めて・・・モンスターを見た。
シオンは剣を、ジョーはナイフを構えた。
「いくぞ!」
ジョーの投げたナイフが、鳥型モンスター「ロック」を仕留めた。
その間にシオンは、スライムを一刀両断した。
「ガアアッ」
キラードッグが横向きのシオンを襲うが、シオンは振り向きざまにキラードッグに一撃与えて、倒した。
「・・・やるねぇシオン」
「まぁな」
シオンは思った。
やはり自分の剣技には自信を持てる。
モンスター相手でも、ちゃんと通用する。
ありがとう父さん、ケンザキさん。
「だが油断すんなよ。今のはザコ中のザコどもだぜ」
「わかったよ」
そして――
二人はようやく、村に着いた。
「・・・人間か」
魔法使いの老婆が寄って来た。
「数週間前、ある魔法使いの村が人間に滅ぼされた」
「・・・。」
「我々は元々中立の立場であるし、人間など信用しとらん。失せるがいい」
「ちょっと待ってくれよバーサン!」
一歩前へ出たジョーの身なりを見て、老婆は言った。
「おぬし、大方宝探しか何かじゃろう。人間にくれてる宝なぞ無いわ。消えぬか!」
そして両手を前に出し、小さな火炎壁を作った。
「うわっ」
「ヤロー!」
「・・・出直そう。何か考えないとな」
「ジョー、この辺に人間の村はある?」
「地図によると・・・北に、『ダンテ村』ってのがあるな」
「・・・行こうか」
「やれやれ!また旅かよ!」
「トレジャーハンターだろー。頑張れよ」
二人は再び、草原を歩き始めた。
一方―――
運悪く・・・黒マントの男・ジェノとゼットはポルーを出た後、シオンとは逆の東へ向かっていた。
そして数週間後・・・遥か東の地、「エルクハイム」の城へと辿り着いた。
「何者だ、貴様ら!」
六人の門兵が、迫ってきた。
ゼットがマントを取ろうとすると、ジェノが止めた。
「ゼット様、ここは私が」
「・・・。」
ジェノは門兵たちを一瞬にして、全て凍らせた。
「参りましょう」
「・・・。」
二人は、城内に入って行った。
グレイヴは、城下町に留まった。
そしてその日、惨劇は起きた。
王からメイドまで、城中の全ての者はジェノの武器である鎌の餌食となった。
兵士たちは束になって挑んだが、ジェノの魔力は更に強大なものとなっていた。
城下町でも、子供や女性まで、全ての人間がグレイヴによって惨殺された。
グレイヴはただひたすら、ジェノに従うのみであった。
ゼットは無表情で、それらを見ていた。
東で最大の国・エルクハイムは、僅か一日で滅び去った。
そしてエルクハイム城は、ゼットの城となった。
ゼットは日に日に闇の力を増幅させていった。
ジェノは更に仲間を求め、城を去った。
グレイヴもそれに付いて行った。
ゼットは一人、ひたすら修行した。
そして彼は、後に「魔王」と呼ばれるほどの力を手にするのであった。
世界は少しずつ、闇に染まってゆく・・・