第1話
神は、全てを見てきた。
シルフ島。
数十人の人々が平和に暮らす、この小さな島から、物語は始まる。
シオン。
黒髪のこの少年が、物語の主人公である。
「今日の稽古はここまでだ。お疲れっ」
シオンの剣の先生、ケンザキは言った。
「ありがとうございましたっ」
シオンは剣を習っている。
モンスターが生息しないこの島では必要ないことかもしれないが、島の少年たちは皆、剣を習っていた。
「ただいまー」
シオンが家に帰ると、家族はいつものように、暖かく迎え入れた。
「おかえりシオン。少しは上達したか?」
父・バートも、幼い頃に剣を習い、月に一度島から出て、他の町の者に剣を教えている。
「結構強くなったと思うんだけどなー。そろそろ俺も島を出たいよ」
「まだダメだ。外の世界にはな、モンスターがいるんだ」
平和なこの島の人々には、モンスターは脅威だった。
島の外に出られるのは、剣を習った大人たちだけだった。
「そういえばな」
バートは言った。
「今度この村に、一人少年が来るんだ」
「へぇー」
シオンは興味なさげだった。
「近くの町の少年なんだがな、父親と二人で暮らしてたんだが、その父親が死んでしまったんだ。だから安全なこの島で暮らすそうだ」
「ふーん」
シオンは母・リノアの焼いたパンを食べている。
「名前はゼット。お前の通っているケンザキさんの所に、通ってもらおうと思ってるんだ」
「じゃあ・・・ライバルだな」
シオンはニヤリと笑った。
「いじめるなよ」
「わかってるよ」
シオンは昔から明るい少年だった。
人当たりが良く動物も好きで、女性や子供にも優しい。
多くのものに愛される性格だった。
「じいちゃん」
シオンは祖父・ゼフの部屋に入って、言った。
「何じゃ?」
シオンの家は四人暮らし。
バートの母は早くに亡くなって、リノアにも親はいない。
「じいちゃんは昔、世界を旅してたんだろ」
「ああそうじゃ。わしは冒険家だったんじゃ」
「いいなー。俺も他の世界を見てみたいっ」
「まぁ、大人になればその内見れるわい。焦るな焦るな」
シオンはずっと、島の外に出ることを夢見ている。
それでも今日も平和に、少年と島の一日は終わろうとしていた。
数日後―――
「・・・初めまして」
シオンは半分忘れていたが、ゼットという名の少年は来た。
シオンより少し年下の、緑色の髪の内気な少年だった。
「よー、俺はシオンっていうんだ。よろしく」
「ケンザキだ。今日から一緒に頑張ろう」
シオンとケンザキは、それぞれ挨拶した。
この島の子供は少ししかいない。
シオンと同年代なのは、幼なじみのライアとゼットだけだった。
それだけに初めは興味なさそうなシオンだったが、すぐにゼットと仲良くなろうと努めた。
しかしゼットは、なかなか他人に心を許しはしなかった。
その日から、シオンとゼットは共に修行に励んだ。
初めゼットは全く剣を使うことができなかったが、ケンザキの指導によりどんどん上達していった。
またシオンとゼットの仲も、だんだん良くなってきた。
ある日ゼットが犬に襲われたとき、シオンが追い払った。
またある日ゼットがケンザキに叱られ落ち込んでいるとき、シオンは元気づけた。
シオンはゼットにとって、唯一頼れて優しくしてくれる、兄のような存在だった。
ゼットは次第にシオンを尊敬し、心を開いていった。
数年後―――
「だあっ!」
「うわっ」
「それまで」
シオンとゼットは、今日も稽古していた。
「シオン、本当に強くなったな」
今日は試合で、シオンの勝ちだった。
「ありがとうございます」
シオンは好青年に成長した。
「ゼット、君もこの数年だけで随分強くなった」
「・・・ありがとうございます」
ゼットは相変らず、内気な青年だった。
「強いなあシオン!すごいや」
他の生徒の子供たちは、次々にシオンを褒めた。
「おつかれー」
そこにライアがやって来た。
「ゼットおしかったねー」
ゼットは女性が苦手だった。
黙ってうつむいていた。
「シオンはさすがに強いねー」
「まあなっ」
どうやらライアは、シオンのことが好きらしい。
ゼットはシオンを尊敬するとともに、コンプレックスを感じていた。
ここ最近、毎日試合でシオンに敗れている。
一度も勝ったことがないのだ。
「・・・。」
シオンは島の皆に好かれている。
自分には、子供は怖がって近付かない。
女性も気味悪がって、ライア以外は近付かない。
内気なゼットは、よく人に誤解される。
島の人の中には、「ゼットは何を考えているかわからない、彼が父親を殺したのかもしれない」とまで言う人間もいた。
そして悪い噂ほど、すぐに広まる。
ゼットはシオンたち以外の誰とも口をきかないし、島の誰にも信用されてはいなかった。
ゼットは一人、悩んでいた。
その日、島への船は「災い」を乗せてきた。
黒いマント、銀の長髪。
青い狼を連れて、男はやって来た。
男の名は、ジェノといった。
翌日―――
「はっ!」
「うっ」
「それまで」
今日の試合も、シオンの勝ちだった。
「お疲れー」
今日もライアが来て、シオンと一緒に帰っていく。
「・・・。」
ゼットは少しライアが好きだった。
ゼットのストレスは、次第に溜まっていった。
「すまんなゼット、毎日シオンと戦わせて」
ケンザキがそう言うと、ゼットは言った。
「いえ・・・この島に同年代の男は、他にいないから仕方ないです」
「・・・。」
ゼットは怒るでも悲しむでもなく、いつも静かにしている。
ケンザキは逆にそれが心配だった。
「明日からは、別の稽古をしよう」
「・・・。」
ゼットは一人、静かに帰っていった。
ゼットは何とも言えない気分だった。
その負のオーラを感じ取る者が一人いた。
その者はゼットに近付き、言った。
「貴方からは随分、強い闇の力を感じます」
「・・・僕、ですか?」
ゼットはその者・黒マントの男の方を見た。
「私も先程の試合を見ていました。貴方には剣の才もある」
「でも、負けました」
「剣だけで勝負すれば、あのシオンという者には勝てないでしょう」
「・・・。」
「私は魔法使いです。私の力で、貴方の闇の力を目覚めさせませんか?」
「えっ」
ゼットは迷った。
闇とは、この世でもっとも扱いの難しい属性。
失敗すれば精神を支配される、恐ろしい力。
自分に使えるのだろうか・・・
「このままで良いのですか?」
黒マントの男の一言で、ゼットは決心した。
気持ちを整理している余裕は無かった。
黒マントの男・ジェノは左手を、ゼットの前に差し出した。
ジェノはゆっくり笑い、己の闇の力をゼットに与えていった。
「う・・・うううっ」
ゼットは闇の力を感じた。
できる、自分ならコントロールできる。
もっと強くなれる。
その夜、ケンザキは青い狼・グレイヴに襲われた。
ケンザキはかなりの使い手だったが、グレイヴの強力な風の魔法には歯が立たなかった。
ケンザキは切り刻まれ、一人静かに息絶えた。
翌日―――
シオンはいつものようにケンザキの下へ行くと、その死体を発見した。
「せ、先生っ!」
他の生徒たちも次々にやって来た。
「一体誰が・・・」
青い狼は、既にどこか遠くへ行っていた。
その頃、島の北端の岬に、ゼットは来ていた。
その眼は紫色に光り、既に心は半分狂っていた。
「ライア・・・」
そしてここに、ライアを連れてきた。
「どうしたのゼット?あなたから声をかけるなんて、珍しい」
「僕は強くなったんだ・・・シオンよりも」
「・・・?」
剣を抜いて、ゼットは言う。
「これからシオンを倒す。見ていてくれ」
「ゼット・・・」
ライアは言った。
「あなたにはあなたの良い所があるよ。無理に剣でシオンに勝たなくても」
ゼットの瞳が元に戻った。
「ライア・・・」
そこに、風の刃が放たれた。
「きゃあっ」
切りつけられ、ライアは倒れた。
「ライア!」
陰から風の刃を放った黒マントの男は、ケンザキの家へ向かった。
「この島のお嬢さんが、北の岬で何者かに襲われていましたよ」
黒マントの男にそう聞いたシオンは、岬へ急いだ。
「ライアー!」
そして、そこには剣を抜いたゼットと切りつけられたライアがいた。
「ゼット・・・ま、まさかお前」
「!」
子供たちがやって来て、言った。
「ゼットだ!ケンザキさんも、切り刻まれていた!あいつがやったんだ!」
「ゼット・・・」
「ち、違うっ」
ゼットの心は、再び狂い始めていた。
「ゼット!」
シオンは剣に手をかけ、ゼットに歩み寄った。
「お前じゃないんだな・・・?」
ゼットの心に、声が響いた。
『本気のシオンと戦うチャンスだ!』
ゼットは瞳を紫に光らせ、剣を構えた。
シオンは怒った。
「ゼット・・・貴様!」
シオンは剣を抜いた。
シオンの剣技は凄まじかった。
ゼットの重力弾を斬り、避け、攻めて来る。
「うおおーっ!」
シオンの眼には涙が流れた。
「ゼットーッ!」
ゼットは剣を弾き飛ばされ、シオンの一撃を喰らい、倒れた。
「ぐはっ・・・闇の力を持っても、僕はシオンに敵わないのか・・・」
「闇の力だと!?」
ゼットは目を閉じた。
「クソッ!どうして・・・」
そこに黒マントの男が現れ、雷を放った。
青紫の雷は子供たちやシオンを気絶させた。
男は言った。
「ゼット様・・・貴方はもっと強くなる!更なる力を得て、魔物となるのです。そしてこいつら人間共に、復讐するのです」
黒マントの男は、ゼットに更なる力を与えた。
ゼットは目覚めた。
「私は・・・強く・・・なる・・・!」
その心は、もう悪魔となっていた。
「(こいつらはゼットを更に強くするのに必要かもしれないな・・・)」
ジェノは、シオンたち島の者を生かした。
そしてゼット、グレイヴと共に、島を出た。
シオンが目覚めた時、ゼットと黒マントの男はいなかった。
子供たちは言った、「黒マントの男が雷を放った」と。
シオンは決心した。
今こそ島を出るべき時だ。
父も母も、祖父も止めはしなかった。
「島のことは俺に任せろ」
父はそう言って、シオンを見送った。
「ゼットはきっとまだ生きている。止めなければ!そして黒マントの男。あいつがゼットに何かしたんだ」
こうしてシオンは、島を出た。
「ライア、待っていてくれ。ケンザキさん・・・仇は討つ!」
シオンの冒険が始まった。