第13話
シオン、ガルドが南へ向かう数日前―――
「・・・寒いわ」
リーンはローブをまとっていた。
それでもやはり、北の地は寒い。
魔法使いの村を目指して数日。
リーンはやっと、魔法使いの村・フィオ村に辿り着いた。
「それは・・・クリスタル!」
魔法使いたちは、すぐに気付いた。
「魔女ヴィオラ様に認められたお方ですね!」
「あのヴィオラ様が人間を認めるなんて・・・信じられないわ」
リーンは魔法使いたちに、全てを話した。
「なるほど。世界の危機・・・確かに近日、この辺りではモンスターが洗脳されていると聞きます」
「我々も人間と協力し、悪を倒す力となりましょう!」
クリスタルと、リーンの魔力の効果は絶大だった。
だがそれだけではない。
リーンの美貌と、穏やかな話し方は、魔法使いたちの心を開いた。
「・・・じゃあ」
リーンは、次の村へ歩き出した。
「それはヴィオラ様の持つはずのクリスタル!」
「ええそうよ、わたし、おばあちゃんに認められたの」
「お、おばあちゃん?」
その調子で、リーンはどんどん魔法使いたちに認められていった。
リーンは少しずつ、どんな人の心でも開く自身が付いてきた。
彼女はかつて、ガルドの心も開いた。
この力こそが、精霊と心を通わせる「賢者」の力なのである。
リーンは一歩ずつ、賢者に近付いていた。
しばらく歩くと、向こうから不気味な仮面を付けた者がやって来る。
「あなたも、魔法使いの方ですか?」
だがそれは、魔法使いではなかった。
確かに魔法は使うが、リーンが協力を仰いできた魔法使いたちの、敵。
世界の危機、世界の悪の、手先の一人だった。
そう、それは今グレイヴと離れて行動する・・・シルヴィスだった。
「・・・はい、確かに私魔法は使いますが。何か?」
「実は今―――」
リーンは世界に悪が蔓延っている事、賢者を目指し魔法使いたちの心を開いている事。
その全てを、シルヴィスに語った。
「フフフ・・・面白いですね」
「え?」
「私、ゼット様の部下にしてシルヴィスと申します」
「!」
「我々『魔族』を悪と称し、倒さんとする者のお仲間ですか・・・ならば私、女性が相手といえど、容赦なくお相手せねばなりませんね。まあ私も自らが正義などとは考えてもいませんがね。フフ」
「(しまったわ・・・)」
シルヴィスは白いマントから杖を出した。
「久々に、お強そうな相手だ。楽しみでございます」
リーンは仕方なく、魔力を解放した。
「『ダイヤモンドダスト』!」
シルヴィスのマントから、多くの氷柱が飛んで来た。
「きゃあっ!」
「『クリスタルダスト』!」
今度は地面から、氷の刃がリーンを襲った。
「もうっ!・・・負けないわよ!」
リーンは光の力を解放し、「ビッグバン」を起こした。
「ぐふっ・・・やりますね」
シルヴィスは大津波を起こした。
「きゃ・・・さ、寒い」
リーンの服はびしょ濡れだった。
「人間とは、実に脆い。凍て付かせて差し上げますよ」
リーンは怒っていた。
地の力を解放し、大地震を起こした。
「む?」
「『グランドクロス』!」
リーンの絶大な魔力は地面を破壊し、シルヴィスに大ダメージを与えた。
「ぐっ!・・・おのれ」
シルヴィスは初めて、冷静さを失った。
「『ブリザード』!」
吹雪がリーンを包んだ。
「今はまだ、決着をつける時ではない・・・私もまだ、修行が足りませんね。こんな小娘と引き分けとは」
シルヴィスはそう言って、去って行った。
「引き分けじゃないわ、わたしの勝ちよっ!イーッ」
リーンは子供のように、そう言い放った!
「・・・寒い!寒いわー。はくしょん!」
リーンは吹雪に耐え切った。
が、風邪をひいてしまった。
「花も恥らううら若き乙女が、『ハナ』を恥らってるわ!・・・ぐすっ」
リーンは北への侵略(?)を諦め、南へ向かった。
「もう随分、魔法使いさんたちの協力も得たし・・・そろそろ精霊に、チャレンジしてみようかなっ」
そして奇しくも、彼女もまた他の勇者たちと同じ地へ向かい、遂に彼らは運命的な合流を果たす事となる。
リーンもスズ修道院に向けて、歩き始めた。
スズ修道院―――
「おかあさん!」
「おかあさん!?」
リーンは故郷へと、戻ってきた。
「リーン!」
「ただいま、おかあさん」
「・・・何でそんな?」
「だって、マザーはわたしのおかあさんでしょ。わたしね、おじいちゃんとおばあちゃんもできたのよ」
「ふふふ」
リーンはマザーに、今まであった事を話した。
「リーン・・・随分立派な魔法使いになったのね」
「でもわたし、賢者を目指しているのよ」
「精霊は、確かに存在するのね。よかった」
「おかあさんは、昔光の精霊の声が聞こえたのよね?」
「つまり・・・私は、『賢者』?」
リーンの「母」もまた、賢者だった。
「良妻賢母ねっ!」
「・・・私は妻じゃないし、その言葉もちょっと遣い方が違うけどね」
リーンは勉強は、好きじゃなかった。
その頃、スズ修道院の西の砂漠では―――
「ガルド、あついよー」
「ん、そうだな」
ガルドは北で買ってやった布を、メイから取った。
「のどかわいたー」
「・・・飲め」
ガルドはメイに、水を手渡した。
「わーい!」
「飲みすぎるなよ、限りはあるぞ」
その姿は、親子のようだった。
しかしもうすぐ、この「娘」と別れる事になる・・・
ガルドは寂しかった。
このメイという娘が、それほど自分の中で大きな存在になっていたのだった。
そして、修道院に着いた。
「・・・ガルド!」
向こうから、聞いた事のある美しい声がした。
「・・・リーン」
その声の主は、数週間前に離れたリーンだった。
「おねえちゃん、だれー?」
メイはリーンに、そう尋ねた。
リーンは硬直した。
「この・・・人でなし!」
「な、何だ?」
自分をポコポコ殴るリーンに、ガルドは困惑した。
「誰との子よっ!?」
「お、落ち着けっ」
「きい〜っ!」
こいつは何を怒ってるんだ!
「数日でガキがこんなに育つかっ!」
リーンは冷静になった。
「たしかにそうねっ・・・あは」
メイはけらけら笑っていた。
「ガルドがそんなロリコンだったとは、知らなかったわ」
「・・・もう良い、何とでも言え」
ガルドはメイと出逢ったいきさつを、リーンに話した。
当然リーンも、ここまでの旅をガルドに話した。
ガルドは驚いた。
確かにリーンからは、あのゼット以上の凄まじい、人間離れした魔力を感じる。
まあ今はきっとゼットも、あの時よりも格段に力を増しているのだろうがな・・・
「でもガルドが子育て上手だなんて、知らなかったわー!ほんとびっくりよね。こーんな怖い顔して!」
「・・・。」
リーンは多少、メイに妬いているようだった。
自分がガルドの心を開いた最初の女性であると確信していたのに、メイには自分以上にガルドは親しく接している気がする。
「メイ、ガルドのことだいすきー!」
そうよこの子はライバルなのよ!
小さいからって、油断しないからねっ。
仲の良い兄妹のように、三人は接していた。
リーンの「家族」たちに囲まれて、平和な修道院での時は過ぎてゆく。
そこに、最後の仲間というか、主人公である・・・「勇者」シオンが、向かっていた。
スズ修道院の北の湖―――
「(スズ修道院には、回復魔法を使える者がいる・・・凄い!)」
シオンは感動した。
まさに欲するべき仲間!
ああ何でもっと早く、南に向かわなかったのだろう。
ジョーの「魔法の剣」でモンスター「ビッグウッド」を倒しながら、シオンは思った。
回復魔法があれば、ドランもジョーも助かったかもしれない。
特にジョー・・・そうだ、まだ遅くない。
シオンは決めた。
「(回復魔法を使える仲間を手に入れて、ジョーを治してもらおう!)」
そしてまた、ガルドの事も考えていた。
「(彼は無事なんだろうか・・・あの時ゼットに、何か聞いておけば良かった)」
黒騎士ダークを見た時、シオンは一瞬その正体がガルドなのではないかと考えた。
その後はドランがやられジョーがやられ、ゼットが現れ・・・ガルドの事を考える余裕は無かった。
シオンは反省した。
かつてのジェノと同じように。
「(もっと感情を、抑えなければ。冷静になるんだ)」
ジェノは見事に冷静さを手に入れ、あの強さを得たのだ。
そして、スズ修道院―――
海の近くのこんな砂漠に、本当に修道院があった。
「(凄い結界の力を感じる・・・)ごめんくださーい」
「はーい」
ミネアが出てきた。
「えーとここがスズ修道院ですよね?」
「ええ、そうです。旅人の方ですか?」
「ええ、まあ。実はちょっと回復魔法を見せてほしいなーなんて」
「ちょっと待っててくださいね」
「はーい」
ミネアは14歳の女の子。
シオンもつい、気を緩めた話し方になる。
彼は童顔なので、おそらく向こうも少し年上くらいにしか思っていないだろう。
「おかあさん」
「・・・何ですあなたまで」
スズ修道院の中では、マザーをリーンのような呼び方をするのが流行っていた。
「旅人の方が、見学に来たいと」
そこにガルドが来て、言った。
「怪しいな。シオンは旅人の様な男に、島を荒らされたと聞く。まさかジェノじゃないのか」
その当のシオンが来ているとは、予想だにしなかった。
「格好は?」
「青い鎧を着けてましたけど・・・」
「武装しているのか。まあ旅人なら当然だが・・・『魔族』は少しずつ南下しているそうだ。まだここまでは来ないと思うが・・・」
ガルドはもどかしくなって、言った。
「俺も行く」
こうしてミネアとガルドは、外へ出た。
「どんな怪しい男が来たのか・・・さて」
ガルドは壁に身を隠し、その男を覗いた。
そして。
「・・・シオン!」
「・・・ガルド?」
二人は実に久々に、再会した。
「初めまして、シオン。わたしはリーンよ」
「はじめましてー!『あたし』メイよ!」
メイにもライバル意識があるのか、一人称をリーンとは変えたようだった。
「・・・ガルド、しばらく見ない内にモテるようになったなー」
「・・・わかった、もう何も言わん。お前もか・・・」
ガルドは否定するのに、疲れた。
まあシオンの言葉は、あながち嘘でもなかったのだが。
とにかくこうして三人は、合流した。
両翼をもがれたシオンは、再び強力な両翼を得た。
「勇者」シオンの本当の冒険は、ここから始まる!
その頃、シルフ島―――
シオンたちが運命の再会・出逢いを祝している頃、ここでも一つのドラマがあった。
その日ここは、雨だった。
雷の鳴り響く、暗い雨の夜に、悪は迫って来ていた。
黄金の鎧の男が、赤いマントをなびかせて、ここを歩く。
彼は「テレポート」を覚えていた。
遂に彼は、かつての故郷を破壊すべくここに来たのだろうか?
彼は唯一人ゆっくり、シオンの家へ来た。
コンコン・・・軽くノックをする。
「はい?」
シオンの父バートは扉を開け、驚愕する。
「ゼット・・・」
「シオンの言っていた事は、本当だったのだな」
海辺で、二人は話していた。
と言っても、口を開くのは深刻な顔のバートばかりであった。
「ここに、何をしに来た?」
「・・・。」
「答えるんだ、ゼット」
「挨拶に」
「!?」
バートは驚いた。
「かつて私を支援してくれたバート殿とこの村に、挨拶に来た」
ゼットはここに来る前に、最初の故郷・港町ポルーにも訪れていた。
「ふん・・・『魔王』が、何を言っている!?」
もうこの辺境の島にまで、「魔王」と「魔族」の噂は流れて来ていた。
「だからこそだ」
「・・・。」
「私はこれから、世界の覇者となる。私を育ててくれたこの地と、私をここへ迎えてくれたあなたに挨拶しに来た」
「・・・ふざけるな!」
バートは剣を抜いた。
「・・・勝てるつもりか?バート殿」
ゼットの瞳が紫に光る。
確かにゼットは、バートの数十倍の強さを持っている。
バートはプレッシャーに圧され、冷や汗をかいた。
「あなたは我が最大の好敵手の父親だ。殺したくはない」
バートは震えていた。
ゼットはやはり、最大の好敵手をガルドではなくシオンと考えているようだった。
シオンの剣技は、あの短期間で素晴らしく上達していた。
それに魔法も習得していた。
好敵手に飢えるゼットには、それが嬉しかった。
彼は自分が倒されるのを望んでいるかのようでもあった。
「人間は負けて強くなると、シオンに教えられた」
「!?」
「おかげで私は強くなったのだ。私を『魔王』にしたのは、あなたの息子だ」
「何だと・・・?」
二人はしばらく、黙って向き合った。
「・・・では」
ゼットは振り向き、歩いて行った。
バートは何もできなかった。
殺されなかった事で、安心さえしていた。
「あっ」
ゼットは帰り道、ある少女と擦れ違う。
「久しぶりだなライア。傷はどうだ」
そして冷たく言い放ち、ゼットは去って行く。
「・・・ゼット」
ライアも震えた。
右足が、何か疼いた。
ゼットはしばらく島を歩き、ケンザキの墓の前でしばらく立ち止まり・・・満足すると、テレポートして城に戻った。