第10話
「ねえねえ、どこ行くの?」
「お姉ちゃん、一人?」
「一緒に遊ぼうぜ」
ガルドと離れた途端、群がる男共。
リーンは話しかけられる毎に、こう言った。
「ごめんなさい、行く所があるの」
今日はもう、何十回言っただろう・・・
「ああ、疲れた」
リーンは一人、ある町の宿屋で休む。
強力な攻撃魔法を覚えて、一人でモンスターと戦う事もできるようになった。
そしてこれだけの美貌。
情報を集めるのも、シオンよりも容易だった。
南の地域・トッポ―――その南端に、「夕陽の洞窟」と呼ばれる洞窟がある。
夕刻、赤い光が差す時のみ開かれると言われる洞窟。
そこに古代人の、最後の一人が住んでいるという。
「(古代人なら、精霊と心を通わせられても不思議じゃないよね)」
そしてリーンは、すぐに寝入った。
トッポ―――
リーンは修道院のことを思い出していた。
「ミリアたち・・・元気かな」
それでも今は、やる事がある。
世界の為、と言っては大げさかもしれないが。
リーンは大賢者・メビウスに会いに走った。
しかし、すぐに歩いた。
リーンは、走るのは苦手だった・・・
世界の為。
それは全く、大げさなどではなかった。
その頃遥か北の国では、また一つの大国がゼットたちの犠牲になっていたのだから。
世界はこのままでは、全てゼットに支配される。
リーンはまだ、そこまでの危機に気付いてはいなかったが。
賢者とは、精霊と心を通わせる者。
世界に数人しかいない、選ばれた人間。
魔法使いでも人間でもない、真の魔法使い。
それはまさに、古代人と近いものなのかもしれない。
噂だけの存在であるが、メビウスという名の大賢者がいる。
世界で最も、神に近いと言われる存在。
少女はたった一人、そこに向かっていたのだった。
夕陽の洞窟―――
何日過ぎただろう。
マザーには大金をもらっていたから、食料や衣服に困ることはなかったけど。
リーンは遂に辿り着いた。
「・・・もうっ」
自慢の美しい髪も、もう傷んでいた。
「夕刻まで、か・・・」
洞窟の入り口を塞ぐ大岩の前に、リーンは座り込んだ。
今はまだ昼だ。
「・・・。」
リーンは、ガルドの事を思い出していた。
自分はもしかして、彼のことが好きなのかもしれない。
まだよく、わからないけれど。
そしてシオンという男について、考えていた。
どんな人なんだろう。
ガルドは言った。
「人を明るくする人間」「勇者の素質がある」と。
あのガルドが、あそこまで他人をほめるなんて。
早く、会ってみたい。
そんな事を考えている内に、夕刻は来た。
ゴゴゴゴゴ・・・
不思議な事に、確かに大岩は動き、洞窟は開いた。
「・・・いくわよ」
リーンは深呼吸して、入った。
中はモンスターだらけだった。
まずコウモリ型モンスター「バット」「ジャイアントバット」「ヴァンパイアバット」「メイジバット」。
「コウモリのオンパレードね・・・」
更に進むと、鬼型モンスター「ゴブリン」「オーク」「オーガ」「デーモン」。
「鬼のオンパレードね・・・」
それでもリーンは、負けじと進んだ。
彼女の魔力は、並の魔法使いの数倍はあった。
ちなみに武器は、「珠」を使う。
武器というか、魔力を高める「アイテム」なのだが。
「こんな所まで・・・よく来たのう」
最奥部には、大きな杖を持った老人がいた。
「あなた、メビウスさん?」
「いかにも」
「良かった・・・やっと会えた」
リーンは今までのいきさつを、メビウスに語った。
「なるほど。世界を救うため、精霊の力が必要か」
「そうなの。ところであなたは、なぜこんな所に?」
「わしは古代人の生き残り。学者たちが研究材料に、わしを捕らえようとしておるからな」
「まあ」
「リーンといったかの」
「ええ」
「多くの知識、多くの経験。清い心と、強い魔力。その全てが、賢者の条件じゃ」
「はい」
「賢者とは、なろうとしてなるものではない。素質があれば、いずれきっと声は聞こえる」
「なるほど・・・」
「わしが話せるのはそれだけじゃ。今はもう、わしはここから動ける力もないんじゃ」
「そんな・・・」
「何、わしももう長くない。ここでこうして、落ち着いて死ぬのを待つのじゃよ」
「・・・。」
「大賢者と言われるわしじゃが、最近は精霊の声も聞こえん。耳が遠くてのー。ほっほっほ」
「・・・。」
「もう行きなさい、リーン。君ならきっと、世界を救えるじゃろう」
「メビウスおじいちゃん・・・」
リーンを、優しい光が包んだ。
そして、気付くと地上にいた。
「ロマスには、強力な魔法使いがいる。きっと力になってくれるじゃろう。がんばるんじゃよ、リーン」
頭の中に声が響いた。
「ありがとうおじいちゃん・・・わたし、がんばるっ」
リーンはロマスへと向かった。
その頃、北では―――
バトロイド城を手に入れたゼットたちは、次の計画を進めていた。
ゼットはとにかく、モンスターを倒して修行していた。
それを見たジェノは、思った。
さすが北の地域のモンスター共は、束になればこのゼットに、多少なれど傷を付けられる。
強いのだ。
これもまた・・・利用できる。
そしてこの地域には、多くの魔法使いがいる。
そろそろ魔法使い共を、我らの仲間に迎えるべきかもしれない。
一気に配下を、増やすのだ。
ジェノはゼットに提案した。
ゼットは言った。
「言ったはずだ。私は世界に興味は無い。好きにしろ」
もうその顔に、かつての面影は無かった。
ジェノは早速、シルヴィスとグレイヴに指令を下した。
「グレーデルの東へ向かえ!そしてグレイヴはモンスター、シルヴィスは魔法使いを我が軍に引き入れるのだ。逆らう者は皆殺せ!」
「ははっ」
二人は東へ向かった。
「ゆくぞ、ダーク」
「は・・・ジェノ様」
そして自身も、ダークを連れて西へ向かった。
世界の闇は、遂に世界の制覇に向けて大きく動き出したのだった!
一方、シオンは―――
勇者。
いずれそう呼ばれる事になるこの男は・・・
肉まんを、食べていた。
「うまいなーこれ」
「・・・。」
「・・・。」
「世界には、シルフ島にはない味ばかりだ」
「そりゃそんなド田舎だもんな。って!緊張感がねーよな」
「全くだ」
三人は、北へ向かっていた。
ジョーも修行の成果を見るため、遂に北へ行く決心をした。
北の地域・グレーデル―――
いきなり氷のモンスター「アイスマン」、雪男「イエティ」が襲いかかる。
「うおっ」
シオンは不意討ちを喰らった。
「はっ!」
ドランは地の魔法「グランドブレイク」を放った。
アイスマンとイエティは、ジャンプしてそれを避けた。
そこに
「『サンダーボルト』ォ!」
ジョーは新技を放った。
アイスマンは大打撃を受け砕け散ったが、イエティは生きていた。
「フガ、フガ!」
「あり?」
イエティの一撃をもろに受け、ジョーは吹っ飛んだ。
「『ファイアブレード』!」
シオンは剣に火の力を込め、イエティを切り裂いた。
ガルドの「火炎斬」と、同じような応用技だ。
「全くジョーは・・・あそこは範囲が広い『サンダーストーム』でしょ」
「悪い悪い、新技を試したかったんよ」
「早く行こう。ここは強いモンスターが多い」
三人は少しずつ魔法の研究と、絆を深めていった。
「そろそろ魔法使いの力を借りたい。皆が協力するべき時なんじゃないのかな」
シオンはそう言った。
魔法使いの力を得る事ができれば、ゼット達を倒し、世界を救う大きな助けになる。
ヴィオラは村から動けないようだし、他の魔法使いも、仲間になってくれるとは限らない。
それでも今は、とにかく少しでも味方がほしい。
魔法使いたちとの親睦を深めるためにも、彼らは北へ向かった。
西の地域ラークの魔法使いは、皆金で動くような者たちであった・・・
「ところで」
「何だシオン」
「ト、トイレ・・・」
「・・・やれやれだぜ」
北は、寒かった。
「しかしジョー、あの時北に行かなくて本当によかったよ」
「だろ?だから行ったじゃねーか。ここのモンスターは桁違いに強いんだよ」
「そろそろ、魔法使いの村へ着くようだ」
ドランは真面目で、冷静だった。
彼は兄の事を心配していた。
自分が目を覚ました時、兄ディランはいなかった。
無事だろうか・・・?
死体は、無かった。
シオンもまた、ガルドの事を心配していた。
やはり東に戻るべきだったか?
でも戻っても、ガルドやゼットがいるかはわからない。
ゼットがいても、まだ負けるだろう・・・
とにかく今は、強くなって仲間を得る事だ。
ジョーは、なるべくシオンに協力してやろうと考えていた。
それぞれの思いを胸に、北の地域での冒険は始まった。
三人は魔法使いの村々を回ったが、やはり魔法使いは人間に協力する気はなさそうだった・・・
「どうする?」
「とりあえず、次に行こう」
三人は諦めず、少し大きな魔法使いの村「コガ村」へと向かった。
その頃、ガルド―――
「だっこー!」
「・・・。」
「おんぶー!」
「・・・。」
「つかれたー!」
「・・・やかましい、いい加減にしろっ!」
「・・・こわい」
メイは目に涙を溜め始めた。
「・・・悪かったな」
彼は、困っていた。
初めて子供というものに触れた。
何と・・・面倒臭いのだ。
「(俺も、こんな感じだったのか!?)」
ガルドはまた一つ、父に感謝した・・・
「ねえねえ。て、つないで」
メイが手を出してきた。
「・・・。」
ガルドは、右手を差し出した。
かつての斬鬼が、子供と手を繋ぐとは。
しかしガルドは何故か、そう悪い気分ではなかった。
盗賊が、現れた。
「おい兄ちゃんよ」
「金目のモン出しなあ」
ガルドはまだ、西にいた。
ここ西の地域・ラークでは、モンスターよりも人間の方がタチが悪い。
「・・・嫌だと言ったら?」
「殺して奪うんだよお!」
「・・・こわい」
メイが、恐怖している。
ガルドは思った。
守るぞ。
「俺を知らんのか」
「しらねーよ」
「誰だオマエ、バカか」
「・・・。」
さすがにラークまでは、斬鬼の名は広まっていないらしい。
武器を持った男が、七人。
さすがのガルドでも、メイを守りながらでは少々辛い。
「オラア!」
「出せやコラ!」
ガルドは、最大の危機に瀕していた。
「まったく・・・運が悪いな、俺もお前も!」
ガルドは勢い良く、刀を抜いて叫んだ。
「クッ・・・」
威勢とは裏腹に、防戦一方だった。
「こいつ強いぞ、ガキから狙え!」
「やめろ!」
最初の一「斬撃」で、盗賊一人を倒したガルド。
それからメイを狙われ、この様である。
「(俺の剣は、守る剣ではない・・・攻める剣だ。いや!攻める剣では、足りない!?)」
ガルドは何かを、ひらめいた。
肩に付けた鉄の防具は、もう限界だった。
「ガルド・・・こわいよ」
「・・・俺が必ず守ってやる!」
メイは、すぐに自分の名前を覚えてくれた。
ガルドはメイを片手で持ち上げ、刀を水平に持ち、大きく回転斬りをした。
「大車輪」。それは盗賊を一気になぎ倒したが、同時に彼らの武器をもろに受けた。
「ぐはっ!・・・うおおおっ」
ガルドはメイを抱きながら、走る。
「十字斬り」、「大文字斬り」、「凶文字斬り」。
どんどん限界を超えて、斬ってゆく。
「う、うわああっ」
最後の一人に、「瞬殺剣」。
ガルドはメイを抱きながら目を手で覆った。
最後の盗賊の一人は、血しぶきをあげて死んでいった。
「メイ、大丈夫か」
「うん!」
「メイ・・・ありがとう」
ガルドは生まれて初めて、他人にちゃんと礼を言った。
「俺はわかった。俺には二つの剣が必要だ。攻める剣と、守る剣。二刀こそが俺の道」
ガルドは、決めた。
「(両手でそれぞれ、刀を扱えるようになるぞ)」