Prologue
神は、全てを見てきた。
遥か昔・・・世界には多くの動物と、モンスター、人間、魔法使いたちがいた。
モンスターと人間たちは対立し、各地で争っていた。
また動物は時には人間と共存し、時にはモンスターと共に行動していた。
そして魔法使いたちは、全ての生物の中立の立場の存在として、各地に村を作り、単独で行動していた。
魔法使いたちの村の一つ、インディス村。
その村長・ゴーゲンのもとに、一人の男がやってきた。
男の名はバンといい、この村から遠く離れた人間たちの村の戦士だった。
「村長、どうかお力を貸していただきたい」
彼はゴーゲンに、魔法使いたちの協力を仰ぎに来たようだった。
「最近のモンスター共は知恵をつけています。中には人間語を話すものや、魔法を使うものまで・・・このままでは我々は、モンスターに皆殺しにされてしまいます!」
遥か昔から、人間とモンスターは争ってきた。
人間はモンスターを危険な敵と見なし、またモンスターも人間を賢い食糧と見なしていた。
「うむ・・・しかし、我々は中立の立場。人間かモンスター、どちらかに味方することはできんのじゃよ」
モンスターは、魔法使いを襲いはしなかった。
魔法使いたちには、神に授かった「魔法」があるからだ。
「・・・そうか」
バンは諦めたように、立ち上がった。
「遠くからわざわざ来てもらって、すまんのぅ」
「・・・あんたらの意思はわかったよ。邪魔したな」
バンは態度を変えて、そう言って去っていった。
「村長」
村長の側近・ダマラが言った。
「少しくらい人間に協力してやっても、良いではないですか」
「いや・・・我々は完全な中立の存在であるべきじゃ。神に授かった力を、むやみに振りかざしてはいかんのじゃ」
「・・・。」
その夜―――
ダマラは家に帰って、妻・デラと息子・ジェノに今日のことを話した。
「まったく村長は頭が堅い。これではせっかくの我々の力も、生かしきれん」
銀髪の青年・ジェノは言った。
「そんな事より。なぜ村長はそのバン、とかいう男を放っておいたんだ」
ダマラは言った。
「というと・・・?」
「そいつは魔法使いをなめている。村に戻って、他の人間共に何を言いふらすかわからない」
彼は天才だった。
幼い頃より高度な魔法を使いこなし、他の魔法使いや人間たち、全ての存在を完全に見下していた。
「まぁ何を言われようが中立を保つ、というのが村長の考えなんだよ・・・我々は、それに従うしかない」
「それだけじゃない。そいつの態度、この村に恨みをもって、いつ襲ってくるかもわからない」
「おいおいそれは考えすぎだ・・・お前の頭がいいのはわかるが、それはさすがにないだろう。思い通りにならなくて、腹が立っただけさ。それに襲われても、我々には魔法があるじゃないか」
「・・・。」
ジェノは外に出て、青い狼型のモンスター・グレイヴの下に歩み寄った。
このモンスターは数年前に、傷だらけでこの村に迷い込んだ。
魔法使いたちは村長の命により、モンスターと戦うこともモンスターを治療することもできず、ただただグレイヴを囲んで見ているだけだった。
そこに少年・ジェノが現れ、グレイヴに向けて火炎弾を放とうとした。
グレイヴは瀕死だったが、ひたすらジェノを睨んでいた。
一歩も退かないグレイヴの誇り高さが気に入って、ジェノは彼を始末するのをやめた。
そしてジェノは村長に許可をもらって、グレイヴと共に生活するようになった。
それ以来グレイヴはジェノの忠実な友として、一緒に生きてきた。
全てのものを見下すジェノにとって、彼はモンスターではあるが唯一尊敬できる仲間だった。
「グレイヴよ・・・この村は滅びるかもしれん」
グレイヴは言葉をもたないが、ジェノの眼をずっと見ていた。
「この村の連中は馬鹿ばかりだ。私以外の誰も、与えられた力を使おうとしない。父もそうだ、村長の言うことを聞くだけだ」
グレイヴはじっと、ジェノの方を向いている。
「今日の男が来るかどうかはわからんが、嫌な予感がする。今回の事で何も起こらないとしても、いつまでもこんな中立の立場でいては・・・いずれこの村には、災いがくるだろう」
「・・・。」
数日後―――
ジェノはあれからグレイヴと共に、より一層魔法の修行に励んでいた。
ジェノは全ての属性の魔法を使いこなし、グレイヴもまた風の魔法を使えるようになった。
能力の高いモンスターは、魔法使いほど強力ではないが、魔法を使える。
それだけに人間たちは、焦っているらしかった。
「フン、お前は賢いな」
グレイヴは、ジェノを見つめている。
「グレイヴよ・・・嫌な予感がする」
先日のジェノの嫌な予感は、どうやら今日が頂点に達しているようだった。
彼の嫌な予感は、よく当たる。
予知というのも、一種の魔法なのである。
彼にはそれだけ、魔法の才能があった。
その夜―――
全ての家が寝静まっているインディス村。
そこに、戦士の集団が足を踏み入れた。
「何か用か?」
だが一人、起きている者がいた。
もちろん、ジェノだった。
その隣には、グレイヴがいる。
「・・・おい、見ろ!こいつらやはり、モンスターと組んでいたんだ!」
戦士の集団のリーダーは、やはり先日のバンだった。
「本当だ!危ねぇ・・・同じ人間のくせに味方しないなんて、おかしいと思っていたんだ!」
「モンスターの味方だったんだな!」
戦士たちは次々と、インディス村を敵と見なしていった。
「・・・フン、それで満足か?バン」
「!」
「先日の腹癒せにしては、随分派手な事をやってくれるな」
「貴様・・・」
ジェノは「グレイヴを隠しておけば良かった」などとは思わなかった。
彼は自分の力には十分自信があったし、実戦で試したかった。
今回の事は、その絶好の機会であった。
「・・・殺せ!皆殺しにするのだ!」
バンがそう言うと、戦士たちは武器を構えた。
「おいおい、馬鹿か貴様ら。魔法使いの力が欲しいなら、少しは残しておいて、無理矢理協力させるべきだろう」
ジェノは魔力を少しずつ解放した。
彼の両目は赤く光り、その周囲の空気は震え始めた。
「だ、黙れ!この村を滅ぼせば、他の村の魔法使いたちは我々を恐れて従うだろう!なめるな、小僧!」
バンはジェノに斬りかかった。
ジェノは左手を前に出し、氷の魔法を使った。
バンの右手は凍りついてしまった。
そこでグレイヴが風の魔法を使うと、バンの右手は粉々になって吹き飛んでしまった・・・
「う、うわあああっ!悪魔だ、悪魔の力だ!」
「フン、言ってくれるな・・・悪魔か。だが悪くない」
ジェノは妖しく笑った。
「来い雑魚共!」
ジェノは両手を広げ、雷の魔法を使った。
青紫の雷が走り、戦士達の命を次々に奪っていく。
「ぐあああっ」
「ぎゃあああっ」
「フン、そんなものか?」
「死ね、小僧ー!」
後ろから、片手のバンが襲い掛かる。
ジェノは後ろを見向きもせずに、地の魔法を使った。
地震でバンはよろけて倒れ、グレイヴに噛み殺されてしまった。
戦士たちは、早くも全滅した。
しかしジェノは気付いた。
「(死骸が一つ足りない・・・一人、逃げたな)」
次の朝―――
「父よ、見ろ」
ジェノは昨日の事をダマラに話した。
「これは・・・」
ダマラは驚愕した。
我が息子の力が、これほどだったとは。
二人は村長の下へ向かった。
「村長、大変です!やはり先日の人間たちは、我々を恨んでいたのです!」
ゴーゲンは、静かに言った。
「グレイヴを見て、勘違いしたのじゃろう。無駄な争いはやめなさい」
「!?」
ジェノもダマラも、驚いた。
「村長!次はいつ、あの村の戦士が襲ってくるかわかりませんよ!」
「昨日この村で死んだ戦士は八人・・・どれも格は高そうじゃ。もうこれ以上、戦士はやっては来んじゃろう」
「・・・。」
「ジェノ、まだ嫌な予感はするのか?」
「・・・ああ」
その日からダマラとデラも共に、魔法の修行に励んだ。
ダマラは火の魔法、デラは氷の魔法を使う。
そしてジェノは左利きだったが、右手を使う練習もした。
いざという時、小さな事でも全てが役に立つ。
「(私は土壇場で、後悔したくはない・・・。)」
彼は天才だが、努力もする男だった。
数日後――
やはり、人間たちはやって来た。
前とは違う戦士たちだった。
しかも数十人もいる。
「この村の魔法使いどもは、モンスターの味方をしているらしいな!」
前の戦士よりも、随分強そうだ。
そのリーダー・ガインの傍らには、先日の村の戦士がいた。
「(やはりあいつ・・・逃げて他の人間に伝えていたか)」
ジェノは言った。
「おい貴様、そいつに何か吹き込まれたんだろう。勘違いの為に命を落とすとは、馬鹿らしい事になるぞ」
「ふん、この村にモンスターがいて、そいつが貴様らの味方をしているのは事実!皆殺しにしてくれるわ!」
「村長!」
「うむ・・・仕方あるまい」
ゴーゲンは遂に、人間と戦う許可を出した。
インディス村の魔法使いたち十数人は、長く戦っていなかった。
その為魔法という力を持っていても、戦闘に上手く使えはしなかった。
向こうはまさに戦闘のプロである。
魔法は無くともその力・武器で、次々と魔法使いを殺していった。
あっという間に、残りは四人と一匹だけになってしまった。
「こいつら・・・前の戦士とは格が違う」
ジェノは焦った。
今まで誰かに負けた事などない。
親にでさえもだ。
「はぁっ!」
ダマラは火炎壁を作ったが、戦士たちは上手く防具で防いだ。
向こうはまだ二十人はいる。
ジェノは左手で光球を放ち、爆発させた。
その瞬間一人の戦士に、左腕を捕まれた。
「見た所お前は左利きらしいな・・・へし折ってやろう!」
ジェノは素早く右手で重力波を撃ち出し、その戦士を防具ごと破壊した。
「あいにく私は両利きだ」
「ぬんっ」
ゴーゲンは雷の魔法を放った。
村長だけあってその力は強大だったが・・・
「村長!」
全ての魔力を使い果たし、ゴーゲンは倒れてしまった。
ガインは言った。
「『サンダーストーム』・・・それが最後の魔法か」
人間たちは、魔法使いやモンスターの使う魔法を研究していた。
「喰らえ!」
その時一人の戦士の刃が、デラを襲った。
「デラ!」
「母さん!」
「あなた・・・ジェノ・・・」
デラは最後の力を振り絞って、氷の魔法を使った。
「ダイヤモンドダスト」。
それは多くの戦士を倒したが、まだ十数人残っていた。
「人類の敵め、滅びよ!」
「・・・許さん」
ジェノは怒った。
彼は母の事も見下してはいたが、好きだった。
初めて家族を傷付けられ、彼は怒った。
「死ね!」
ジェノの闇と、グレイヴの風が混ざり合う。
「ぐはっ」
「ぎゃっ」
「ダークストリーム」は、戦士を半分にまで減らした。
「はっ!」
ダマラは火の魔法「エクスプロージョン」を放った。
大爆発が戦士たちを襲い、残る戦士はガインと他四名となった。
「決着をつけるぞ!」
ガインたちは一気に襲って来た。
戦士の鉄球により、ジェノは弾き飛ばされた。
「(しまった!)」
魔法では防げなかった。
魔法は発動に、多少時間がかかるからだ。
グレイヴは、ジェノを守る為走った。
グレイヴの起こした「ハリケーン」は、ジェノを狙う戦士の首を落とした。
しかしグレイヴが離れたその隙に、ダマラはやられてしまった。
「父さん!」
「ぐあっ・・・ジェノ、すまん・・・」
ダマラは倒れた。
残る戦士は、ガインと他三人。
ジェノは怒った。
全ての魔力を解放して、大地震を起こした。
「うおっ」
「何っ!?こいつ・・・まだこんな力を」
グレイヴも大風を起こし、戦士たちは全て刻まれた。
「ぎゃあああーっ!」
「おのれ、小僧ー!」
そして村には、多くの死骸とジェノ、グレイヴだけが残った。
「父さん、母さん、村長、みんな・・・」
見下してはいたし、そう親しくもしてはいなかった。
それでも、思う所はあった。
「・・・グレイヴ」
グレイヴは、じっとジェノを見ていた。
「私が武器を持っていれば、父は助かった」
「・・・。」
「私は己の魔力を過信していた」
「・・・。」
「グレイヴ、私と共に来てくれ。私はもっと強くなる」
グレイヴは頷いた。
「そして・・・人間共を皆殺しにしてやる!」
こうして彼の精神は、更に歪んでしまった。
遥か昔、ジェノはグレイヴと共に、世界へと旅立った。
それがこの先、この世界全体の運命を変える事になるのだった。
神は、全てを見ていた。
だが何も、できなかった。