はいぱ~ららら
「らんららら~~」
とある喫茶店。
客足はぼちぼち。家族連れ、友達、サラリーマンの帰り。様々な人がここで飲み物と、軽食を楽しんでいる頃だった。
「ららら~~」
4人席の一つのテーブルを使う、3人の娘がいた。隣の空いた椅子にランドセルを置いて、気分良くリズムに合わせて口ずさんでいる阿部のんがいた。
小学校の帰りにこの喫茶店で仲間とお食事をしているのである。
「どうしたの、のんちゃん。機嫌良いね。何かあったの?」
「はい!」
のんちゃんのご機嫌が気になっている、黒髪のツインテールの女子大生。沖ミムラはカフェオレを一口しながら、ご機嫌の理由を尋ねた。
「のんちゃん。何かを歌いたいんです!」
「へぇ~。それはとても突拍子だね!」
「これから歌手にでもなろうかなと、歌を毎日練習したいです!」
そう思って、口ずさんでいるのはどんな人も歌いそうな『ららら』ってわけか。そうなんだと、ミムラは頷いた。
そして、ミムラの隣でケーキを食べながら、純粋無垢なのんちゃんに痛烈な一言を浴びせる高校生、裏切京子がいた。
「けど、歌うのは気持ちいいけど、美しい声でなければただの迷惑よ。練習も無駄だわ」
「うっ!」
「裏切ちゃん、辛辣過ぎるよ……」
「のんちゃん始めたばかりだもん!まだ下手だもん!でも、練習するもん!広嶋さんが聞き入るくらいの歌声を出せる練習するもん!」
「あ~~?子供が何言ってるのよ!歌で広嶋様をたぶらかそうとするつもり?この裏切!そんな野心があるお子様は、見過ごせないわ!邪魔してやる!」
「お、お、落ち着いて!2人共!とりあえず、裏切ちゃん!謝って!邪魔するなんて酷い!」
ミムラにそう言われても納得できない裏切。頬を膨らませながら、ケーキをパクリ。のんちゃんも、ココアを飲んでひとまず落ち着こうとしていた。
夢のあることであるが、それは子供だから思える純真さ。それを楽しもうとする心は、誰にも咎められるものではないだろう。
「あっ、そうだ。アシズムさーん」
そこでミムラは思いつく。ここの店主である、アシズムを呼んだのだ。
「どうしたんだい、ミムラちゃん」
「あの、ここにカラオケセットを用意してもいいですか?のんちゃんの歌の練習や、私達のストレス解消に!」
「それは随分なことだね。構わないけど、お金は出さないよ」
「大丈夫です!懸賞とかで当てます!私の”天運”なら、一発です!」
「ああ、そう?」
◇ ◇
そんなわけで2日後。ミムラがどこかの懸賞かなんかで当てた、カラオケセットがこの喫茶店に運ばれたのであった。
「喫茶店なのに、スナックみたいになったね」
「置いていいって言ったのはアシズムさんですよ?いいんでしょ?」
「まぁいいけど。昼間はダメだからね、お客さんに迷惑を掛けない程度にね」
アシズムが設置を完璧にし、喫茶店にカラオケスペースが誕生した。のんちゃんは緊張しながらマイクを両手で持って、ミムラが歌う音楽を決めようとする。裏切が納得するような、歌を歌えるように練習しよう。
「のんちゃん、何が歌いたい?」
「えっとですね」
「あ、私もそれを歌っちゃおうかな。久々に私の歌声を披露しよう」
「ホントですか!?」
こうして、2人の歌の特訓が始まった。
一流の音楽を生むわけではない。ただ、上手くなろう。楽しくやろう。そんな気持ちで真剣に歌っていく。
学校が終わったら、3時間。夕食と共に歌の練習を2人でしていく。これを平日5日、4週間で20日。60時間に迫る歌の練習。
最初は勢い。のんちゃんが楽しかったという理由で歌を続けてみた。けど、習慣づいていくとそれはお稽古だ。何か、理想と違う気がする。そーゆうことなんだって、少し大人のミムラからの厳しい気持ち。
手にしたい物。少しだけ、近づけること。
気付けることで、初めて遣り甲斐があったと分かる。歌い終わった後、前より点数が上がっていくことも最初のモチベ。一緒に歌ってくれる人がいて、聞いてくれる人がいて、マイクに声を当てて、時折。その気分で踊ってみて。
頭が良いほど、限界とか。ここまでって、経験値のMAXが見えてしまう。でも、ああ。そうかな。
MAXに辿り着いて、山頂に辿り着いたみたいに息を吐いて。思い知った。自分の無力さ、それでも自分がやり切ったこと。ミムラとのんちゃんは声を合わせて確認した。
「「完璧だね!」」
◇ ◇
そんなこんなで、1ヶ月ちょっとの歌の練習を経て。のんちゃんを馬鹿にした裏切に、否。練習を否定したことに声を張り上げるべく。お客様の前で歌唱ショーをすることにしたミムラとのんちゃん。結構、緊張しながらの決断。
その日、ミムラの友達やのんちゃんの友達が来た。
「ミムラとのんちゃんが歌を披露するんですって、広嶋様」
「なんでそのために、俺。東京まで来なきゃならんのだ」
「2人が歌った後は、あたし達もいい?」
「なんでデュエットだ、……俺は歌に興味ない」
「はははは、凄い盛況だね」
なんか色々と。
「へー、シャレた喫茶店もあるのね」
「いかんなぁ、若い者ばっかりだな」
「たまにはパァーッと宴するのも悪くねぇーな」
「ミムラー!色々連れて来たぞーー!」
それはもう
「なんか同窓会みたいだね」
「っていっても、1ヶ月ぶりだったりするしね」
「盛り上がるならたくさんいた方がいいでしょ!!さー、出てきなさーい!」
男女合わせて40人以上が来ていた。
「ミムラさ~ん!聞いてないですよ~!!」
のんちゃん。この大人数の中、歌を披露することを知ってミムラの胸倉を掴んで抗議を始めた。てっきり、裏切と広嶋の仲間くらいかと思っていたのに。
「ご、ごめーん。多い方が良いと思って、呼びすぎちゃった」
「緊張しますよ!のんちゃん、自信がなくなって来ましたよー!」
「大丈夫だよ!私達、きっと本番に強い!!っていうか、いつも通り誰もいないと思って歌を歌うだけ!行こう!」
のんちゃんに躊躇を生ませぬよう、ミムラは手を引っ張って無理矢理カラオケセットのところへ連れて行く。そこからはもう、ミムラのペースというか。いや、雰囲気のペース。
「の、のんちゃんは!1ヶ月、歌の練習をしたので!上手くなってると思いますので!歌います!!」
「私、ミムラも歌うからねー」
好きで歌うのと、こうして歌うのは本当に別。どんな顔をして、どんな気持ちで聞いているのかな。
眼を瞑って。練習したように喉を使って、不安を紛らわすように踊って、心の緊張を解いていく。こーゆう時に、そう。無我夢中になれることくらいが、良いのかな。
歌っていて、聞いている人の声がちょっと聴こえる。知ってるみたいに歌詞の後を口パクで続けていく。
音楽が終わってホッとした後、練習にはなかった。拍手と声援が来た。
パチパチパチパチ
「あ、あ、……」
途端に、なんかやり切ったと感じて。練習を終えたのとちょっと違う達成感が嬉しくて、後ろに少し下がってしまって。
「上手い上手い!」
「全然良かったよ」
「ミムラ!歌ってなかったじゃない!口パクは良くないわよ!」
「あ。バレちゃった?」
「でも、のんちゃんのソロ、良かったよー!」
「う、上手いのね。歌……のんちゃんのくせに」
祝福を理解すると、顔が赤くなって嬉しくて……
「あ、ありがとうございます」
のんちゃん、一礼。
「可愛かった」
「え?広嶋様、何か言いました?」
「いや、何も言ってねぇ」
その後の流れはもう、同窓会と飲み会とのノリである。のんちゃんの歌の後には歌いたい奴が歌って盛り上がるのであった。
本気で歌ったのんちゃんはもうそれで結構疲れていたが、
「のん」
「は、はい!」
「歌、上手かったぞ」
ちゃんと1対1で言われると。それがなんであれ、誰であれ。嬉しいことだろう。もうちょっと、そう。こう。MAXを超えることができなくても、MAXを維持するのも良いよね?
「もっと上手くなるのか」
「!が、頑張ってみます!のんちゃん!できます!」
「まぁ、好きに楽しくやれよ」
練習したら、良い事はあるみたいだ。
練習のところに歌詞を入れようかと思ったが、著作権とかになるとか思って消してみた。そしたら、練習の雰囲気が消えた模様。
ま、いいか