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その日は珍しく、土居捜査一課長が捜査会議が始まる前からモニター前の席で踏ん反り返っていた。そこにいるだけで存在感があって、管理官の怒号よりも多くの者を萎縮させる。
酒井にとっては、何のために彼がそこにいるのかが明白なせいか、大して気にも留めていなかったのだが、隣に座る宇月が何やらずっとそわそわしていて、いつもの剽軽で調子の良い雰囲気が全く霞んでしまっている。
峰村詩乃が図書館で読んでいた旧約聖書から青薔薇連続殺人事件と関連する証拠が見つかり、捜査本部はその方向性を一変させた。青薔薇連続殺人事件と松木茂殺害事件は同一犯による犯行だと決定づけられ、警視庁との合同捜査が開始。峰村帝一点に向けられていた捜査は、峰村詩乃にも向けられ、しかし表向きは峰村帝だけを指名手配する形で緊急配備が敷かれることとなった。
峰村詩乃は青薔薇連続殺人事件の3名、及び松木茂殺害容疑が、そして峰村帝はこれらの事件における殺人幇助の容疑がかけられている。だが、峰村詩乃については少年法の適応となり、大々的に指名手配をする事は困難だった。彼女の正確な年齢が定かではなく、城宮の証言によって15歳から18歳の間であると推測はされているが、この問題が今回の指名手配に当たって大きな論点となっていた。戸籍上存在しない峰村詩乃の本当の年齢を知る事は不可能で、もし峰村詩乃が14歳未満であった場合、彼女に刑事責任を問う事は日本の法律上できなくなってしまうからだ。
刑事責任が問えない年齢であれば、指名手配もできない。そして峰村帝に一連の事件の殺人幇助の罪がある以上、彼だけに刑事責任を問うしかなくなってしまう。
折角事件の真相に大きく近付いたというのに、厄介な事態だった。結果として、捜査本部は表向きでは峰村帝を追いながら、裏でこそこそと峰村詩乃の捜査を行うしかなかった。
これら全てに関わっていると想定される教団「 」の存在も捨て置けない。捜査一課は公安に協力体制を依頼し、教団と殺人事件の両面から峰村詩乃及び峰村帝確保への捜査を行うこととなった。
土居の話によれば、公安は随分と渋い顔をしていたようだ。そもそも峰村詩乃の存在自体が公になることを想定していなかったようにも受け取れる。彼女は峰村帝の裏に隠れ続けていた存在で、そもそも世間的には存在しないことになっている。しかし、捜査一課が峰村詩乃という存在に気が付き、そんな彼女に殺人容疑がある以上、捜査一課からの要望を無下にできない状況だったのではないだろうか。土居自身が峰村詩乃の存在を知っていたことも大きな理由の1つだろう。
兎も角、峰村詩乃にも峰村帝にも、もう逃げ道はないように思えた。事態は大事になる前に終結するように思われていた。
天羽源十郎が殺されたとの情報が入ったのは、それから間もなくのこと。
閑静な住宅地の一画で、日中に発砲音が響き渡る。何故天羽源十郎がそこにいたのかも、誰が彼を殺害したのかも明らかになっていない。
遠方から頭部を狙撃された彼は、即死だったそうだ。発砲音を不審に思った住宅地の住人が辺りを捜索し、血溜まりに倒れている天羽源十郎を発見した。
この件について、土居がこれ好機と公安を随分と追求したようだ。このタイミングで天羽源十郎を釈放するべきではなかったし、教団を追っていた公安にとって、これは大きな痛手なのだと。この重大なミスを土居が大声で周囲に言いふらし回った結果、公安は警察上層部から追求され、峰村詩乃及び峰村帝確保への捜査が滞ってしまっている。
その点においては土居の思惑通りだ。結果として峰村詩乃及び峰村帝確保への捜査の主導権は捜査一課が握ることになり、真実を公安に握りつぶされる前に、両者の確保に向けて動く事ができる。
しかし、やはり懸念すべきは、峰村詩乃に刑事責任を問えるかどうかという問題だ。
大きな事件には、それなりに納得できる結末が必要だ。事件の真相が逮捕すらできない少女による犯行だと、果たして上層部も世間も納得するだろうか。
それなら、全て峰村帝の仕業だとする方が何とも「わかりやすい」。どの道彼は事件に全く関わっていないわけではなくて、それならば主軸を峰村帝としてしまった方が「納得がいく」終わり方だ。
公安はきっとそれがわかっている。隠蔽したい数々の問題もあれど、峰村帝が元凶だとしてしまった方が面倒な事態にならずに済む。
だとしたらやはり、全てが明らかになったとしても峰村詩乃に刑事責任を問うことはできないというのが、事の真相なのだろう。
一番厄介なのは、峰村帝自身すら全てを背負う気でいることだ。彼は娘に刑事責任を問えないことを知っている。知っているからこそ、完全に庇うことができると気付いている。教団にいた彼は教団がしてきたことも、これからしようとしていることも理路整然と語る事ができるであろうから、多くの者にとっては彼が犯人であると疑う余地もない。
だが、例えそうだったとしても、真実が歪められてはいけない。峰村帝に問うべき責任は、彼が関わった範疇であるべきで、全てを背負わなければならない理由など存在しない。
隙を突くことができるとすれば、やはり松田茂殺害事件だ。松田茂は20年前の事件とは関係がない。峰村帝の犯行動機を復讐と断定し、青薔薇連続殺人事件の全てが彼による犯行だったと決定付けられたとしても、20年前の事件と関係がない松田茂を殺害する動機が峰村帝にはない。
一体峰村帝がいつどこで、松田茂を知ることができたというのか。そこを追求されてしまえば、公安や峰村帝自身が語る「全ては峰村帝によるもの」という証言は破綻する。
峰村詩乃と峰村帝が接触できていない、峰村帝が松田茂の事件について語れない今こそ、最後の好機なのだ。
20年前と同じように、冤罪を作り上げてはいけない。例えそれが、本人の意志によるものであったとしてもだ。
次回投稿は6/23(日)
を予定しております。




