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大きな溜息をつく。
平日の真っ昼間。中学生は本来であれば、授業中のはずだ。そんな彼女が、一体いつここで事件があったことを知り、そしてここに来ることができるというのか。
城宮がそうして酒井を呼ぶせいで、野次馬の視線は自然とこちらに集まってしまう。
足早にその場を立ち去ろうとする。どうせ中には入ってこられないのだから、あの娘のことなど無視しておけば良い。
「あ、ちょっと!酒井さん!タンマ!待って!はい!そうやってまた私を無視するなら、酒井さんの恥ずかしい暴露話をしまーす!ひとーつ、先日、仕事中に間違えて女子更衣室に入って交通課の芦田さんに思いっきり引っ叩かれましたよねー!」
何でそんなことを知っているんだ。
こうやって彼女はいつも、彼女では知り得ないような情報を持ち出して、こちらを脅してくる。しかも今回の情報はやたら新しい。
「ふたーつ!清掃中のトイレで用を足そうと思ったら勢い良く滑って、股間丸出しで仰向けに倒れたところを掃除のおばちゃんに目撃されたー!!」
いや、その話をしたのは課内では二人だけだ。掃除のおばちゃんがそんな酒井の話を広める意味がないし、二人のうち一人は朝倉で、彼女が城宮に話すとも思えない。
宇月の顔を睨み付ける。あからさまに視線を逸らして逃げ出そうとする彼の肩を強く掴む。
「どういうことかな、宇月巡査部長。この話は君からあの子に洩れたとしか思えないのだけれど?」
「うーん、気のせいじゃないですか?」
「まさかお前、女子中学生と連絡取り合ってるのか」
「いやいや、誤解を招くような言い方しないでくださいよ。だって彼女は女子中学生である前にあれじゃないすか。逆らえるわけないって言うか」
「あれって?」
「惚けないでくださいよ。愛美ちゃんって警」
「みーっつ!!」
更に大きくなった城宮の声で、宇月の声が掻き消される。
これ以上彼女に自分の汚点を世間に晒されては、明日から街を歩けなくなってしまう。
宇月に知られている自分の汚点と言われれば、他には…。
「あー!わかった!!わかったから!今行くから待ってろ!」
野次馬の興味がこれ以上自分に向けられたくもない。
満足げに笑う城宮を横目に、酒井はテラスを離れる。慌てて階段を降りて、椅子に腰掛けて待っていた城宮のもとに近づく。
これだから、城宮と関わるのは嫌なのだ。嫌でも関わらざるを得ないことが、更に腹立たしい。
「名誉毀損で訴えるぞ」
携帯に目を落としていた城宮が顔を上げる。大きい瞳が酒井を捉えて、また憎たらしい笑顔を浮かべる。
小さい顔に白い肌。少し吊り上がった猫のように大きい瞳に、薄い唇。頭の高い位置で二つに結われた黒い髪は、毛の先まで艶やかで輝いている。「息ができるお人形さん」と宇月はよく例えているが、彼女の姿は確かに腹立たしいほど美しい。背が低く、細い体が更に人形感を増長させているのだろう。彼女の持つ独特でミステリアスな雰囲気も相まっている。
酒井からしてみると、人形なんて可愛い表現は納得がいかないのだが。
「未成年なんで訴えられませーん」
「知らないのか?未成年でも成人と同じように訴えられるんだぞ?」
「こんなことで、社会的評価は下がらないでしょ?酒井警部」
椅子から立ち上がった城宮が、こちらを覗き込んでくる。
ああ言えばこう言う。苛立ち反論すれば彼女の思う壺だ。
「くだらんことしてないで、学校戻れ学校。今何時だと思ってんだ」
「学校より事件の方が魅力的でしょ?で、今回はどんな事件?」
「誰が言うか。ほら、さっさと帰る」
「矢野崇って、よくテレビに出てた有名人よね。益枝事件と何か関係あるの?」
「あー、もう、マスコミや一般人はそうやってすぐ関連づけようとする。有名人以外共通点ないだろ」
「有名人が短い期間で2人も殺されたら、嫌でも関係あると思っちゃうでしょ」
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