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2025/11/17 ▶全体の流れの調整、読みやすさ改善のため、一部改編を行なっております。
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学生の頃に授業で習ったロシア革命についての知識は殆ど記憶にないが、状況は想像できる。
つまり天羽源十郎は、過激派と反過激派に分断された教団の中で命の危機を感じ、敢えて捕まったということだろうか。
『レフ・トロツキーは、スターリンと対立し、スターリン派だった暗殺者によって殺された。天羽は教団の対立の中で、それを悟ったんだと思うよ』
「だけど、捕まったところで国の法で裁かれる」
そうなれば、天羽に訪れるのは結局死だ。彼はその宿命から逃れることはできない。
『現実問題、彼は裁かれていない。今は、まだ』
亘の言葉にはっとする。胸騒ぎがして、酒井は唾を飲み込む。
嫌なのはね、と亘は言葉を続ける。『天羽が、機会を待ってるんじゃないかってこと』
教団が再結成される機会か。
拳を握り締める。
散り散りになった教団が再結成される。5年もあれば、十分な時間だろう。教団が再結成されれば、教祖奪還を目論むかもしれない。そしてもし、教祖が釈放されてしまったらーーー。
それは、自分の手で麗子の復讐を果たせる、絶好の機会だ。
『勝久、今、変なこと考えてるでしょ』
亘の鋭い指摘に、酒井は情けなくて苦笑する。
人の傷や痛みは、時間と共に自然と薄れていくと聞く。けれど酒井の場合、時間を重ねる度に心に強く刻まれていくような感覚に陥る。
それは、刑事として日々理不尽な生死に関わっているからなのか、それとも酒井の性分なのか。
だが最近、こうした終わりのない思考の渦に巻き込まれていく自分をまざまざと感じるのだ。
「バレたか」
今の自分に出せる最大限の明るさで茶化してみたが、亘には通じなかっただろう。
『何十年友達やってると思ってんの』
本当にな、と彼の言葉に自然と口角が上がる。そして、亘のような友人がいてくれたことに心底感謝する。
『勝久。麗子の復讐をしたい気持ちは俺が一番理解しているつもりだよ。俺は実際、いつでも復讐できる場所にいる。数メートル先にいるあいつを毎日見てる。自分の明日なんてどうでも良くて、いっそこの場で仲間に殺されてもいいから、天羽の首を絞めて殺してやろうって、何度も思う。でもそれじゃ駄目なことは、勝久もわかっているはずだよ』
電話越しに、亘に強く頬を叩かれたような気分になる。
「そうだな。すまん、ありがとう」
復讐を果たして、その先には何もない。一番守りたかった「正しさ」に背き、自らが犯罪者としての余生を過ごすことになる。
復讐の先に何もなかったとしても、罰が下されないのであれば己で罰を下す。そんなことが、この法治国家であってはならない。刑事として、そして亡き婚約者の意思を継ごうを決めた身として、そんな「正しさ」は許されてはいけない。
そんなことは、わかっているのだ。
『じゃあ、また何かあったら連絡するね』
電話が切れて、酒井はゆっくりと携帯から手を離す。
深い溜息が漏れ出す。急激に脱力感に襲われて、背もたれに倒れ込む。
一向に前に進めていない。麗子が死んだ5年前から、一歩も。それでは駄目だと幾度も自分を鼓舞しているのに、まるで何者かに足を強く引っ張られている気分だ。
足を引っ張っているのは自分自身だ。麗子を過去のものにすることを拒否している自分自身が、いつまで経っても同じことを繰り返す原因だ。
自分が変わらなければ何も変わらない。それは分かっているのだ。
顔を洗おうと酒井は立ち上がる。これ以上考えても不毛なだけだと、思考回路を放棄する。
周囲を見渡す。宇月は机に突っ伏して寝ていた。朝倉の姿が見えないが、仮眠室にいるのだろうか。
捜査本部の入り口から外を覗く。
廊下の向こう側が何やら騒がしかった。まだ朝の6時だと言うのに、管理官や長野県警の人間が行ったり来たりしている。
「どうしたんですか」
酒井が管理官に声を掛けると、丁度良いところに、と彼は汗を袖で拭く。「全員叩き起こせ。今すぐに」
「何かありましたか」
「百瀬が殺された」
次回投稿は2023/8/27を予定しております。




