表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽善悪  作者: 傘花
13.悔悟
110/211

13(14)

小説紹介PVをTikTok、YouTube、Instagramにて公開中


TiktTok:@kasa_hana


Instagram:kasahana_tosho


YouTube: https://youtube.com/playlist?list=PLt3PQbuw-r8O9HSlBuZ3glNfnbs2-4Al2

 困った様子で眉を顰める店員に無理矢理お金を手渡す。すぐにお盆に乗ったコーヒーとサンドイッチが出てくると、漸く観念したように桃子さんはそれを受け取った。少しして愛美のチキン南蛮定食も出てきて、2人はお盆を手に先程の席へと戻る。


「お金、明日返すから」


 お盆を机に置きながら、桃子さんは不貞腐れたように言う。


 たった500円程度に対して随分と律儀な人だと思う。大人しく奢られておけば良いのに、そんなことは彼女のプライドが許さないのだろうか。


 拒否をすればまた面倒なことになると、愛美はもう何も言わずにゆっくりと頷く。


「時間、大丈夫なの?」


 さくさくの衣のチキン南蛮を口に入れながら、ふと先程桃子さんが言いかけたことを思い出す。


 由緒正しき名家なら、自分とは違って門限も厳しいだろう。


 愛美と言えば、田崎花絵が仕事に来なくなって、すっかり自堕落な生活に戻ってしまっている。門限などないし、朝ご飯など食べずに昼過ぎまでゴロゴロとしているし、ご飯よりお菓子を食べている割合の方が多い気がする。


 けれど今の家政婦達はそんなことに文句は言わない。田崎花絵のように、やれ肘をついて食事を摂るなだの、やれ朝ご飯は食べろだの、そんな説教じみたことなど一切口にしない。そもそもそれが、家政婦として主人に仕える態度なのだと思う。


 彼女は今、元気なのだろうか。田崎廉太郎は待っていて欲しいと、愛美の元に必ず返すからと言っていたけれど、それは一体どういう意味なのだろうか。


「母には遅くなるって伝えているもの」


 コーヒーを口にして、桃子さんはふぅと息を吐く。


 お母さん。桃子さんは母親について行くと決めているから、今の自分の家庭が崩壊しても良いと思っている。それが、今の彼女の大きな原動力になっている。


「…ねぇ、桃子さん。桃子さんのお母さんって、どんな人?」


 そこまで信頼して、好きな物を好きなだけ食べられなくなっても、買いたい洋服を我慢しなければならなくなっても共に人生を歩んでいきたいと思える人とは、一体どんな人なのだろう。


 愛美には母親がいない。正確には、母親と言葉を交わした記憶がない。家族というものがどのようなものか知識としては知っていても、その尊さをこの身で実感したことがない。


 けれど、田崎花絵がずっと愛美に与え続けてくれていたものは、そういった家族としての尊さだったのだと思う。


「私の母は、父の言葉には従順だけれど、きちんと自分の中に芯がある人だわ。父は高圧的で利己的な人だけれど、母の意見は蔑ろにはしない。それは母が決して感情的ではなくて、自分の考えを理路整然と言葉にできる人だからだと思うの。母は自分のことを誰よりも客観視することができる。それって、簡単なことではないと思うわ」

「…凄い人だね」

「父も、母のそういうところに惹かれたのだと、前に聞いたことがあるの。けれど、結婚生活というものは、お互いがお互いに尊敬し合えなければ続けてはいけない。母は私のために父に従順でいてくれたけれど、多分ずっと父のことを尊敬できずに、許せずにいたのだと思う」


 きっと、桃子さんと桃子さんのお母さんは、何度も話し合いを重ねたのだろう。今の生活がなくなってしまうこと、金銭的に苦しい生活を余儀なくされること。桃子さんの意見を一番に尊重するために、桃子さんのこれからの人生を守るために、桃子さんのお母さんは凄く色々なことを考えたのだろう。


 桃子さんのお母さんを見たことも話したこともないけれど、そんな風に思う。


「城宮さんのお母様は?どんな方?」


 それは、桃子さんにとっては何と言う事の無い質問だったのだろう。愛美が聞いてきたから、聞き返した。その程度の事。


 けれど愛美にとっては、酷く重く、そして決して答えられない質問だった。


 少なくとも、以前までは。


 くすぐったい気持ちが胸が溢れ返る。自然と笑みが溢れて、そんな自分に自分でも驚く。


「私のお母さんは…凄くうるさい人、かな」懐かしい日々を思い返すように、愛美は窓の外を見つめる。「お行儀が悪いとすぐに指摘してくるし、門限にうるさいし、お菓子ばっかり食べてるとご飯を食べろって言ってくるし」


 田崎花絵と過ごした日々が、まるで昨日のことのように思い返される。そしてそんな日々をこれからも田崎花絵と共に過ごしたいと心の底から思う。


「でも城宮さん、何だか嬉しそうよ」

「え?…うん。でも、嬉しいのかも」


 会いたい。花絵さんに、会いたい。


 そう強く思えば思うほど、現状に胸が苦しくなる。


 どうして彼女は今、愛美の傍にいないのだろう。小春がいなくなって、詩乃がいなくなって、どうしたら良いかわからない心細さを埋めて欲しいのに、よりにもよって傍にいて欲しい時にいてくれない。


 花絵さんに会いたい。そんな想いだけが、愛美の心の中にぽっかりと空いた穴の中で、希望にも似た光を放っている。


 ーーー学生食堂に設置された大きなテレビモニターから、突然、速報を知らせる音が流れる。何事かと桃子さんと2人でモニターに顔を向けると、『西新宿のビルで立てこもり事件が発生』と、そんな文字が目に飛び込んでくる。


「物騒ね」


 言ったのは桃子さんだ。文字通り眉を顰めた桃子さんは、また一口コーヒーを飲みながら小さなため息をつく。


 時刻は18時を過ぎようとしている。モニターに映し出されているのはアニメ番組で、立てこもり事件の詳細は何もわからない。


 たった数文字の速報の文字を見ながら、何故だか酷い胸騒ぎがした。どのような胸騒ぎなのか、愛美自身でも言語化するのが難しい。敢えて言葉にするのであれば、この事件と詩乃が関係あるかのような、そんな嫌な予感。


次回投稿は7/28(日)

を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ