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当たり前だった日常が一変する
昨日まで隣で笑っていたはずの恋人が、変わり果てた姿で棺に収まっている。
もう二度と一緒に笑い合うことはできないのだという哀しみよりも、現実を受け止めきれない自分がそこにはいる。
これは夢なのだと。自分は長い長い夢を見ているのだと。
そしていつの日か哀しみを受け止めきれずに、想いは強い憎しみへと変わっていく。それは、現実を見つめるよりも、何倍も生きる原動力になるからだ。
哀しみを抱え続けて生きれば、人はいつか潰れてしまう。それならば憎しみであろうと強い思いがある方が、人は未来へと歩いていける。
大学図書館の窓際の席に座りながら、愛美は酒井がずっと抱え続けていたのであろう気持ちを少しでも理解したような気分になる。
天羽源十郎を殺しに行くのだと愛美に話したあの日から、詩乃は図書館に訪れることはなくなった。どういうわけか小春も司書を辞めてしまって、3人にとっての憩いの場所だと思っていたこの図書館には、今はもう愛美しかいない。
ずっと3人でいられるのだと思っていた。それくらいあの時間は愛美にとって楽しくて幸せで、何にも代え難いものだった。
結局、それは砂上の楼閣でしかなかったのだろう。だって愛美は詩乃の何も知らなかった。小春の何も知ろうとはしなかった。
当たり前に明日も続くのだと思っていた日常が、簡単に崩れ去る。さらさらと落ちていく砂の音が聞こえていなかったのは、きっと愛美だけだった。
横を見る。長くて真っ直ぐで艷やかな黒髪が、さらりと机に落ちる。細く白い指がその髪を耳の後ろに掛けると、儚げで美しい少女の横顔が現れる。
詩乃も小春もいなくなった。今、愛美の隣にいるのは、嫌いで憎くて仕方なかったはずの桃子さん。
その横顔を暫く見つめて、そして自分の新聞記事に視線を落とす。
何度も書いては消して、紙は擦り切れ皺が寄っている。
何度書いても何度書き直しても正解がわからない。自分達のしていることは、正義なのか悪なのか。
愛美は酒井のように、絶対的な正義の立場にいない。自分のした事に自分自身で責任を取ることができる年齢でもない。
それに愛美のしたことは、結局全てなかったことになるかもしれない。愛美の書いた記事で世論を動かすのだと桃子さんは言うけれど、そんなことが果たして叶うかどうかもわからない。
こんな大きな世界の中では、愛美の存在などちっぽけで取るに足らない。
「ちょっと良いかしら」桃子さんが既に書き終えていた記事を添削しながらそう言った。「ここなのだけれど、『なのだ』と言い切ってしまうより、読者に問いかけるような表現の方が良いんじゃないかしら。反対に、こっちの文章を断定する。その方が、貴方の伝えたいことをより読者に印象付けることができると思うのだけれど」
愛美が記事を書いて、桃子さんが校正をする。そんな作業をこの図書館で始めて、もう何日経っただろうか。
愛美よりも何倍も桃子さんの方が記事に対する熱量が高いように思う。愛美の書いたこの記事が本当に効力を発揮すれば、彼女の家は崩壊してしまうかもしれないのに、この世に生まれ落ちたその瞬間から血統書付きの由緒正しきお嬢様として生きていた人生が、一変してしまうかもしれないのに、そんなことはお構いなしのように思える。
「…そうだね。確かにそっちの方が良いかも」
「じゃあ、そう直すわね」
桃子さんの視線は再び記事へと戻る。そんな彼女の横顔を見ながら、愛美はぐっと決意を固くする。
憎み続けていた相手が死んで、それでも酒井は自分の刑事としての使命を全うしようとしている。
愛美も同じだ。教頭が殺されて、ずっと解放されたかったのに、自分の手で殺したいほど恨んでいたのに、その身の置き所がわからなくなっている。だから、こうしてその想いを記事へと叩き込んで、世間に訴えかけようとしている。
愛美も愛美の使命を、やるべき事を全うするまでだ。
決意と共にどこからか虫の泣き声がして、それが自分の腹の虫だと気付く。
「ねぇ、お腹空かない?隣に学食があるから、何か食べに行こうよ。確か、8時までは開いてたはずだから」
桃子さんの真剣な横顔に声を掛けると、彼女は顔を上げて、驚いた様子で腕時計に目をやる。
「え?あら、もうこんな時間なのね。そろそろ帰らないとお父様に叱られ…」言いかけて、けれどすぐに口を閉ざした桃子さんは、少し考えた後に再び口を開く。「…いいえ、何でもないわ。行きましょうか」
片付けをして席を立つ。隣の学生食堂へ移動して、窓際の席に荷物を置く。何を食べようかと考えながら財布を手にレジの方へと行こうとすると、桃子さんが何やら戸惑いながら席に座る。そのままきょろきょろと辺りを見回しているから、「何やってんの。買いに行こうよ」と愛美が声を掛けると、彼女は「あ、そっか。そうね」と呟きながら席を立つ。
愛美がレジ横の看板を見ながらを商品を選んでいると、桃子さんは何度も瞬きをしながら看板を睨みつけていた。「破格の安さね…」
「まぁ、ここの学食は安い方だと思うけど、こんなもんじゃない?」
「そ、そう?」
どうせならここで夕飯を食べてしまおうと、愛美はチキン南蛮定食を頼み、悩みに悩み抜いた桃子さんはサンドイッチとコーヒーを注文する。
「あ、ごめんなさい。お支払いは現金のみなんです」
何の迷いもなく自分の財布から黒色のクレジットカードを取り出した桃子さんは、店員にそう言われて、驚きと戸惑いの表情を愛美に向ける。
おろおろとする彼女を見ているのが何だか面白くて、そのまま生暖かい視線を桃子さんに向けていると、「あ、いや、ごめんなさい。現金持ってなくて…えっと、じゃあキャンセルでっ」と言うものだから、愛美は仕方なく自分の財布から更に千円札を取り出す。
「ここ、会計同じでお願いします」
「えっ、そんなの駄目よ、城宮さん」
「いいよいいよ。私が無理に誘ったわけだし、奢るよ」
「いや、駄目。本当に駄目よ」
「桃子お嬢様を学食にお誘いしたワタクシが悪かったので、どうかお気遣いなくー」
「城宮さんっ」
次回投稿は7/27(土)
を予定しております。




