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2025/11/15 ▶全体の流れの調整、読みやすさ改善のため、一部改編を行なっております。
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百瀬が動いた。
現場で張り込みをしていた宇月からそう連絡があり、酒井は四方の車で病院に向かった。
病院に到着すると、駐車場で待っていた宇月が駆け寄ってくる。
「百瀬は」
酒井が尋ねると、宇月は携帯をちらりと見て口を開く。
「今、谷さんが追ってます。百瀬は今日、各診療科の科長が集まった会議を予定していたようなんですが、突然、延期の指示が出たそうです。それで、秘書も連れずに1人で車でどこかに向かっています」
「秘書を連れずにってところが、怪しいな」
「駐車場で百瀬と秘書を見かけましたが、秘書はかなり焦っている様子でした。彼女も百瀬の突然の予定について知らなかったものと」
「なるほど」
正直なところ、捜査は行き詰まりを見せ始めていた。
矢野崇が殺されて1週間。容疑者として浮上していた市川と小笠原星。2人のどちらかの犯行である証拠は、まだ出てきていない。
あまりに先に進まない捜査状況に、昨日は管理官が怒り狂い、パソコンを1台壊しそうになっていた。
そんな中での宇月からの連絡だった。
「谷さんから連絡入りました。百瀬は品川プリンスホテルに向かったそうです」
谷刑事からの無線を聞いていた宇月が言う。
四方と顔を見合わせ、頷く。乗ってきた車に再び乗り込み、先導する宇月の車を追いかけながら百瀬武志のもとへ向かう。
ホテルに辿り着き、百瀬武志が入っていったという喫茶店に向かう。喫茶店の入口で店員に呼び止められるが、待ち合わせだと伝え、すぐに中に入る。既に谷刑事がいるはずだ。
席を見回すと、谷刑事は窓際の隣の席に座っていた。そのまま視線を窓際にやると、そこには百瀬武志が座っている。
「状況は」
谷刑事の横の椅子に腰掛けて酒井は訊ねる。ふぅと息を吐いて眼鏡を掛け直した彼は、お疲れ様ですと言って、頭を軽く下げた。
「今のところマルタイだけです。ですが、誰かを待っているのは確実かと。店員にあとからもう一人来ると伝えていました」
店員が3人分の水を持ってきて、机に置く。ご注文は、と聞いてくるものだから、とりあえずホットコーヒーを3人分頼む。
「まぁ、わざわざこんなところに来てまで何にもありませんでした、なんてことはないだろ」
「だと良いですけどね」
酒井の言葉に四方が半ば諦めたようにそう言った。
何もありませんでした、では困る。今回この一件で何も成果が得られなかったら、また管理官の怒号をまた浴びることになる。それだけは避けたい。
コーヒーがきても手をつける気になれなかった。昨日の管理官の怒鳴り声を思い出して、喉の奥の方で既に苦い味を感じていたからだ。
「男4人がしかめっ面して黙り込んでたら、逆に怪しいですよ。特に係長。顔が怖いです。顔が。いつも怖いですけど、今は三割り増しで怖いです。四方さん見習ってください。ほら、こんなに癒しキャラ」
コーヒーをすする間、心底苦そうな表情を浮かべながら宇月が言う。
舌打ちをして反論しようとしたーーー丁度その時、シャツの胸ポケットに振動を感じて、酒井は携帯を取り出す。
捜査本部からの緊急招集の知らせだ。顔を上げると他の3人も携帯を眺めていて、溜息をついた四方と目が合う。
「緊急招集ですね」
「今はいけないだろ、さすがに」
「2人残って、2人戻りますか」
宇月が現場に残りたそうに、手を顔の前で合わせている。ただ管理官に会いたくないだけなのが、態度から滲み出ている。
「谷と宇月は戻って報告を。ここには四方と残る」
あからさまに落胆している宇月を谷刑事が引きずって退席する。
四方と向かい合って、また沈黙の時が流れる。店内は比較的賑やかで、大の大人が無言で向き合っていても大して目立ちはしないだろう。
冷め始めたコーヒーを漸く一口すすって、ちらりと百瀬武志の姿を見る。
携帯を見たり外を見たり、落ち着かない様子だ。目の前に置かれているアイスコーヒーにも手を出していない。結露がコップの下に流れて、水溜りを作っている。
そのまま10分くらい経っただろうか。百瀬武志が突然立ち上がり、店の入口の方を向く。
携帯を落としたフリをして、酒井は後ろを振り返る。
背が高くガタイの良いマスクをした男が、足早に酒井達の横を通り過ぎていく。男はそのまま百瀬武志の向かいの席に腰掛ける。
「あの男…」
「四方、知ってるのか?」
「いえ、マスクしているので何とも言えませんが、俳優の相良田正臣に似ているなと」
酒井が首を傾げると、「ほら、去年の大河ドラマの」と四方が補足する。
コーヒーカップ越しにマスクの男を睨みつける。確かに、テレビドラマで見たことがあるような風貌だ。
小声で話していて、彼らの声は聞き取れない。だが、マスクの男も何やら焦っているようだ。
かろうじて聞こえてくる言葉は「ジャック」「何十年前の話だと」「あの男は」。
ジャックと言えば、確か矢野崇に届いた手紙の宛名が「スペードのジャック」だった。
スペードのジャックとは、矢野崇の別名なのだろうか。もしそうなのだとしたら、やはり百瀬武志は矢野崇が殺害された事件に何らかの関係があるということだ。
四方の顔をちらりと見ると、彼も頷く。四方も同じ考えのようだ。
しかし、任意同行を求めたところで百瀬武志が了承するとは思えない。
ここからどう探っていくか。
何となく、喫茶店内がざわついているような雰囲気を感じて、酒井は周囲を見渡す。客や店員の視線は百瀬武志の席に向けられている。否、マスクの男だ。
「…あれ、やっぱり、さがおみだよね」
隣の席の2人の女性客から、そんな話が聞こえてくる。
さがおみ。相良田正臣。四方が言っていた俳優の名前だ。愛称を聞くと、酒井の中でも漸く顔と名前が一致する。
そうだ。去年の大河ドラマの明智光秀役をやっていた俳優だ。マスクはしているが、目元や体格、声はインタビュー番組で見た時のそれだ。芸能人に疎い酒井でも知っている。
あのような国民的イケメン俳優が何故こんなところで、弁護士殺害事件に関わっているかもしれない百瀬武志と会っているというのか。
次回投稿は7/23(日)を予定しております。




