異形
彼はこの宿屋に人が入るのを窓から見て取ると、フィナークを起こさぬように部屋から出て行った。その人物とすぐに会った。それは外套を羽織った娘だった。
「こっちよ」
彼女が行く先に、傭兵はついていった。
「まさか〈死神使い〉と一緒に来ていたなんて」
娘の言葉に、ウラドは呆れ顔を作った。
「彼が信頼に足るか、見極めようと思ったのです。今彼は眠ってしまいました」
娘が取った宿泊室に入ると、傭兵は質問した。
「本当に彼に任せていいのでしょうか?」
「あなたはどう思う?」
「さあ、わしには何とも」
「でも、彼は〈魔術王〉殺しの専門家よ」
戸の開く音に二人ははっと振り返った。
「護衛の仕事でも頼まれたのかね、傭兵殿?」
そこにいたのはフィナークだった。彼は娘の顔を覗き込んだ。その娘は、スレイヴンを殺すよう依頼したイミリアだった。
「なぜ、ここにいるのだね?」
イミリアは目を逸らした。
「それは、その……」
「当てて見せようか? ウラド殿とここで落ち合うよう、打ち合わせをしていたんだろう?」
「さあ、彼のことは知らないわ」
「知っているんだろう? 行方不明の王女さまは宰相のことを」
ウラドがようすを伺うようにイミリアを――ヴァルティン王女――を見た。イミリアは溜め息をついた。
「いつから分かっていたの?」
フィナークは椅子を引き、座った。
「まず、あなたが依頼してきたとき。『魔力が足りない』という理由で濡れ衣を着せて塔に閉じ込めるくらいだから、とあなたは言った。それは確かか、というわたしの問いに、あなたは確信を持って答えた。一般の国民だったら、漏れていても噂くらいものだ。自信を持って裏の事情を話せるということは、王城勤めの召使いか、と思った。
あなたが出してきた報酬のオルイラン石を見たとき、王の元から宝を盗むなど大それたことはそうそう出来るものではないから、召使いよりも高位な人物――貴族ではないかと思った。貴族なら盗まずとも、自分で持っているからな。
最後に、王女が行方不明になったという噂を聞いたとき、あの依頼人が行方不明のヴァルティン王女だと思った。まあ、確信は持てなかったが、あなたの反応で決定的になった」
イミリアは溜め息をついた。
「かまをかけたのね? そうよ、わたしはヴァルティン王女ミレイシア。ウラド――宰相のホーキン――には、情報収集を頼んでいたの」
「なぜ、見つかる危険を冒してまで国に戻ったんだ? わたしがスレイヴンを殺した頃合いに戻ってくればいい話じゃないか」
「それは――反乱軍に戦って欲しくなかったから」
「どういうことだ?」
「スレイヴンは何かを塔の中で作っているらしいの。その材料はもちろん血の魔力。反乱軍が攻めでもすれば、奴の思う壺よ。だからわたしは、反乱軍を説得しにきたの」
「説得が通じるとは思えないな。反乱軍は異国の傭兵たちも集まっている。しかもあなたは王族だ。自分の保身のために説得していると思い込まれても仕方がない」
ミレイシアは黙り込んだ。
「あなたの言う通りかもしれない。でも、わたしの説得が失敗するよりも、立ち止まった結果のほうが悲惨になることも分かっている。だから――」
フィナークは溜め息をついた。
「……あなたはしくじったようだな。尾行されていたようだ」
二人は身をこわばらせた。傭兵は斧槍を持ってこなかったことを後悔した。フィナークは独り言を言い出した。
「……馬鹿だっていうな。ちょっと話をするだけのつもりだったんだ。まだ手段はある。――ウラド、戸のそばに行って、わたしが合図したら開けてくれ」
宰相ホーキンは唾を飲み込むと、戸の取っ手をつかんでフィナークを見た。
「心臓発作を起こすなよ」
フィナークは籠手を外した。そこから現れたのは、黄金色の鱗に覆われた右腕だった。手の甲の赤い目が開き、ミレイシアの顔を見た。
「その手、どうしたの?」
ミレイシアが口を両手で覆いながら、フィナークに問いかけた。
「死ぬべきときに死ななかった者への罰だ。わたしは生きる屍なのだ。もう自分の生を持つことはない」
〈死神使い〉はその手で髪をかきあげた。手の甲の目がフィナークの目と重なり合ったとき、輝いた。
「今だ、ウラド!」
ホーキンは戸を開けた。抜き身の剣を持った戦士が三人、部屋に飛び込んだ。彼らの姿を見て取ったフィナークは叫んだ。
「魔王の血よ! 今こそ僕どもを赤き世界から呼び寄せよ!」




