傭兵ウラド
やがて彼は依頼人のことを考えても意味がない、と肩をすくめ、伸びをしながら船室に戻っていった。
船室にはすでに五人の男達が過ごしていた。その中には酔っ払ったオドランの姿もあった。だが、〈死神使い〉の関心があったのは、別の男だった。彼の首には聖霊架がかかっていた。聖騎士だ。フィナークはその聖騎士に見覚えがあった。
フィナークは船室から背を向け、去ろうとした。だが、そこで聖騎士がフィナークの存在に気づき、右肩に手を置いた。
「久し振りだな、フィナーク」
フィナークは茶色のつばの広い帽子を傾け、紫色の目を聖騎士に向けた。
「あんたか」
傭兵は帽子のつばで目を隠した。
「避けているのかね?」
聖騎士は肩をつかんだまま船室に引きずり込み、一つの席に座り、真向かいの席を勧めた。背徳者はしばらくためらったが、席に座った。
「いや、ただ興味を失っただけさ」
聖騎士は鼻を鳴らした。
「おれはあんたの存在を認めていない。黒魔術で〈魔術王〉を殺すお前を」
「何がいけない?」
「〈魔術王〉の輩こそ神の裁きを下さねばなるまい。魂が呪われ、不幸な運命を背負わねばならぬのだ」
「自業自得ではないか」
「神は、罪なき魂も、〈魔術王〉の魂も等しく愛する。ゆえに神にのみ〈魔術王〉を裁く権利があるのだ。お前は神になったつもりか? お前は復讐をしているだけだ」
「ごもっとも。わたしが〈魔術王〉を殺す理由は、復讐のみだ。付け加えるとすれば、金のためかな」
「今度は誰を殺す気だ?」
「契約を漏らすわけにはいかない」
「ほう? そうか……実はこれから神の名の下に裁きに行くのだ」
「誰を裁く気だ?」
聖騎士は懐から書状を取り出した。それは裁定状だった。裁定状は神の名の下に〈魔術王〉を裁く権限を証明するものである。そこには〈獅子王〉の名が刻まれていた。
「〈獅子王〉スレイヴン。ヴァルティンは古くからある王国なのでな、歴史的建造物も多い。ゆえに戦争などで失われては困るのだよ。もしスレイヴンが黒魔術をやめなければ、聖剣で清める権限を与えられている」
フィナークは帽子を上げ、紫色の目で睨んだ。
「それは困るな」
聖騎士は聖霊架をいじくり始めた。
「わたしもだ。正当な裁きを受けずに殺し屋などに殺されては困る」
二人は身を乗り出し、睨み合った。不穏な空気はその船室中に広がった。やがて二人は息を吐き、椅子に深く座り込んだ。フィナークは帽子を下げて目を隠した。
「獲物を奪い合うのはよくない。そうだろ?」
「わたしは正当な権利があると言っているのだ」
「だとしたら言わせてもらおう。わたしも正当な契約を経て、狩る魂を狙っているのだ」
「殺し屋が正当な契約だって? ……こんな話を続けても、平行線を辿るばかりではないか。それに〈獅子王〉は招かれざる客を入れるとは思えないが。だが、それでも神の裁きを待たずして手を出したら、わたしはあんたを裁く。全ての〈魔術王〉を裁くのは聖騎士だけだ」
聖騎士は立ち上がって、船室から去った。厄介なのに纏わりつかれたな。フィナークは溜め息をついた。
斧を片手に一人の傭兵が聖騎士が立ったばかりの席に座り込んだ。
「あんたが〈死神使いのフィナーク〉なのかい?」
「あなたは?」
「見ての通り、傭兵のウラドと申す者。スレイヴンを殺すよう依頼を受けたのかね?」
「まあな」
「で、誰に依頼されたんだね?」
フィナークは身を乗り出し、周りを見回した。
「さすがに依頼人のことは言えないね」
ウラドは肩をすくめた。
「何がそんなに気になるんだ?」
ウラドは肩に手をかけた。
「いや、あんたは半ば伝説だからな。好奇心ってやつかな」
「あんたの名も不運な伝説上の人物にするか?」
ウラドは肩に回していた手をほどき、苦笑いを見せた。
「聞くのはやめとこう。わしも人には言えない秘密があるし。あんたの秘密を教えてくれというのも虫が良い話だものな」
フィナークは深く座り込んだ。
「あなたは賢明な人のようだ」
船窓を覗き込んだ傭兵は立ち上がった。
「どうやらヴァルティンに着いたらしいぜ」
船から錨が下ろされ、乗客たちは南方の大地に足を付けた。長い船旅でこわばった体を伸ばす者もいる。フィナークは旅の荷物と斧槍を抱え、ヴァルティンの港町を見渡した。港町は漁船や商船が海の上で並び、海産物や商品を売る声が海鳥の鳴き声と相まって賑やかだった。
「魔術を使わなくも賑わっているのにな」
傭兵の隣にウラドが並んだ。
「どういうつもりだ?」
ウラドは傭兵の顔を見上げた。
「あんたについていくよ。わしも首都のアミアーリに用があるのよ。あそこなら戦いの腕もいるだろう」
フィナークは斧槍を地面に突いた。
「いい加減にしてくれ! 連れは欲しくない」
「いいじゃないか。おれの勝手だ」
フィナークは溜め息をついた。




