神隠し
フィナークはヴァルティン行きの船に乗っていた。甲板で揺れる海を見る。波が白い泡を生み出しながら、すぐに水面下に消えてしまう。
「お前はどう思う?」
フィナークは独り言を呟いた。
「……やはりそうだな。わざわざ塔で血の魔力を精製するなど、初心者でもやらない――」
「隣、来てもいいかい?」
やって来たのは、笑みが顔に張り付いた初老の男だった。ずんぐりとした体型は商人を思わせたが、彼の身に付けているものは、弦楽器だった。吟遊詩人だろうか?
フィナークはうなずいた。男はあつかましく肩に手をかけた。
「何か言っていたようだが?」
「ただの独り言だ。気にするな」
「いやあ、旅人殿。劣らぬ魔術帝国の治世に乾杯といこうじゃないか?」
男は革袋を手渡した。フィナークは革袋の中身を少し舐めたが、酸っぱい酒ですぐに返した。
「あなたの名を聞いていないが?」
男は口を革袋につけた。口を離し、あごの酒を拭うと、紹介を始めた。
「わしは、オドランと申す者。そなたは?」
フィナークは偽名を言った。
「わたしはクアラティン帝国のウェイドスと申す者。今回の旅では、ヴァルティンに向かっている」
「ほう、ヴァルティンにはどの用件で?」
「わたしはクアラティン帝国の傭兵で、ヴァルティンには兵力が要ると思ってな」
オドランは疑うようすを見せず、うなずいただけだった。
「もしや、そなたも反乱軍に入る気かね?」
「反乱軍?」
「そうさ、スレイヴンの極悪非道に人々は怒り狂っているのさ」
「たしか塔で罪人を責めたてているのだとか」
「それそれ。その塔に罪人を捕まえて拷問を加えているという話があるんだが、閉じ込めるのは罪人だけじゃなくなったのさ――」
「誰が閉じ込められたんだ?」
オドランは周りを見渡し、フィナークに顔を近づけた。〈死神使い〉は酒臭い息に思わずのけぞりたかったが、情報が欲しかったので辛抱した。
「王の周りで神隠しが起こり始めたのさ。まず宰相が。次に召使いたちが。さらには王妃が消えて、王女までもが姿を消した。反乱軍は、スレイヴンが〈罪人の塔〉に閉じ込め始めたと噂しているが、信憑性は低いと思うよ。何せ王妃、王女、宰相、召使いみんなにまで懸賞金がかけられているからな。王を恐れて逃げ出したんじゃねえの? 見つけた奴にはクウド金貨で払うってよ。ヴァルティンに行ったら神隠しに気をつけるんだな」
彼はそういうと鼻歌を歌いながら甲板から姿を消した。フィナークは再び船べりの手すりに寄りかかり、海を見た。
神隠し、〈罪人の塔〉、反乱軍。ヴァルティンはこのまま行っても滅びそうな情勢だ。あの依頼人はこの情勢のことを知らなかったのだろうか?




