ミレイシアの決断
彼はミレイシアのところへ駆け出した。ミレイシアは彼の緊張を読み取った。
「終わってないの? 戦神が生き返るの?」
「いや、戦神じゃない。〈雷帝王〉がいる」
ミレイシアは最強と謳われる〈魔術王〉の称号に息を飲んだ。
「ほんとうに?」
「因縁があってね。〈罪人の塔〉を、戦神を作らせたのも奴だ」
「そんな! 国を利用されたというの?」
「それは本人の口から訊けばいい」
黒雲が二人の前に現れた。実体を持つと、それは拍手している〈雷帝王〉になった。
「初めまして。ミレイシア王女」
「ごきげんよう、ラウドゥーン閣下」
二人は微笑んでいたが、ミレイシアの表情はひきつっていた。ラウドゥーンから切り出した。
「わしとあなたの父とはある盟約を結んでいましてな。我が属国となる代わりに、ロスヴェティ帝国がヴァルティンを守護するという盟約を」
「断る!」
ミレイシアの発言にラウドゥーンは驚きに目を見開いた。フィナークも初めて見るその表情に思わず声を出して笑った。
「魔術帝国が攻め込んだらどうするのだね? 魔術でなければ対抗出来ないぞ?」
「使わない。〈魔術王〉が攻め込んでこようが、あたしは魔術に手を染めたりしない」
彼女はきっぱりと言った。その目には強い意志がみなぎっていた。
「ヴァルティン王女よ、同盟を破るだと? ロスヴェティ帝国の保護なくして、この魔術戦争時代を乗り越えられるのか?」
フィナークが〈雷帝王〉の前に立ちはだかった。フィナークの目は獲物を狙う鷹のように離れなかった。
「ラウドゥーン。もしヴァルティンを滅ぼしてみろ。ヴァルティンだけじゃない。魔術を使わぬことを誓った国々全てに手を出せば、わたしの報復が待っていると知れ!」
ラウドゥーンはあごをさすりながら一考した。
「たしかにそなたを敵に回すのは危険極まりないな。よかろう。ヴァルティンの盟約を破棄しよう。今回は我の敗北だ。戦神はなくなったしな。だが、そなたも我を見くびるではないぞ。我はいずれ全てを支配する。そなたは最後に滅ぼそうぞ。勝利の美酒を口にするのは我だ」
ラウドゥーンは高笑いしながら黒雲になって飛んでいった。再び二人だけが残った。
ミレイシアは背筋を伸ばした。ラウドゥーンに敗北を認めさせた男を彼女は恐ろしいと思った。〈死神使い〉はヴァルティン王女に向き直った。
「二度とわたしに護衛や救出の仕事を持ち込んでくるな」
「しないわ。戦神が来たら頼むわね」
「勘弁してくれ! 正直、今回は運がよかった」
王女はフィナークの言葉に信じられなかった。
「あなたらしくないじゃない。そんなことで〈魔術王〉を滅ぼせるの?」
「滅ぼすのは簡単だ。あるものを奪うのは。難しいのは、あるものを持ち続けること。ないものを得ることだ。――〈聖霊教団〉が来たら適当に話しておいてくれ」
フィナークは崩れた城門に向けて歩いた。
「ねえ!」
ミレイシアの呼びかけに〈死神使い〉は振り返った。朝日が彼女の顔を照らし出した。
「フィナーク、だよね?」
彼は目を見開いた。彼は帽子を深く被った。
「忘れたのか? ここに呼んだのはあんただぞ?」
「そうでした。また来てくれる?」
フィナークは答えず城門に向き直った。彼は振り返らないで手を振った。
アルザンがけげんそうにミレイシアに問いかけた。
「なぜ、あのような質問を?」
「彼の目、初めて会ったときより潤っていたの。まるで無くした心を取り戻したように」
城内の衛兵が二人に声をかけた。
「ホーキンが峠を越えました」
「ホーキンが?」
二人は城内へ駆けていった。




