ミレイシアの苦悩
ミレイシアは自分の部屋の窓から見えるヴァルティンの町並みをぼんやりと見ていた。深夜の町はすでに眠りについている。
部屋に入る人物に彼女は振り返りもしなかった。そこにいるのは父である〈獅子王〉スレイヴンだと分かる。彼女がこの世で一番憎み、そして変わって欲しいと願う人物だった。
「ミレイシア、よく無事に戻ってくれたな。疲れただろう。よく寝るがいい」
「まだ寝ないわ。あなたがフィナークに殺されるのを見届けるまでね」
彼女はそこで振り返り、父の驚く顔を期待した。だが、驚いたのはミレイシアのほうだった。ろうそくに照らされた父の目は赤く、焦点が定まらずに揺れ動いていたのだ。
「フィナークとは、巷で有名な殺し屋のことか? 彼はつくづく恐ろしい男だよ。ホーキンを殺して懸賞金をくすねようとしたんだ。だが大丈夫。今は我が手中にある。今頃は地下牢で我に挑戦したことを後悔しているだろう」
父の言葉にミレイシアは混乱した。ホーキンがフィナークに殺され、フィナークはスレイヴンに捕まった?
「さあ、そなたが見つかった記念に明日の正午、祝宴を行おうと思う。お前の母も、そのうち見つかるだろう」
「父上、それは違うわ。母上は見つからない。あなたが殺したんだから! 〈罪人の塔〉の中に突き落としたのをわたしはあの窓から見たの!」
彼女は自分が眺めていた景色を指さした。そこにはヴァルティンの町並みで違和感を放つ黒い塔が暗い影を落としていた。
「だから……」
だからフィナークに依頼したんだ。父がもう変わらないと知ったあの時に城を飛び出して。
スレイヴンは表情一つ変えなかった。いや、怒りを押し殺しているのか?
「何を世迷い言を。母は神隠しに遭った。彼女をさらった者のことを、わしは今でも恨んでおる。娘も失った悲しみからやっと救われたというのに、何てことを……」
ミレイシアには父の方が狂って見えた。
「そんなことを吹き込んだのはアルザンか? 反乱軍など蹴散らしてやる。そうすればどちらが真実か分かるだろう」
反乱軍の首謀者の名前に、ミレイシアは動揺を隠せなかった。アルザンは衛兵の一人だ。彼は今でも城に勤めながら情報収集をし、反乱の時期をうかがっている。ミレイシアを城から出すよう手はずを整えたのも彼だった。
「待って……」
「反乱軍を滅ぼした暁には祝杯を挙げよう。さて、軍を整えねば」
ミレイシアがその後何を言っても、父王は耳を傾けず、内乱に心を弾ませていた。血に狂った〈魔術王〉がそこにいた。彼は明日の血の祝宴に備え、部屋から出て行った。
ミレイシアは目の前から全ての光が失われるようだった。彼女は寝台に潜り込んだ。悪夢だ。これから最悪の結末が始まろうとしている。父はもうアルザンが首謀者だと知っているんだ。アルザンが捕まれば、反乱軍はアルザンを取り戻そうと攻め込んでくるだろう。そうなれば〈罪人の塔〉に取り込まれてしまう。
「やれやれ、あれは気が狂っているな」
ミレイシアは起き上がり、声のした方を見た。そこにいたのは死神だった。帽子の下から溢れる長い黒髪から見える白い顔は笑みを浮かべていた。
「フィナーク!」




