裏切り
〈獅子王〉の城は、かつて商業の中心地であったヴァルティンの形を保っていたが、そこには魔術帝国特有の静けさと不気味さが闇夜で際立っていた。
宰相のホーキンはかつてのヴァルティン城を知っていたから、その禍々しさがさらに伝わってきた。一方フィナークは相変わらず平然とした態度で城門に向かった。
衛兵が二人を見つけると、顔を引き締め、槍をかまえた。
「お前たち、何の用だ?」
フィナークは手に持った綱を衛兵に見せた。その先にはホーキンへと結ばれている。
「指名手配犯を捕まえたのでね。逃げられないうちに突き出そうと思ってやって来たのさ。あんたならこの顔を見れば分かるだろう? 宰相のホーキンだよ」
衛兵は身を乗り出し、傭兵の姿に扮したホーキンの顔をまじまじと見た。
「たしかにホーキンだ。では、スレイヴン陛下に引き渡そう」
フィナークは手を衛兵の前に突きつけた。
「おっと、それだけではないのだ。仕事の話を持ちかけようと思っている。わたしは〈死神使い〉のフィナークだ」
衛兵の顔に緊張が走った。
「危険人物は通すわけにはいかない」
「誰が〈獅子王〉を殺すと言った? ヴァルティンは見ての通り栄えている。だが、反乱軍だの、神隠しだの王の周りの環境は危険なものだ。〈獅子王〉が金を払えば、彼が望むとおりに殺してやろう。政敵も、反乱軍も根絶やしにしてやる」
衛兵はかまえをほどき、ホーキンの縄をフィナークから受け取った。宰相は不安になってきた。〈死神使い〉は裏切るつもりではないか。だがフィナークの表情は読めなかった。
「真夜中なのに、ご苦労なことだな」
衛兵は城の案内人にホーキンを手渡し、再び城門に戻った。案内人をフィナークがねぎらった。
「はい、ですが必要な――」
ホーキンの籠手が案内人の顔に当たった。縄には細工が仕込まれており、一見強く縛られていても容易にほどけるようになっていた。フィナークのねぎらいの言葉を合図にホーキンが縄をほどき、案内人を攻撃したのだ。
「よし、これで城内に入れたわけだ。さて――」
フィナークが籠手を嵌めた手でホーキンのあごを殴った。頭が揺すられるような衝撃とともにホーキンは倒れた。
「裏切ったな……」
〈死神使い〉は嘲った。
「まったく、単純な男だな。王女と〈罪人の塔〉で自らの愚かさを嘆くがいい」
ホーキンはかすむ視界で、憎き紫色の目の男を見て、意識を失った。




