竜の寝床
ミレイシアとホーキンは周りに注意しながら町を抜け出した。
「反乱軍はどこに集まっているの?」
「『竜の寝床』と呼ばれる宿屋に傭兵たちが募集されています。今夜会合を開くとか」
王女の顔には不安が色濃く影を作っていた。やがて彼女は寒気がしたのか、両腕で自分を抱くように腕を組んだ。
「ねえ、わたしに説得出来ると思う?」
「あなたは言ったじゃありませんか。『説得が失敗するよりも、立ち止まった結果のほうが悲惨になることも分かっている』と。その通りじゃありませんか?」
「そうよ。でもフィナークは言っていたわ。『保身のために説得していると思われても仕方がない』って」
「結果はどうなるか、フィナークも分からないでしょう? 彼が言ったのは、解釈の一つに過ぎない。あなたの言葉が真実だと信じさせられるのは、あなた自身だけなのです」
ミレイシアは家の暖かな灯りに目を向けた。やがて自分を奮い立たせるように身体を震わした。
「ありがとう、ホーキン」
二人は「竜の寝床」の前までやって来た。ヴァルティン王女は息を深く吸い、一歩踏み出そうとして、ホーキンに止められた。
「ようすを見てきます」
腕自慢の傭兵たちが集まってきていた。ホーキンは傭兵たちの波に紛れてずかずかと入ってきた。ミレイシアは見つかってはならないと思い、路地裏のほうに隠れた。彼女は「竜の寝床」に目を奪われ、背後に人物がいることに気がつかなかった。
「おっと、危ないぜ」
ミレイシアの頭を隠していたフードが外れ、中から赤髪が出てしまった。闇の中にいた人物はミレイシアの顔をまじまじと見ていた。彼の手には、張り紙が握られていた。
「あんたはミレイシア王女か?」
ミレイシアは後ずさりしながら、首を傾げた。
「さあ、人違いじゃない?」
男は剣を突き出した。
「こんな瓜二つな人間が他にいるものか」
「不思議だろうけど、こんな魔術が広まった時代に不思議なんてものはないでしょ?」
「たしかに否定は出来ないな。〈魔術王〉の中には影武者を作る者もいるようだしな。あんたもそうかもしれない」
ヴァルティン王女は愛想笑いを浮かべながら、その場を去ろうとした。だが、彼女は腕をつかまれた。
「ホー……」
叫ぼうとしたミレイシアは、男が彼女の顔の前でかざした手によって叫ぼうという考えをかき消された。男の手の動きだけが、王女の思考を占領し、他のことは考えられなくなった。ミレイシアは手を引かれ、路地裏の闇に姿を消した。




