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第七話

「そこまでの力となると訓練はかなりきついぞ。それこそ冗談でもなんでもなく血のにじむ訓練だ。幸い高崎が結界型だから、大抵のけがは何とかなるだろうがそれでも最悪を覚悟してもらう必要がある」


「最悪の場合って?」


一度息を吐きその質問に答える。


「死ぬ」


息をのむ音が聞こえ静寂が訪れる。その静寂を破ったのはキアラであった。


「あなた、どういう風に彼を鍛えるつもり!?死ぬってそんな訓練を行うなんて普通じゃないわよ!?」


「はっ」


くだらない質問をするなとでもいうかのように鼻で笑って見せる。


「孝はみんなを守れる力がほしいといった。その意味が分かっているのか?こいつはな、俺やお前も守る気だぜ?」


「なっ!?」


キアラは思わず孝のほうを振り返る。彼女の表情は信じられないという驚愕とまさかという疑問に満ちていた。それに対して孝のほうはもっと淡々としていた。彼はただその通りだと何も迷わずにうなずいたのだから。


「ほらな。そこまでを望むなら訓練も過酷になろうさ。守るということはつまりは俺やお前を超えるということだ。俺を超える?お前がどうだか知らないが俺の強さはたとえ俺以上に才能があろうと生半可な覚悟で越えられるものじゃねぇんだよ。時間があれば別だぜ?こいつの才はおそらく俺やお前を飛び越えて火鳥の強さにすら届きうるだろう。だがそんな時間はねえんだよ。今夜にも上位クラスの妖が現れるかもしれない。そうなったとき力がなくて一番嘆くのは誰だ?一番自分を責めるのは誰だ?はっきり言ってやろう。本郷孝だよ。こいつは自分のせいだと責めるだろうさ。まぁそうだな。妖がよって来るのはこいつのせいだものな」


「あなたっ!!」


「早とちりするなよ。俺はそうは思わねぇよ。妖が孝を襲うのは俺たち、つまり陰や陽の責任だ。俺たちがさっさと妖をつぶしときゃよかったんだからなぁ。だが孝は自分を責める。こいつはそういう人間だから。だったら簡単だな。こいつを限界まで鍛え上げる。それしかないだろ。だからお前じゃなく俺が鍛えるんだよ。属性が同じでなおかつ実戦形式で教えることができる俺がな。」


そこまで言って孝のほうを向いて言葉を続ける。


「言ったとおりだ。なぁ、孝。お前がそこまで必死になって守る必要がどこにある?お前は素人だぞ?じっくり時間をかけて強くなればいいじゃないか。俺も高崎もそして火鳥だってお前が強くなるまではお前やお前の大事な人たちを守るさ。焦らなくてもいいんだぞ?いつかお前も言ったはずだぞ?友人を助けるのに複雑な理由なんていらない。その通りだ。ここは素直に助けられておけよ。でないとお前」


「俺に殺されるぜ?」


静寂が訪れる。誰一人身じろぎしない。ただ孝と西条の視線のみが交差する。火鳥は無表情に泉希は心配そうにキアラは祈るようにそして、愛は何かをおそれるように。そしてその静寂が孝によって破られる。


「やるさ。俺はただ見てるだけなんて絶対に我慢できない。確かに俺は素人でお前から見れば弱いし覚悟もないように見えるだろう。けど妖が俺を狙ってくるというのなら俺は俺自身の力でそれを退ける必要があるんだよ。友人は助け合うもの、俺はそういったはずだぜ?一方的に守ってもらいたくない。お前が俺を守るというのなら俺はお前の背中を守る。そういう関係だろ?」


「重い関係だな、友人ってのは。世間一般じゃもっと気楽な関係だと思うぜ」


「そうかもな。でもいいんだよ。友達の定義なんてないんだよ。人によって関係は違うものだ。ただ俺とお前の関係がそういうもんだというだけさ。」


重いな。そして眩しすぎる。俺にはそこまでは口にできないし想うこともできない。


「だかな、お前が傷つけば悲しみ奴は多い。お前が死ねば嘆き苦しむ奴も多い。それに対して思うことはないのか?それを無視するのはお前のエゴだろ?なぁ、どうなんだ。愛ちゃんを見てみろ。如月を見ろ。高崎を見ろ。お前が傷つくことを望んでいないぞ。こいつらを無視してまでお前はお前の意思を貫き死の危険と隣り合わせの道を往くというのか?」


彼女たちは孝が傷つくことを、死ぬことを、苦しむことを恐れている。孝のせいで妖に襲われる危険性があるというのにそれに対し何一つ思うことなく、ただ孝の身を案じている。それはなぜだろうか?恋心ゆえにと誰かは言うかもしれないがこれは恋とは言わないと俺は思う。これは愛というのだ。


「俺は死なないさ。ああそうだ。誰が死ぬつもりであがく?死ぬ気と死ぬつもりは別のことだろ?俺は死なないためにお前に鍛えてもらう。そうだ、お前が殺す気で俺を鍛えるというのなら俺は何が何でも生きるためにその修行を乗り越えよう。そうだ、死ぬ気で生きるのさ。誰一人だって失わないし俺も死ぬ気はない」


「そうか」


こいつの覚悟は見せてもらった。いや見るまでもなく知っていたわけだが。俺はこいつがこの道を選ぶことなどとうに知っていた。そして俺自身もこいつがこの道を選ぶことを望んでいた。俺はこいつを利用している。俺にはこいつを友と呼ぶ資格などありはしない。俺はこいつに心から謝罪したい。俺は本当にこいつと友人になりたい。だがそれはできない。何よりも重い目的が俺にはあるから。だからまた嘘を重ねよう。俺の目的のために利用しよう。


俺を説得できたと思い込んでいる孝に言葉を紡ぐ。


「なら、ここでその生きる覚悟を魅せてみろや」


その言葉とともに懐から4枚の札を取り出し俺と孝を囲むように4方に投げる。


札に囲まれた空間が青みを帯びた透明な壁によって隔離される。一瞬の出来事にほとんどの人間が動けないうちに西条が火鳥に指示を出す。


「火鳥、高崎を抑えておけ」


「はい」


その返事を合図にして西条が孝に肉迫する。孝が事態を飲み込めないながらもとっさに身構えたその上からこぶしをたたきつける。


ズシりと嫌な音がし、孝の体が壁に叩きつけられる。


「がはっ」


「今のが基礎中の基礎。身体強化の術だ。どの属性でもでき、少し訓練したものならば使えるようになるものだが戦闘においては重要な位置を占める。人と妖では根本的な身体能力が違うからな。これをどの程度まで使いこなせるかで戦力になるかならないかが決まるといってもいいほどだ。その身で味わってどうだ。重要さを理解できたか?」


「な、何を?」


「おお、しゃべる気力があるのか。さすがだよ孝。これはテストだ。お前が俺に死ぬ気で鍛えてもらいたいというのなら俺にその訓練を堪え切れると納得させてみろ。有効打を与えるでも、その壁を破るでも、すべて耐えきるでもなんでもいいぞ。ギブアップも受け付けてやる。ただ、するなら早くしろよ。じゃねぇと」


手遅れになるからな。そのつぶやきを孝は聞くことができなかった。気づいたら西条が目の前にいる、転がって回避しようとするがしかし蹴り上げられる。


「っ!!」


声にならない悲鳴。内臓がつぶれたのではないかという痛みで立つことすらままならない。だがそれでも立とうとする孝に対し西条は追撃を加える。


「耐えてみろよ、孝!!」


孝の腕をつかんで力任せに壁に叩きつける。さらにその体に正拳を叩き込む。ミシリと拳が孝の体に沈み込む。そこに陽の行力が流し込まれる。その瞬間、孝の体から煙がのぼりはじめる。


「かっあ、づっ」


経験したことのない痛みが孝を襲う。思わずうずくまろうとするがしかし体を動かすことができない。いや、それどころか自分の体がまるで自分のものでないかのような感覚を覚える。お思うようにならない体で何とか疑問の声を上げる。


「な、に、が」


「陰と陽の力はふつう体内では相克してる。このバランスを意図的に崩せば術として扱うこともできるだろうが、外部から強制的にバランスを崩せばそうなる。動けねぇだろ?それにだ、そのままだと死ぬぜ。体の機能がうまく働かないわけだからな。どうする、ギブアップしとくか?言っておくが、高崎の助けは来ないぜ」


そういってちらりと外を見る。そこでは愛、如月、高崎の周りを水の結界が覆っておりその外側に火の渦がある。そんな状況だった。高崎の表情はひどく険しくそれと対照的に火鳥は顔色一つ変えず無表情で術を保持していた。


「どうする?ここであきらめるのもいいだろ?お前じゃ守れないと分かっただろ?あきらめろよ」


その西条の言葉に対し孝は一瞬何かを言おうとしてとどまる。そしてもう一度口を開く。


「俺は」


あきらめる。この場にいる人間が火鳥を含めてそういうと思った。ただ、結界内にいる孝と西条のみが次に続く言葉を理解していた。


「あきらめて、あきらめてたまるか!!」


その言葉とともに立ち上がる。今まで受けたダメージが嘘のような気迫で西条を睨み付ける。いつの間にか煙も収まり彼の体内で充実した力があふれだす。それはまさに西条が行っている身体強化。その姿を見て西条は笑い声をあげる。


「ははっ、だよなぁ。そうくるよなぁ。バランスが崩れたというならば自分でそれを利用してしまえばいいもんなぁ。身体強化成功ってか。いいぞ、ここからが本番だ」

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