第五話
嫌な静寂のまま店を後にする。この段階で火鳥のことを話したのは失敗だったかもしれない。しかし時間がもう少ないのだ。今まで孝が妖に襲われなかったことと今回初めて襲われたことは偶然じゃない。これからは襲われ続けるだろう。それはつまり俺が目的を果たすためのタイムリミットが近いということだ。だったら少しでも早く孝に実感させるしかない。妖がどういうものなのか。陽と陰はどういう存在なのか。そして火鳥のような人妖の実態を。
西条がこのように考えている間、ほかの面々も何かを考え込んでいた。具体的にどのようなことを考えているのかは自身にしかわからぬであろう。しかし共通しているのはこれからどのように動くべきかを考えているということだ。特に今まで妖とかかわっていなかった、あるいはそう思い込んでいる者にとっては悪い考えばかりが浮かぶものだ。大事なものを守れるか、この平穏を守れるか、想い人を救えるか、足を引っ張ってはいないか。誰も守れないのではないか、自分のせいで死ぬのではないか、みんなバラバラになるのではないか。
「今日はもう解散するか。いろいろ考えなきゃいけないこともあるだろうし、かなり濃い一日だったろ?」
「……そうだな。けどできれば明日早いうちに俺に行力について教えてくれると助かる」
西条が沈黙を破り解散の提案をすると少したってから孝が迷いながらも賛成する。
「わかってるさ。お前もよく落ち着いて考えれるな。とても素人とは思えないよ」
我ながら白々しいセリフを吐いていると西条は思う。孝がこの状況でも冷静なのはある意味当然である。だってそういう人間だからこそ安心できたのだから。そういう人間でなければ今この場所に自分たちがいることはなかったのだから。
「落ち着いてるように見えるか?結構混乱してるんだぜ。いきなり俺にとっての非日常が日常として存在していたことを知ったんだから」
孝は自覚していない。大半の人間はこの状況では何も考えられないし受け入れるのも難しい。実際に愛はずっと困惑しているし如月も自身の考えをまとめるので忙しいのかいつもの調子で意見を言うこともないし愛を気遣うのも孝にまかせっきりだ。だけど孝はある意味異常なほど冷静である。自分なりの推測を踏まえて情報を収集してこれからの方針を立て始めている。とても今まで普通に暮らしていた高校生とは思えない。
「お前は落ち着いているよ。まぁ、それがいいこととは限らないんだけどな」
「えっ?」
この状況でも落ち着けるというのはある種の才能であるともいえる。だが才能があることがいいこととは限らない。西条はそう考える。西条にとっての才能とは欲さぬ者にのみ与えられるものである。たとえばこの状況で落ちつける才能はある意味ではこちら側の才があるといえる。しかし孝がこちら側に来るということは最悪の状況以外の何物でもない。誰も幸せになれない。
「なんでもないよ。じゃあまた明日」
背に視線を負いながら別れ自宅へ向かう。歩きながら考えるのはこれからのことだった。
(ここまでは俺の予想通り。孝はこの状況でも落ち着いていた。あとは行力の才がどれほどあるかだが心配はしていない。少なくとも行力の量と質は世界どころか過去を含めてもトップクラスだ。後は属性と型が水や結界でないことが最低条件だが……。)
「それはあり得ないか」
思わずといった感じで口にする。あいつは確実に万能型である。そうでなければとっくに何らかの形で行力の暴走が起きている。あの量の行力を抑えるにはコントロールを無意識化で行うか、あるいは誰かに抑えてもらうかしかない。そして抑える人間はいない以上孝自身が無意識化でコントロールを行っている。それができるほど行力をコントロールしているのは万能型の特徴の一つだ。つまり孝はあの莫大な量の行力を持ちなおかつ無意識化でさえコントロールできるほどの才を持っているということだ。まさに妖を倒すために生まれてきたような……。
「違う。そうじゃない。あいつの本質がそんなものであってたまるか。優しい奴なんだ、いい奴なんだ、色々な奴に好かれる奴なんだ」
考えてしまったことを否定する。ふざけた考えだ。妖を倒すためだけの存在などこの世にいてたまるか。この世界の生き物はすべて己の考えで生き方を選べるんだ。確かに選択肢の数は平等ではないかもしれない。しかしそもそも選択肢がないことなどあってたまるか。もしも選択肢がないとすればそれは誰かがほかの選択肢をつぶすからだ。
そこまで考えたところで家の前につく。そこでふと顔を上げて空を見上げるが明かりひとつない真っ暗な空が広がっているだけだった。そして気づく。
「ああ、そういえば」
視線を戻し、鍵を開けて家に入りながらつぶやく。
「結局、花火できなかったなぁ」
扉が閉まると同時に外のかすかな明かりさえなくなり真っ暗な闇だけが西条を迎え入れた。