第十四話
女将との会話を終えて、西条は自分に割り当てられた部屋に向かう。
(夜に備えて休憩でもするかね)
だが、この考えが実行に移されることはなかった。西条が思いがけないものを発見したためである。
「火鳥、何してる?」
「本郷孝の護衛をしてる」
淡々と火鳥は答えるが西条としてはそういうことを聞きたいわけではない。
「こんなところでか?いやそれ以前にその恰好はどうしたんだ?」
そう、問題は場所と火鳥の恰好である。いや場所だけならば孝の部屋の前なのでそこまでおかしくはない。問題なのは恰好だけとも言える。
「護衛のために本郷孝の部屋の前にいるだけ。服装も護衛用のものを着てる」
火鳥自身は何もおかしなことはないと思っているのが丸わかりの口調である。だが西条の目から見れば、いや誰の目から見てもとんでもない恰好であるのは間違いない。
「火鳥、それが護衛用だと誰が言った?」
「人事様と財務様にこれを着用するようにと命じられた」
(あいつら火鳥にハニートラップでもやらせる気か?向き不向きってものがあるぞ。それにこんな姿、いきなり見たら逆に引くぞ)
怒り以前にあきれが勝り、西条は思わず頭を抱える。
「そうか。火鳥、その服装に何か思うところはないのか?」
一抹の期待とともに西条は火鳥に尋ねる。だがその結果はある意味予想通りのものでしかなかった。
「戦闘の邪魔にならないからいいと思う。普通の服装だと火で毎回燃えるから両肩まで布がないのはありがたい」
完全に戦闘のことのみを意識した回答。確かに火鳥の戦闘スタイルである火を使った戦闘において服が燃えるという問題点は改善すべきである。だがそれくらい燃えにくい素材を使えばいいし、現にほかの火の属性持ちはそうしている。当たり前の話だ。いくら何でも火を使う人間が全員こんな姿であればシュールすぎる。
「陰が支給している戦闘服があるだろう?あれなら火に強いから問題ないはずだが?」
「あれは私の火には耐えきれなかった。そもそも私は火の熱から自分を守る必要はないから服は必要ない」
「そうか、その問題があったな」
陰の支給品である戦闘服の耐熱温度は2000度。2000度といえば鉄程度なら溶かすことのできる温度である。こう聞くと非常に高温であると思えるし、実際に火の術を扱うものが2000度を出せるかというとほとんどの者ができない。そもそも術の炎はそういう火の性質がメインになるわけではなく、あくまで火の性質も持たせたというだけで本質は行力という力にある。そうでなければ妖にはとても対抗できない。高々鉄を溶かす程度で中位以上の妖が滅ぶわけないのだから。だが火鳥の場合は事情が異なる。彼女が扱う力の大半は封じられた妖の力である。だから行力と異なり高温で敵を焼き尽くすことになる。つまり理には適った恰好といえる。最も……。
「だからってチャイナ服はおかしいだろ」
「どこかおかしい?」
火鳥は何がおかしいんだとばかりに尋ねるが西条からすればすべておかしい。チャイナ服、袖がないこの場合はチャイナドレス。もともとは脚の露出が目的ではなかったがいつのまにか女性の魅力のアピールになっていった服。脚を露出して魅力をアピールするわけなので太めの女性が着ると逆効果になる場合もあるが火鳥は違う。スリットの隙間から見える白くて細い脚。うっすらとピンクがかった肩の露出。邪魔にならない程度の筋肉がのっているのもポイントになる。街ですれ違えば思わず振り返るだろう美貌。それに胸のふくらみも平均以上といって差し支えない。端的に言って非常に似合っている。いやそんなことはいい。そんなことは西条には関係ない。西条にとって問題になるのは孝がこれを見たときにどう思うか、こんな服を着せた人事と財務の狙いは何か、この二つだけだ。
「とりあえずほかの服に着替えろ。その恰好は戦いには向くかもしれないけど孝の護衛には向かないから」
「なぜ?」
「そういう服は孝の集中力を乱す。分かったか?」
「分かった」
(何とか説得できたか)
「けどほかに服は持ってない」
「そこまでするか、あいつら」
あまりの徹底ぶりに西条の口から思わず零れる。
「それで、どうする?」
「分かった。その服でいい。だが早急に着替えを用意するからな。用意できたら着替えろ」
「分かった」
変わらず無表情で頷く火鳥。
「お前は‥‥‥。いや、いい。とりあえず孝にその恰好について聞かれたら趣味とでも答えとけ」
「わかってる」
ならいいか。西条はそう判断しつつも面倒なことになったと思いながら自分の部屋へ向かう。が、それは数歩も歩かないうちに止まることになる。
「部屋の前で何してんだ?」
そんな言葉とともに孝が戸を開いて出てきたからだ。孝はまず、左側の西条のほうを見る。
「孝。あーなんて言ったらいいかな。反対側を見ればわかってくれると思う」
「いったいなにがあるって」
その先の言葉を吐かれる前に視界に火鳥が映り、孝の動きが完全に止まる。彼が感じた衝撃は、たとえるなら昼間のまだ騒がしい時間帯に幽霊がフレンドリーに話しかけてきたとか、長年一緒にいた犬が何の前触れもなく二本足で立ちあがって料理をするとかそういう想定の範囲外からいきなり襲われるものだ。
「な、んなに、なにを、なにをして?」
「?護衛。以前にも言ったはず」
「いやいや、そういうことじゃなくて。その恰好はなんだよ!?」
「趣味だと西条が」
「はっ!?」
「えっ?」
淡々と孝のほうを見て答える火鳥、その火鳥を呆然と見つめる西条、思わず西条のほうを振り返る孝。一瞬の沈黙の後、最初に立ち直ったのはやはりというべきか、問題発言をした火鳥だった。
「何か問題が?」
その言葉で孝と西条はほぼ同時に立ち直る。
「麒麟、お前まさか?」
「いや、ねぇから」
「ああそうか。うん、みなまで言うな。分かってる」
「いや、わかってねぇから」
「大丈夫だ。俺らの年齢なら健全だろう。そうだろ?」
「いやいやいやいや、勘違いだから」
「大丈夫。愛たちには秘密にしとくから」
「それはありがてぇが俺の趣味じゃないから。火鳥が勝手に着てるだけだから」
「大丈夫。そんなに否定しなくてもいいさ。ただ実際に着せるまで行くとはレベルが高いな」
もはや誤解は解けそうにない。短い付き合いと言え火鳥が嘘を言わないということは孝にも理解できている。その火鳥が西条の趣味であると言ったのだ。加えて西条が普段から愛以外には興味を示さないのも問題であった。孝からすれば愛を好きという以外に西条の好み、性癖といったものが見えてこないのだ。そのためどんな趣味であれありそうだなという結論に至ってしまう。むしろ意外と普通の趣味だったなと安堵する始末である。
「いやしかしよかったよ。ロリコンかなと最近思い始めてたから」
「そんなわけないだろ。どうしてそういう考えになったんだ。いやこれも俺の趣味じゃないけどロリコン扱いは勘弁してくれ」
「だって愛に対してめっちゃ優しいし。ほかの女子にはそういうそぶりを見せないし?」
「だからってロリコンはおかしいだろ?確かに愛ちゃんは可愛いけど別に小さい子が全体的に好きなわけじゃないから」
「そもそも私を好きだとロリコンというところを否定してほしいんですけど。私もう15歳になるんですよ?」
「愛!?」「愛ちゃん!?」
噂をすれば影とはよく言ったものでとんでもないところで愛が姿を現す。妹を例に挙げてロリコンだ、ロリコンじゃないと言い合っていた兄とその友人からすれば気まずい展開である。
「い、いつからそこに?」
「兄さんがロリコンがどうのこうのと言い出したあたりから。それにしても」
孝の疑問に答えつつじっくりと火鳥を眺める愛。
「なに?」
「何でもないです。それより兄さん。兄さん的にはチャイナ服ってどうですか?」
「えっ?いや、それは」
「私にも似合うんじゃないかと思うんですけど?」
「いや、愛にはまだ早いんじゃないかな?」
「そうそう。愛ちゃんにはまだ早すぎるって」
孝も西条も必死に止める。いくら何でも好きな人や妹にチャイナ服を着せる漢なんて汚名はごめんこうむりたいところである。加えて西条にはただでさえロリコン疑惑が浮上しているのだ。ここで賛成でもしようものならもはや言い訳の余地がなくなる。このように、二人は世間体のために必死に止めているのだが……。
「それって私には似合わないってことですか?」
そうは受け取らないのが女の子である。
「いや、そういう意味では」
「だったら私が着てもいいよね?兄さんこれ好きなんでしょう?」
「いやいや。俺は別に好きなんて言ってない」
「でもいい趣味だなって考えてたでしょう?わかるよそれくらい」
「うぐっ」
図星を突かれて思わず言葉に詰まる孝。そのすきをついて愛はさらに畳みかける。
「どうかな?結構似合うと思うんだけどね?」
「それは……」
「孝。お前、本気で着せるつもりじゃないよな?」
このままじゃ押し切られる。そう孝が思った瞬間、西条から待ったがかかった。
「何ですか西条さん?やっぱり私には似合わないと思ってるんですか?」
「そうだね。愛ちゃんにこの服は似合わないよ」
「え!?」
あの西条が愛を否定するような主張をしたことに思わず孝から声が漏れる。そんな孝をちらっと見てから愛は西条のほうを向いて疑問を口にした。
「西条さんが私に似合わないって言うなんて珍しいですね。どうして似合わないんですか?」
「簡単なことだよ。愛ちゃんにはこんな戦うための服を着たほしくないんだ」
「はい?」
仮にここが普通の服やだったりコスプレショップだったりしたら最終的には「どんな服でも愛ちゃんには似合うよ」くらいのことを西条は言うだろう。だがここは陰の所有する土地で、愛が興味を持ったのは形はどうあれ戦いのために適した服である。
「火鳥。お前はその服をどう思うかもう一度伝えろ」
「戦闘の邪魔にならない最適な服だと思ってる」
「戦闘の邪魔にならない?」
理解できなかったかのように孝は火鳥の言葉を繰り返した。
「さあさあ分かったらひとまず解散しようか。火鳥もこの中では護衛は必要ないから自分の部屋に戻れ」
「えーと。まだ私の話は終わってないんですけど」
「愛。麒麟の言った通りだ。愛には似合ないよ」
「ええ?まあ兄さんがそういうならいいですけど」
つまるところチャイナドレスだからどうこうではない。西条がなぜ反対したか分かったから、孝もはっきりと愛に反対ができた。
((何があっても。愛を戦いに巻き込んでたまるか))