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第十話

陰と連絡が取れるビルの近くまで来て自分が大量に汗をかいていることに気付き、苦笑いをする。この汗は夏の暑さだけが理由ではない。確かに今日はいつも以上に気温が高いが西条は火を使う妖と闘う訓練を受けたことがある。この程度の暑さでここまでの汗をかくはずがない。ではなぜ汗をかいているのか。


(はたして陰の奴等に何を要求されるやら)


西条が今考えているのはこれであり、そしてそれこそが西条に汗をかいている理由でもある。陰に後始末を頼むにビルに向かっている。そう、今から陰に頼みごとをしなければいけないのだ。


(陰に頼みごとをするのはできる限り避けたいんだがな。かといってほかに方法もないし)


西条はあきらめてビルの中へと入り、地下に向かう。途中、昨日と同じ従業員に同じ言葉を言って地下に入る。


「麒麟か、何の用だ?」


西条が地下に入るのとほぼ同時にモニターに男が映り、西条に対して質問を投げかける。


「火鳥と高崎キアラが戦闘をして、公園が焼け野原になったのでその後始末をお願いに来ました」


「ほう、なぜ戦闘になったのだ?」


「少しばかり、本郷孝に厳しくしすぎまして。どうも陽の人間には受け入れられぬレベルだったらしく」


「ふん、陽だからではない。高崎キアラが小娘だっただけだろう」


「確かに陽もそこまで甘い組織ではありませんでしたね」


男の言葉に西条も同意する。陽も陰も妖を滅ぼすという目的は同じ。違いはどこまで滅ぼすかでしかない。そしてただの人間に妖を滅ぼすことは不可能である。であれば、陽だけがそこまで甘いということはあり得ない。西条がそう考えていながらも陽という理由で受け入れられなかったと話したのは妖と相対する者としての高崎キアラの情報がほとんどなかったからだ。だが、それに対し男が断言したということは……。


「高崎キアラの情報が集まったんですか?」


「ああ、下らん小娘だ。現実を知らず、人のためだけでなく、妖のためにも陽が活動を行っていると信じている。実戦経験も少ない。まあ、才能はあるようだが」


珍しく男は表情を変え吐き捨てるように言う。


「それはまた、哀れですね」


西条は陽の理念を思い出しながらつぶやくように言葉を吐きだす。陽の理念は確かに共存だ。しかしその共存は誰のためのものなのか。それを知らないままでは、いつか現実に直面した時に折れてしまうだろう。それは本当に哀れだ。だが、そう考えているにもかかわらず、


(うらやましいな)


それでもその青さがうらやましかった。


(理想を捨てずに生きていけるのは、たとえどんなに愚かだとしても俺には眩しすぎる)


だが西条はその迷いをすぐに断ち切る。


(そうだ、俺にはもう理想など追えない。だが、それがどうした?俺にはそれ以上に大切なことがあるのだから。)


西条は己の目的のためならば喜んで理想を捨てることができる。だってこの目的こそが何よりも大事なものなのだから。


「さて、それで後始末だったな?すぐに部隊を送ってやろう。その代り貴様にもやってもらうことがある」


男も表情をいつものように戻し本題に戻る。そして、やはりというべきか。西条に対し要求が来る。


(来たか。そこまで厄介なことでなけりゃいいんだが)


「何、貴様にとっては簡単なことだ。なあ封印師」


封印師。その言葉と同時に西条のまとう空気がさらに重くなる。だが表情は全く変わらずまるで平静であるかのように会話が続けられる。


「……何を封じればいいんでしょうか?」


「上位クラスがほしいところだが贅沢は言わん。中位以上であれば何でもいい」


「受け渡しはいつものように?」


「ああ。それと期限は3日以内だ。できるな?」


「もちろんです」


「結構。ちなみに我々が現在最も欲している上位クラスが何かは知っているな?」


西条は合言葉を思い出し答えを述べる。


「妖狐、それも尾が9つある九尾狐ですね」


「そうだ。期待しているぞ。陰には貴様しか封印師が存在しないのだからな」


「はい、とはいえ現状の俺では九尾狐を一人で封ずるのは難しく」


上位クラス。人間では太刀打ちするのがほぼ不可能ともいえる化け物。仮に弱っていれば西条でも封印可能かもしれない。しかしその状況まで持っていくのは西条一人では不可能だ。上位クラスの戦闘能力は下位や中位とは桁が違う。それこそ核兵器を打ち込んでも殺しきれるかわからないような化け物だ。


「そんなことはわかっているとも。何も九尾狐を狙えと言っているわけではない。だが、そのうちあれに引き寄せられてやってくるはずだ。その時はわかっているな?火鳥をうまく使え」


「……わかりました」


「それと関連するが火鳥は使い物になりそうか?」


「……それなりですかね。何せ闘わせたのは下位の妖と高崎キアラのみ。中位程度であれば間違いなく滅ぼせるでしょうが上位クラスは分からないですね」


言葉を選びながら西条は質問に答える。西条は経験上、下手なことを言うと取り返しがつかないことになると知っている。だから何か一つ言うのにも非常に神経を使っていた。


「そうか。まあ、中位クラスを滅ぼせるなら及第点はくれてやれるか。しかし使い物にならなければどうするか分かっているな?我々にとって大事なのは中身であって外側ではないのだからな?」


「わかっています」


そう、そういう処理が必要になる。つくづくこの男は火鳥を人間として見ていないのだと西条は再認識する。だが怒りはすぐに収まる。それは西条自身が怒る資格などないと自覚しているためである。


「ならばいい。では、以上……いや一応貴様にも教えておくか」


このくそみたいな時間がやっと終わったかと西条が思った瞬間、男が何かを思い出したように続ける。


「高崎キアラに関して面白いことが分かっている。ついては今からその情報をスクリーンに映すからお前もよく覚えておけ。ただし知っていることを本人には悟られないようにな」


(何故だ?その情報を俺の判断で使えないということは、だれかほかに動くやつがいるのか?)


「誰かそれ関連で動いているんですか?」


「ああ、誰が動いているかは情報を見ればわかる。なに、心配はいらん。お前の任務の邪魔にはならんし、なったとしてもお前の任務が優先だ。すぐに引かせるさ。ただ場合によっては高崎キアラという才能ある人材がこちら側に来るかもしれないというだけだ、現実を知ることでな」


「了解しました」


返事は簡潔ながらも西条の思考はフル回転していた。


(高崎キアラがこちら側に来る?陽を抜ける可能性があるのはわかる。あの現実は今の高崎キアラでは許容できないだろから。けれど陰に来る?何をどうすればそんなことが起きるんだ?)


「では、情報を送る。それとそれをすべて頭に叩き込んだらもう帰っていいぞ」


男がそう言い終ると画面が切り替わりキアラの情報が映し出される。そこには年齢、名前、性別などの基本的な情報から陽に入るきっかけなどが記されていた。


(基本的な情報は俺が知っている通り。別に偽名とかはないな)


さらに詳しい情報を見ていく。


(陽に入るきっかけは行力の大きさによるスカウトか。それが大体5年前。とはいえ本格的に陽に所属して任務を受けるのは1年前、つまり高校に入ってからか。それまでは訓練を週に数回受ける程度。なるほど、通りであそこまで甘いわけだ。才能があったことも一因か?そんな訓練でよくもまああそこまで見事に結界術を行使できるようになったもんだ。うらやましい限りだね。いや今はそんなことはいいか)


一瞬嫉妬するがすぐに気を取り直しキアラの情報を読んでいく。西条にとって確かに才能はほしいものではあったがキアラ程度の才能であればあったところで、現状と大差がないのだから。


(しかしここまで見る限り陰に入る要素なんて皆無だぞ?属性も方もさっき確認した通りだし。実戦経験も少ないが全くないというわけでもないし。しいて言えば独自任務が多いくらいか?まあ、結界型は経験が多いほうが安心できるからまずは経験を積ませるためだと考えればおかしくはないし。後残っているのは特記事項くらいか?何があるのか……な……)


西条の思考が止まる。今まで考えていたことが吹っ飛ぶほどの衝撃。その空白の意識の片隅で西条のぎりぎりのこった理性が納得していた。


(なるほど、間違いなく陰にくるな。いや来るしかないというべきか?)


特記事項:両親は彼女が7歳の時に死亡となっている。理由は一般には車の衝突による事故死となっているが妖力反応あり。状況と妖力の質から上位妖、鉄鋼大蛇と推定される。


(そうだ、高崎は陰に来る。親の仇を滅ぼしたいと思う以上は必ず。なにせ)


鉄鋼大蛇とは1匹しか存在せず、陽が共存相手に決めている種のひとつなのだから。

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