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第五話、お互いの明日の為に

大粒の雨が降りしきる住吉市。

二人は、住吉市南側に位置する、住吉駅周辺のビル街を飛んでいた。

寿矢を脇に抱え、ビルの屋上や街灯を飛びつぎ、ふと眼に止まった廃ビルに着地し、寿矢を降ろす。

辺りは黒ずんだコンクリート、錆びた手すり、静かな雨の街並み。

リシアは、雨のせいで、首にまとわりつく銀の髪を払いながら、うっすらと煙の上がる学校の方角を向く。

つい、先刻まで激闘を繰り広げていた場所。


「ここまで来れば、いらぬ騒ぎに巻き込まれる事も無いだろう」


ここまで来る途中、何台ものパトカーと消防車にすれ違った。

リシアは、゛とある理由″でそれらが自分にとって厄介な存在である事を知っていた為、なるべく避けるようにしてここまできたのである。


「うん…」


その言葉に、力無く相槌を打つ寿矢を見て、リシアは戸惑う。


「怖かった…」


寿矢は、今になって自分の身に起こった事に恐怖していた。

落ち着いた今だからこそ、先程のビデオの早送りのような出来事が、寿矢の意思とは関係無く強制的に頭の中にフラッシュバックしていた。

今回の事は、寿矢の精神を追い込むには十分だった。

自分が危険な目に会う事は数度体験していたが、自分の周りに生活している人達を巻き込み、その平和な生活を脅かしてしまった。

そして、その原因は自分自身にある。

見るからに先程とは様子の違う寿矢を気遣い、リシアはその胸中を察し、いたわりの言葉をかける。


「それはそうだろう、命の危険に曝されたのだから…」


だがそれは、寿矢の心境とは違っていた。


「…学校が戦いに巻き込まれると思った時、太一が殺されそうになった時、凄く怖かった…」


自分の守りたいと思った物を守れず、ただ逃げ回っていた。

親友を危険なめにあわせてしまった。

悔しかった、だがそれ以上に自分の大切な物が、手の中からすり抜けていくような、そんな感覚が悲しかった。

自分の為に、リシアが身を擦り切らして戦っているのを唯見ている事しかできなかった。

自分にも戦う力があれば、そう思った。


「なにもできないのは嫌だ…」


雨音にかき消されそうな震える声。


「力が欲しい」


しかし、その願いは、リシアの心に影を落とす。

短い時間の間に、何かが変わっていた。

リシアは、これ以上寿矢を巻き込むわけにはいかなかった。

巻き込みたくなかった。


「その願いを妾が聞き届けた時、そなたはもう引き返せない。戦いがそなたを縛り、人並みの人生をおくる事はできなくなる。その覚悟がそなたにあるのか?」


寿矢の中に、覚悟と呼べるものは存在していなかった。

ただ、一時の感情に任せて喋っていた事を、思い知らされる。

そんな自分への苛立ち。

そのどうしようもない気持ちをリシアにぶつける。

本当は、図星をつかれて、ただ悔しかっただけかもしれない。


「…じゃあ、リシアはなんの為に戦ってるんだよ!」


身の内の感情に躍らされている、まだ青く若い青年を真っ直ぐ見つめてリシアは答える。


「我が身に架せられた使命の為」


その金色の瞳に見つめられ、寿矢はたじろぐ。

使命。

その言葉の重みをリシアから聞く事によって、言葉には現せないが、妙に理解できた気がした。


「この世界で欲望のままに働く心食獣を抹殺する。それが妾の使命…その為に妾は生を受け、育てられ、今ここに立っている」


リシアは言った。

殺す為に生まれ、殺す為に育てられ、殺す為に今自分が存在していると。

目の前の可憐な少女が、敵を殺す為に戦っている事実。

それは、想像していたよりも、重く悲しかった。

その、未熟な心を締め付ける程に。


「そんな……そんなの悲しすぎる…」


リシアは、見つめる。

自分に架せられた運命を嘆いてくれる心の優しき青年を。


「同情する必要は無い。それが全てと教えられ、それ以外の生き方を妾は、知らない…」


だが、その言葉を言うと同時に、寿矢に出会った事によって芽生えそうになっていた゛それ以外の生き方″の可能性をより大きく感じた。

走馬灯のように蘇る、わずか数日の間の出来事。

短かったが、初めて楽しいと感じた。

敵に臆さず、非力なのにも関わらず立ち向かおうとした寿矢は、頼もしかった。

自分以外の物を守る為に、人間でありながら限界を超えるまで行動した。

そんな、傷だらけの彼の姿を見た時は肝を冷やしたが、それでも他の者を案ずる心には、驚嘆きょうたんした。

それは、短くとも、思い出と言う言葉では片付けられない程に大きな物だった。


「我々の関係など、一時の延命の為の契約関係に過ぎない。もう妾の傷は癒えた、そなたの傷も癒えた…これ以上その関係を続ける意味はどこにも無い。そなたが心から望み、妾がそれを受け入れれば、いつでも契約は解除できる…」


本当に、本当に心から楽しかった。

だが、次の言葉を言ってしまえば、全てが無くなってしまう。

怪我を負った訳ではないのに、胸が痛い。

言いたくない。

今後は、彼をきたえ共に戦い、共に過ごし、共に笑い合えれば良いと思っていた。

だが、彼の人生を己のわがままに、変えてしまって良いのか。危険な目にあわせて良いのか。

そう考えたとき、そんな事をして良い権利はどこにも無かった。

だから、言った。

別れの言葉を。


「もう、これ以上…そなたが、妾に関わる必要はどこにも無い…」


そう言うと、肩に巻かれている包帯代わりの布切れを解き、寿矢に背を向け歩き出す。。

寿矢の目の前の水溜りに、その布切れはゆっくりと落ちる。


「待ってよ!散々巻き込んでおいて、それは無いだろ!」


声を掛けても、リシアは足を止めない。

水溜りに落ちた布切れを握り締め、寿矢は叫ぶ。


「おい!馬鹿リシア!待てよ!人の話聞けよ!」


それでも、リシアは足を止めない。

その行為が自分の心を引き裂こうとも。

寿矢は、見つめる。

その手の中にある布切れを。

そして、ある事に気付く。

何故、今までリシアは自分の事を守っていたのか。

契約者に代わりが利くなら、自分を守る必要は無いはずである。

初めて出会った夜、リシアは最初、ロシートに劣勢だった。だが、今日はどうだっただろう、少々の怪我を負いつつも、そのロシート相手に勝利を収め、その後のリシアには、余裕さえあった。


(契約者に簡単に代わりは利かない?リシアは、契約することによって力を増す?)


ならば何故今更、契約を無かった事にする必要があるのか。

契約を解除したならば、リシアの力は元に戻り、今後はリシアの命が危険になるのではないか。

何故、重い使命を負いつつも、その為に自分を利用しようとしないのか。

そこまで考え、寿矢は走る。

リシアの歩く方ではなく、寿矢の横に面している一際錆びた手すりに向かって。

そして、その手すりを蹴り、破壊する。

その破砕音に、リシアは振り向く。

リシアの目に映ったのは、屋上の端から勢い良く飛ぶ寿矢。


「なッ!?」


驚くと同時に、リシアの体は弾かれたように動き出していた。

寿矢は、嫌な浮遊感に包まれながら目を瞑る。

だが、そこに恐怖は無い。信じていたから。

リシアは屋上の端を蹴り、地面へと落ちていく寿矢のスピードを遥かに上回るスピードで追う。

急に浮遊感は消え、寿矢は上昇する感覚に包まれる。

リシアは、寿矢を地上すれすれで抱き止め、緩やかに着地し、再び地を蹴り舞い上がる。

そして、元いた廃ビルの屋上に舞い降りる。

リシアには、急に飛び降りた寿矢の行動が全く理解できなかった。


「そなた!何を考えておるのだッ!?」


息を荒げながら、寿矢は答える。


「俺…今死んだよ」


リシアは訳が分からない。


「えっ?」


「俺、今死んだんだよ。だから、遠慮しないで俺の事利用していいから…契約者の代わりを見つけるのって簡単じゃないんでしょ?」


「…馬鹿!そんな事の為に――」


リシアの中に、言いようの無い熱い感情が溢れる。

その衝動のままに寿矢を抱きしめる。


「覚悟は、今したよ…正直怖かったけど、何も考えてなかった自分とは決別できた気がする…」


「そなたは馬鹿だ!何で…」


もっと、言いたい言葉があった。

だが、胸の内で炎のように熱く揺らぐ心のせいで、単純な言葉しか口に出せない。

人並みの人生を捨て、自分と歩むいばらの道を選んだ寿矢。

馬鹿としか言い様の無い選択。だが、嬉しかった。


「改めて言うよ。俺、自分を、自分の大切な物を守る力が欲しい。勿論リシアの使命の為にも協力する…させて欲しい。その為だったら何でもするよ」


そう言った寿矢の目は、先程の若々しい感情の侭に訴えるものではなく、しっかりと何かを見据えた強い目だった。


「何で…」


「何でって…えーっと、俺がそうしたいから…かな」


「馬鹿馬鹿馬鹿!」


リシアは、強く寿矢を抱きしめた。

そして、自分の身に起こった幸福を噛み締める。

その後、ゆっくりと立ち上がり、リシアは未だに信じられない選択をした青年に問う。


「本当に良いのか?」


寿矢も立ち上がり、意思のこもった声で答える。


「うん」


「わかった。もう聞かない…」


そう言うと、リシアは胸に手を当てる。

淡い銀色に光りだすリシアの体。

ゆっくりと胸から手を離すと、その手の中には銀色の球体が強い光を放っている。


「寿矢、利き手を出せ…」


寿矢は言われるがままに、右手をリシアに差し出す。

その手に持たせるように寿矢の右手をリシアの両手が包み込む。

目を閉じたリシアは、寿矢に問う。


「殺意、破壊衝動、偽り、自己犠牲、そなたがこの中で必要ない感情は何だ」


その質問に寿矢は、自信をもった声で答える。


「全部!」


ふっと、その答えに笑みをこぼすリシア。


「ならば、そなたの求める力を答えよ」


「大切なものを守る力!」


なんじ、真の力を得ん…」


リシアがそう言うと、触れ合った手から熱い何かが寿矢の体を満たしていった。

体の中から湧き上がる何かを、強く感じる。


「これが…力」


そして、それらが混ざり合い、手に集まっていく。

眩い銀の閃光の後、手に感触を感じる寿矢。


「わぁ」


「それが、そなたの守る力だ」


寿矢の身長を越す程の長い柄に、巨大な三日月のような輝く刃。

銀の戦慄を醸し出す、大鎌おおがまがその手に握られていた。

美しさと狂気が混ぜ合わさった鎌に見とれている寿矢に、リシアは問う。


「これで、後戻りはできないぞ?」


そんなリシアに向き、力強く寿矢は頷いた。

寿矢の決意を胸の中で噛み締めるリシア。

その副産物として、何かに思い当たる。


「そうだ、そういえば寿矢、約束を破ったな?」


じとっとした目で寿矢を見るリシア。

寿矢は、突然の事で何の事か分からない。


「え?」


「命を捨てるような真似はするなと言ったはずだが?」


その言葉で先程の自分の行為を思い出す。


「いや、あれは、その…」


しどろもどろになっている寿矢を見てリシアは笑いながら言った。


「罰として厳しく鍛えてやるからな、覚悟しろよッ!」


「えー!」


「えーではない!毎日百キロの走り込みと、一万回の腕立て伏せと…」


「そんな無茶な…」


「冗談だ、二人で一緒にゆっくりやっていこう」


「うん」


二人は、お互いを見て微笑む。

いつの間にか強く降っていた雨は止んでいた。

はい、という訳で五話でしたがいかがでしたでしょうか?

今回は、諸事情により短めです。

恐ろしく更新スピードの遅いこの物語ですが、次話を待っていて下さる方には申し訳ないです(汗)

にしても、僕が書いていられるのは読んで下さる皆様がいればこそですから、これからも若干の全力投球で頑張ります。(笑)


では、良ければまた次回も読んで頂けると光栄です。

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