アルス・マグナ
「大いなる技法とは錬金術において、神に等しい超人を生み出すことを目指した思想なんだよん」
「相変わらずそういったオカルティックな話がお好きですねぇ」
《普通》は適当に相槌を打った。
「あら、それは虚数の概念を初めて示した本と同一のお名前ですわね」
《数学者》が横からわってはいってきた。
「おや、そいつは知らなかったねん。それってなによ」
「16世紀にカルダノが出版した算術技法の本ですわ。その中には足して10、掛けて40になる二つの数はなにか。これはその当時では「解なし」でもその本では「5+√15」と「5-√15」が答えであると示されましたの」
「現代数学では簡単に解けるねん、中学校までなら解なしが正解だけど」
「ええ、でもそれが虚数を持ち出せば答えのない問題でも答えが出るという概念を生んだのです」
「それに関してカルダノさんはなんて言ったんです」
「詭弁的であり、数学をここまで精密化させても実用上の使い道はないと、書物ないで発言してますわ」
自著で自重していたらしい。
「デカルトでさえも否定的に捉えましたの。それを想像上の数字と呼び、-の平方根は図に描けないとさえ揶揄しましたわ」
「我思う故に我あり(コギト エルゴ スム)で知られるデカルトでさえも批判したわけかよ。でもノンブル イマージナルという言葉。なんだか虚数の語源っぽいのは皮肉めいてるねん」
それはさすがに事実無根の平方根だろう。
「このようにして虚数は出発点から否定的に受け止められてましたの。この子が数学会で市民権を得るにはオイラーという大数学者をまたなければなりませんでした」
「あの、ひとついいですか」
《普通》はそっと手を挙げた。
「はい、なんでしょう」
《数学者》はやさしく微笑み返してくれる。
「もうすでにアルス・マグナとかいうの錬金術と全く関係がなくなってないですか」
なんか魔法っぽい話からいつのまにか数学の話になっている。
《数学者》は取り繕うように上品に手のひらをポンと打つと、
「ええっと、つまり、その、虚数こそが大いなる技法といえるんじゃあないかしら」
強引にまとめられた。
ついでに「アルスマグナ」の著者、ジェロルモ・カルダノの父親はレオナルド・ダヴィンチの友人のひとり。