誰かの予想が誰かに証明されるまでの期間
「フェルマーさんの定理はどうしてそんなに時間がかかったんです?」
「仮説や予想はできても証明することは難しい。なぜなら、反論や証明が見つからないからといって、ないということにはならないからだ。ヘンペルのカラスや悪魔の証明のようにな」
「そーいうめんどくさいの誰が始めたんです」
「むかし、ソクラテスというじいさんがいてな」
彼はデルフォイという神託所で「ソクラテスがギリシャで一番の賢者である」と名指しされた。そのときの彼のコメントは「たぶん自分が愚かだとわかっているからでしょう」と答えた。
無知の知である。
専門家以外の門外漢のほうが時に知らないぶん、突っ込んだ質問をしたりすることがある。それが新しい発見にも繋がる場合も科学史は証明している。
ソクラテスは自分が本当に一番の賢者であるかを確かめるため、アテナイを歩き回り様々な賢い人に話しかけた。
もし彼が自分以上の賢者に出会ったなら、神託への反例が見つかり神託は間違いとなる。逆に見つからないことが神託の証明になると考えた。
彼は対話によって、様々に会話したがやはり自分より賢い人間はいないのかと終始落胆したという。
「ヤなじいさんですね」
「ああ、それで死刑になった」
「ええッ、それはちょいとかわいそすぎやしませんか」
「同情もあったので脱獄も見逃されていたが、彼は逃げずに毒ニンジンを食べて死んだ。彼の生涯が弁証法の基本となったといわれている」
「ふ~ん、それでそれとさっきの話にどうつながるんです」
「彼の孫弟子にアリストテレスという生物学者がいた」
彼は弟子のアレキサンダー大王に命じて 標本を集めさせたこともあった。
紀元前340年、彼はイルカをほ乳類であるとする仮説を立てた。
二十四世紀経って他の生物学者も賛同した。
「ながっ!」
古代ギリシャの哲学者クセノファネスは、貝殻のある山はもとは海底だったにちがいないと推測した。二十三世紀経って、ハットンがこれを証明した。
「なんでそんなに時間がかかるのッ!」
「証拠がなかったからな」
地中海には潮汐がないため古代ギリシャ人には潮汐の理念が薄かった。古代ギリシャの地理学者ピテウスは紀元前三世紀頃に大西洋を航海し、海の潮汐は月の影響だと考えた。カエサルはその後に生まれたが、イギリス侵攻の際に船を繋がなかったために、浜から沖へ多数の船が流された。ピテウスの説はだれにも信じられていなかった。
これはニュートンによって証明された。二十世紀経ってからだが。
ニュートンはニュートンで地球の質量と比重とを算出した。
それが証明され、正しいとわかるまでかかった時間は一世紀。
「ふぇ~気が遠くなりそうですねぇ」
「考えて予想をたてるのはわるいことではない。考えずに否定すれば思考は無意味になる。誰かの思慮の萌芽はやがて他の誰かによって実を結ぶ、たぶんそれは普通の人間にだってな」
「偉大な新発見の60%は、その分野に参入してから1年以内の門外漢によってなされたものだ」
レイモンド・ダマディアン 2003年ニューヨーク・タイムズより