回文
《普通》と《物理学者》はたわいのない言葉遊びに興じていた。
「たけやぶやけた」
「いかたべたかい」
「山本山、上から読んでも、やまもとやま。下から読んでも」
「まやともまや」
《普通》と《物理学者》は笑い転げた。
「なにをしてるんだ」
先輩がよってきた。
「回文遊びですよ。なんだか楽しくなっちゃって」
「あら、随分楽しそうですわね。理科係とかですか」
《数学者》もよってきた。
「そうです、そうです」
「オレもこういうのは聞いたことがあるな。住まいは田舎がいい、森と日溜まりでひと寝入り、飛ぶ鳥、稲と日照り、まだ独りもいいが、家内はいます。森博嗣だったかな」
森博嗣先生、レベルちげぇな。っていうかスゲェ。
その後も四人で回文談義をすすめた。
知られていない回文も結構な数あった。
《普通》は ふぃ~と一息ついて。
「でもこういうのは日本独特というか、アルファベットだと難しいですよねー」
他の三人は肯定してこなかった。
「そうでもない。英語にも普通にある。それどころか回文はどこの分野にもある」
「え~と、それは全然関係ないように思える研究にもですか」
てっきりこれは日本語だけの特徴かと思っていた。
「物理学会にはCP対称性理論っつーのがあるよ、回文かどうかはわからんけどよ」
《物理学者》もそれは否定しなかった。
《数学者》はいつも通りのおしとやかさで、
「はい、数学界にも似たようなものはありますわよ。1以外の数は、逆に並べた数を加えていくと、やがては回文のような数となるといわれておりますわ」
「例えば38+83=121とかだな」
先輩はさらりと答えた。
「あら。139+931=1070+0701=1771もそうですわ」
「それだと48017+71084=
119101+101911=
221012+210122
=431134とかもあるよん」
ちょっと待って、ついていけないんですけど。
「かけ算の式だと
21978×4=87912
10989×9=98901
といったパターンもありますわね」
「かけ算と足し算でも似たような数字になるのはあるな
24+3=27 72=3×24
47+2=49 94=2×47
497+2=499 994=2×497
あげていくとキリがないが」
「回文の数なら数学が一番多いのではないでしょうか。なんせ数は無限ですから。私もどこまで把握できているか」
「謙遜するな、オレ達のなかで一番計算能力があるのは《数学者》だろ」
「あら、そんなっ、私なんてまだまだですわ」
《数学者》は両手を頬に添え、照れだした。
三人して《普通》の立ち入ることができない会話をしだした。
これはもう完全に。
わたしまけましたわ。