リアルキメラ
ギリシャ神話においてペレロポンに退治された猛獣キマイラ。それは獅子の顔に山羊の胴、蛇の尾を持つ怪物だった。
合成獣の語源でもある。
植物園で《細菌学者》と話し込んでいると、先輩が帰ってきた。
《普通》はその首尾をたずねた。
「頼まれていたのはもらえそうなんですか」
「ああ、譲ってもらえることになった。帰るぞ」
「ええ、もう帰るの。そんなことより、もう少しここでコッホについて語りあおうじゃあないか」
もう十分聞いたよ。
「うん、ゴッホに名前が似てますよね」
「そういえば彼は生前一枚しか絵が売れなかったそうだ」
「二人して、ていのいい話題逸らしを!」
《生物学者》は名残惜しそうだ。
研究一筋の彼もときどき人恋しくなる時があるのだろう。
先輩が池に目を向け、吸い寄せられたかのように向かっていった。
「む、ここでも飼育されていたのか」
先輩は植物園に用意されていた人工池にためらいなく足を踏み入れ、その生き物を連れてきた。
抱きかかえられてきたのは「ゲェゲェ」と独特な鳴き声を挙げた。
アヒルに似た形状のくちばし、
水かきのある手、偏平な尾、
体を覆う体毛を持ち、
卵を産むが母乳で育てるという。
有名なあの生き物。
「このこはまさか、カモノハシッ」
「合成獣っぽっく見えるが、生物学ではかなりの生きた化石だ。DNAレベルで鳥類、爬虫類、ほ乳類のを持っている」
先輩はその子を拘束から解いて、自由にする。
地面にへばりつくような姿勢のその子を眺める。
少しとぼけたような顔をしているがそこがまた愛嬌を感じさせる。
「うっわぁ、この子もすっごいカワイイー」
「さっきから君、それしか言ってないのだ」
《普通》はなでようとした。
「ちなみに後ろ足には毒を持っている」
伸ばしかけた手をひっこめる。
毒があるなんてしらなかった。
コワッ、カモノハシコワッ。
外見はこんなに愛嬌あるというのに。
ところでこの子は何類なんだろう。
鳥類? 爬虫類? ほ乳類?
観察しても目を合わせてもよくわからない。
そのままその子はのそのそと池へと帰って行った。